349 黒潮留学(日本)
ストーリー:
屋久島町は鹿児島県の大隅諸島の島、屋久島と口永良部島から成る。人口は1万1千人。世界遺産に登録されている自然遺産もあり、その観光資源は優れているが、1970年には1万7376人あった人口はこの50年間、減少傾向にある。屋久島には高校が2つ、中学校が8つ、小学校は8つある。しかし、人口減少により生徒は減り、小学校から活気が失われつつあった。そのような状況を変えたいと考えたのが、元黒潮留学実行委員会事務局長の兵頭昌明氏である。彼は、「屋久島を守る会」の代表として、1960年代から島の自然保護に携わり、国による大規模森林伐採、国家石油備蓄基地計画、縄文杉ルートのロープウェイ構想の中止など、島民が中心となり、政治家や学者を巻き込んだ環境保護運動を繰り広げてきた。母校の一湊中学校が2013年に閉校。一湊小学校も複式学級になりそうな事態に、兵頭氏は山村留学制度を導入することを具体化する。
そこで、地域の人々や学校と協力して、屋久島町が取りまとめていた「山海留学制度」に手を挙げた。一湊小学校区の「黒潮留学」では、子どもだけを預かる「里親留学」ではなく、親子で島に暮らす「家族留学」制度のみを採用した。親子は家族で校区に暮らす。加えて、周囲に子どもを預けられる親戚のいない世帯に配慮し、校内に、地域のボランティアで営む「放課後学童クラブ」も設けた。
一年に一度、10月頃に応募を受け付ける。その後、面談をし、最終決定が通知されるのは12月上旬である。一湊小学校の児童数は42名。そのうち留学生は11名。問題を抱えていた子どもたちもいたが、ここに来ると子どもたちは子どもの心を取り戻せる、と私が取材した母親達は異口同音に述べていたのが印象的である。留学した家庭には屋久町が2年間補助を出す。助成は第一子が4万円、第二子は3万円である。一湊は基本、家族留学である。
課題としては同じく子どもを持つ親たちの理解を得ることである。親たちは知らない人が増えることにはやはり不安になる。もう一つの課題は家。空き家対策としても留学制度は有効と考えるかもしれないが、実際は家族留学する人達の住む家がない。そこで、一戸一戸と直談判して交渉していった。ある程度の数が増えるまでは地道な作業を進めていった。これまでも、家でキャンセルというケースもある。空き家を住めるようにリノベする際、50%は町が負担するが、それでも半額負担をする家主は少ない。これくらいだったら住める、というのは田舎の感覚だ。このギャップを埋めることが必要である、と一湊の住民は指摘する。実際、家族留学した人が取り上げた課題としては水回り。そのような状況で、本来であれば住民だけが申し込める町営住宅だが留学家族も可能にするなどの対応をしている。町営住宅は綺麗であるので、上記のような問題は少ない。
一湊は屋久島の他の集落と比べると条件がよくない。一湊は屋久島の最北端に位置し、人口約800人からなる集落である。古くから漁業の町として栄え、屋久島の特産品で有名な「首折れサバ」の生産地である。ただ、平地が少なくあまり晴天が多くない。これは、気候が相対的によく平地も多い南部にある八幡地区とは違う。屋久島は決して大きな島ではないかもしれないが、その気候は地区によって随分と違う。八幡地区は人気があるので、留学家族も住宅を選り好みしない。一湊で縁がなければ、すぐ南の集落に行ってしまう。
このような不利な条件を覆すのに始めたのが学童保育である。高齢者のボランティアで始めた。年寄りは子どもが少なくなってきたので子どもと出会うきっかけがない。学童を始めたら年寄りは喜んだ。年寄りといっても70歳後半ぐらいまでである。ボランティアは一湊集落を含めて3集落から来ている。学童保育の施設は長く空き家であった場所を町のお金で改装してつくられた。
このように課題は山積みではあるが、コミュニティの努力もあり2025年4月からの新年度では6組入り、1組が帰る。子どもの声がなかなか聞こえなくなってきた人口減少地区において、その状況を大きく変えるような興味深い事例である。
キーワード:
地域アイデンティティ,人口減少,黒潮留学,屋久島
黒潮留学の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:鹿児島県
- 市町村:屋久島町
- 事業主体:黒潮留学実行委員会
- 事業主体の分類:市民団体
