

350 アヴィーバ・スタジオ(Aviva Studios)(イングランド)
ストーリー:
アヴィーバ・スタジオスはマンチェスターのアーウェル川沿いにあったグラナダ・スタジオ跡地に2023年に開設された音楽、芸術を包含した文化施設である。それを設計したのはOMA(Office for Metropolitan Architecture)のエレン・ファン・ローンである。その開発はマンチェスター市が行い、英国文化庁から多大なる支援を受けている。
建物の敷地面積は13,350㎡に及び、それは大きく3つの空間に分類される。グランド・フロア、ウェアハウス、オーディトリアムである。ウェアハウスは21メートルの高さがあり5,000人が収容でき、オーディトリアムは1,600人が座席で収容できる。ウェアハウスとオーディトリアムは巨大な音響板で隔てられているが、この音響板を除くことで一つの巨大なスペースをつくることが可能である。基本、空間の仕切りは柔軟に変化できるように設計されている。そのため、広大な空間を要するインストレーションの展示もできれば、小さな空間での展示も可能となっており、極めて融通の効く使い方が可能だ。その展示内容もダンス、演劇、音楽、オペラ、ビジュアル・アート、デジタル・アートなど多岐に渡る。公共広場的な空間においては、子ども向けのワークショップや屋台、音楽イベントなどが開催され、アーウェル川に賑わいをもたらすことに貢献している。年間で80回以上のコンサートがここでは開催されている。
この施設を企画・運営するのはNPOのファクトリー・インターナショナルである。ファクトリー・インターナショナルはイギリス文化庁そしてマンチェスター市から多額の補助金を受けている。その主要活動は隔年で開催されるマンチェスター・インターナショナル・フェスティバルを企画、運営することであった。ファクトリー・インターナショナルは地元をはじめとしてイギリス国内、そして世界中のアーティストとネットワークし協働することで、いろいろなアイデアを共有し、プロジェクトの具体化に貢献し、そして教育することを目的としている。また、ファクトリー・アカデミーというプログラムで若者達に芸術関係での職業教育プログラムを提供している。これによって、受講生は無料で芸術関係の仕事で働くための技術を習得することができる。
ファクトリー・インターナショナルの名前は故トニー・ウィルソンがマンチェスターに設立したファクトリー・レコードというインディペンデント・レコード・レーベルから採っている。このレーベルはジョイ・ディビジョン、ニュー・オーダー、オーケストラ・マヌーヴァース・イン・ザ・ダークといったマンチェスターと縁のある音楽家のレコードを出していたことや、マンチェスターの著名な「ハシエンダ」クラブを運営していたことで知られていた。
マンチェスターにて新しい文化施設がつくられる計画があることが公表されたのは2014年12月である。マンチェスター市は、この施設がロンドンに偏重している文化的機会を、マンチェスター市そして北イングランドの地域に戻させるうえで極めて重要な役割を果たすことを期待していると発表した。その設計者を決めるうえでは国際コンペを行い、2015年にOMAが優勝した。これは、OMAのイギリスにおける最初の建築作品となった。2017年、ファクトリー・インターナショナルがこの施設を運営・管理し、そのプログラムの企画をすることが決定した。また2023年にこの施設は保険会社アヴィーバ(Aviva)に命名権を3,500万ポンドで売却し、現在、それはアヴィーバ・スタジオと呼ばれている。2023年10月にアヴィーバ・スタジオが開館する。
アヴィーバ・スタジオの周辺には科学産業博物館やジョン・ライランズ図書館、オペラ劇場、ロイヤル・エクスチェンジ劇場などが立地しており、アヴィーバ・スタジオの開設は、この一帯のマンチェスターの文化地区としての存在感をさらに強化している。
キーワード:
インキュベーター,音楽都市,アヴィーバ・スタジオ
アヴィーバ・スタジオ(Aviva Studios)の基本情報:
- 国/地域:イングランド
- 州/県:グレーター・マンチェスター県
- 市町村:マンチェスター市
- 事業主体:ファクトリー・インターナショナル(Factory International)
- 事業主体の分類:民間
- デザイナー、プランナー:エレン・ファン・ローン
- 開業年:2023
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
アヴィーバ・スタジオはマンチェスターの都心部に隣接しているセイント・ジョン地区にあるグラナダ・スタジオ跡地においてつくられた。グラナダ・スタジオは多くのテレビ番組を撮影してきたテレビ・スタジオであった。それは、アーウェル川沿いのブラウン・フィールド的な場所にある。いかにもOMA的な洗練されていない外観の建物であるが、その柔軟性に富んだインテリアは使い勝手がよいようだ。
この施設がつくられた国策的な理由としては、ロンドンへの文化の一極集中を是正したいということだ。これまで音楽をはじめとして芸術でやっていこうとするとほとんどの若者がロンドンに行ってしまう。そのような流れを止めて、マンチェスターでも芸術で生活できるような機会を提供するというのが目的である。アヴィーバの運営者に取材すると、実際、そのような成果はみられ始めているそうで、ロンドンの若者でもこちらに来たりする流れも出来たりしているそうだ。
確かにこのアヴィーバ・スタジオはコンサート・ホールというハードに加えて、いろいろなソフト・メニューも充実している。もちろん、アヴィーバ・スタジオ単体では、ロンドンへの流れを逆流させることは不可能に近いだろうが、このような施設があることで、都市全体の音楽活動が盛んになっていく。これらの音楽活動を支えるシステムを強化させていく点で、アヴィーバ・スタジオの貢献は大きなものがあると考えられる。それまでも、マンチェスターはオアシス、ストーン・ローゼスといったメジャーなミュージシャンをはじめ、それこそ前述したファクトリー・レコード・レーベルから世界に羽ばたいていった数多くのミュージシャンがいることなどからも、その孵化器的な機能は相当、優れている筈だ。ただ、そのようなミュージシャンがしっかりと活動していく社会基盤が弱かった。この社会基盤の質・量をグレードアップさせるうえでアヴィーバ・スタジオが果たす役割は大きい。
アヴィーバ・スタジオは無料で教育的トレーニングを受けられる様々なプログラムをマンチェスター市民に提供している。そして、これら無料のサービスを提供するために、運営費を稼ぐためのイベントなどを開催している。筆者が訪れた前日には、大企業のパーティー・イベントが開催されたそうだが、そのようなイベントは随分と利益をあげられるそうだ。
マンチェスターはミュージシャンを輩出するという観点では、イギリスでも傑出した音楽都市であると考えられるが、それでも多くのミュージシャンは活動機会を求めて、また生活の基盤を求めてロンドンに出て行ってしまった。そのトレンドを逆転するためのシステムづくりをしていくうえで、このアヴィーバ・スタジオはまさに「ツボ押し」のような効果を発揮しつつある。マンチェスター市の活性化だけでなく、ロンドンの一極集中の修正さえも期待させる素晴らしい「都市の鍼治療」事例であると考えられる。
【取材協力】
アヴィーバ・スタジオ
【参考文献】
マンチェスター市のホームページ
https://www.visitmanchester.com/listing/aviva-studios/68454101/
アヴィーバ・スタジオの公式ホームページ
https://factoryinternational.org/aviva-studios/about-aviva-studios/
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• マス・モカ(Mass Moca)、ノース・アダムス(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)
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