- デザイナー、プランナー:兵頭昌明
- 開業年:
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
日本中の多くの自治体が人口減少という課題に直面している。そして、人口減少は少子高齢化を伴って進展している。全国の数字であるが、子ども(15歳以下)の割合は1950年には総人口の3分の1を超えていたが、1965年には総人口の約4分の1になる。その後、第2次ベビーブーム期(1971年~1974年)に多少、増えたりしたが1975年からは一貫して低下を続き、2021年には11.9%になってしまった。この割合は地域差があり、都市部においても必ずしも高い訳ではないが(トップ10の自治体のうち三大都市圏で入っているのは三重県の朝日町のみで、沖縄県が5つ入っている)、そもそも人口減少のトレンドにある地方部においては深刻な問題となる。特に島嶼であれば、尚更であろう。そのような中、屋久島町の一湊集落の留学制度は相当、有効な制度ではないか、と考えられる。
このような制度を導入したきっかけであるが、それは兵頭氏がそもそも留学制度に興味をもっていたことがある。屋久島に戻る以前から、そういう勉強会にも入っていて勉強をしていた。島に戻り、上屋久町(現在は屋久島町)の議員になって、教務委員会に入り、委員長にもなったりして、教育の問題に取り組んできた。教育においては都市も田舎も同じプラットフォームに立つべきだと考えた。屋久島は人を育てる、という点ではこれ以上のところはない。屋久島は小さい地球であり、環境を学ぶにはうってつけである。ここで子供たちを育てる、ここの体験をさせる、というのはとても大切なことなのではないか。そのような思いで黒潮留学を始めたと言う。屋久島の小学校で山村留学制度を導入しているのは4校。これは都会の子供たちを島に滞在させるという制度で、本物の自然に触れさせたいという思いから始めた。
今回の取材調査では匿名を条件に3家族にも取材させてもらった。もちろん、取材に協力してくれる家族ということで、この制度に肯定的な意見を有しているというバイアスはあるが、それでも、取材対応した家族は黒潮留学に満足していることが理解できた。どこを評価しているか。まず「子どもが子どもらしくいられる」「コミュニティで子どもを育ててくれるので、とても安心」ということを異口同音で述べていた。3家族の背景は異なる。ある家族は子供たちを受験プレッシャーにさらさせたくない。もう一つの家族は発達障害の子どもでゆっくりと育てたい。もう一つは子どもというよりも母親がそのような生活をしたい、ということが理由であった。出身は東京都港区、熊本県、千葉県成田市、とそれも多様である。
今後の展望であるが、100%賛成という政策はまずない、と兵頭氏は言う。今後、家族留学制度が無くなったとしても仕方ない、とも言う。ただ、これは屋久島町だけでなく留学する家族にとっても貴重な制度ではないかと考えている。なぜなら、社会そのものが病んでいるからだ、と兵頭氏は主張する。屋久島のいいところは金がなくても、経済社会の構造をあまり考えなくても、芋食って、魚食っていれば大丈夫であるところだ、と述べる。人間が生きるうえでの基本的な条件を屋久島は満たしている。それをしっかりと体験、体感できるのが屋久島。この屋久島の持つポテンシャルが、家族留学制度を成功させる鍵を握っている。
お金に振り回される生活に日々、追われている身にとって、目から鱗が落ちるような兵頭氏の考えであった。猛威を振るっているグローバル経済の被害者は少子化が進む「田舎」だけでなく、勝ち組と思われている都市部においても少なくない。両者を同じプラットフォームに位置づけることで問題を解決させる、という黒潮留学のアプローチは優れて鍼治療的である。グローバル経済からのアサイラムとしての屋久島という価値を改めて認識することができた事例でもある。
【取材協力】
兵頭昌明(元黒潮留学実行委員会事務局長)
高田みかこ(一湊珈琲オーナー)
その他、実際の留学制度で屋久島に来ている母親4名と一湊の住民3名
【参考文献】
「やくしまじかん」のホームページ
https://yakushima-time.com/4007/
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