277 鶴田商店(日本)

277 鶴田商店

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277 鶴田商店

ストーリー:

 長崎県五島市福江島に玉之浦町がある。この町は2004年に平成の大合併で五島市になったが、1955年には玉之浦町として7,323人ほどの人口を擁していた。それが合併時には2,000人ほどになり、2015年には1,355人まで人口が減少している。
 そのような人口減少の激しい集落であるが、2022年1月に、ここに「鶴田商店」が開業した。建物は玉之浦教会のそばにある空き家であった木造二階建てを、所有者から借りて改装したものだ。現在、ここでは地元で捕獲した鹿肉を使って開発をした「ジビエバーガー」や「ジビエカレー」などを販売している。ジビエバーガーにはトマトソースと、県立五島高校の学生が考えたレモングラスソースの二種類が提供されている。それ以外にも、地元のおばちゃん達が野菜や魚、駄菓子や小物をここに持ち寄ってきて販売をしたりしている。お年寄りや学校帰りの子供たちがここに立ち寄り、ちょっとしたコミュニティ・スペースになっている。
 この「鶴田商店」のある玉之浦商店街は、美容院と電気屋以外はシャッターを下ろした寂れた商店街になってしまっていた。観光協会や商工会もあったが、すべてなくなってしまった。「店がないので暮らしにくい」とこの町を後にするものもいる。確かに、商店がほぼ消えてしまい、コンビニエンス・ストアもない玉之浦町では食品をはじめとした生活物資を30キロメートルも離れた福江にまで買いに行かなくてはならない。車の運転ができなくなった高齢者は、知り合いに買い出しをお願いしなくてはならなくなった。「買物難民」という言葉がまさにあてはまるような地域になってしまったのである。この廃れた商店街にまた息を吹き返そうと、2021年の秋に、玉之浦の住民らでつくる玉之浦町未来拠点協議会の活動拠点とするために、20年ぶりに鶴田商店の復興を決めた。そのコンセプトは「町を照らす灯台」。改装・開店にかかる資金は補助金を頼らずにクラウドファンディングで調達した。屋号もそして、看板も引き継いだ。
 玉之浦町未来拠点協議会は、地元出身者で鹿や猪の駆除を捕獲しているメンバーを中心に構成されている。なぜ、ジビエ・バーガーなのか。それは、玉之浦には鹿がたくさんいて、たくさん捕獲しているにも関わらず、肉の売り捌き場所がないからである。そして、ここで提供することで、雇用もつくることができる。さらに、それを名物にできれば観光客も喜ぶかもしれないとも考えた。
 協議会の代表である野澤努氏は、この「鶴田商店」はここで、いろいろな試みが商売として成り立つかを検証する機会を提供してくれると説明する。チャレンジ・ショップ的な位置づけである。売り上げの10%を光熱費として納めてもらっているが、ここで上手くいったら他の空き家を使って展開して欲しいと伝えているそうだ。玉之浦のように人口が縮小している場所に必要なのは自発性であると野澤氏は言う。元パン屋であった鶴田商店は、貴重な「よろず屋」として、人々が語り合える場所であり、人々に機会を提供する場所としての役割を担っている。

キーワード:

人口減少, コミュニティ・スペース, サード・スペース

鶴田商店の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:長崎県
  • 市町村:五島市
  • 事業主体:玉之浦未来拠点協議会
  • 事業主体の分類:市民団体
  • デザイナー、プランナー:玉之浦町未来拠点協議会
  • 開業年:2022

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 玉之浦町や福江市が合併してつくられた五島市だが、その人口減少はなかなか止まらない。五島市全体では、1950年には9万人いた人口は、2020年には3万8千人まで減少している。この70年間で58%も人口が減少しているのだ。ただ、五島市の中でも、旧市町村でみると人口減少には温度差があり、1955年から2010年までで最も人口が減少しているのが旧玉之浦町の78.3%である。これは、人口減少が最も少ない旧福江市の39%のほぼ2倍である。
 人口減少が進む五島市ではあるが、必ずしも絶望的な状況にはない。玉之浦地区でのデータは市役所に問い合わせてもなかったために、五島市全体での分析になるのだが、2016年から2021年だけで市が関与しただけでも1,000名以上が移住してきている。特にこの4年間は毎年200名以上が移住してきており、その7割が30代以下の若者という特徴がある。その結果、2018年までは転出者の多さが転入者の多さを上回っていたために社会減が続いていたが、2019年では転入1,289人、転出1,256人で33人の社会増となると、2020年でも転入1,313人、転出1,244人で69人の社会増となる。2021年では新型コロナウィルスの感染拡大の影響があったのか再び社会減となるが、2022年は1月から8月までの統計だと、社会増のペースで人口が推移している。
 このように社会増となっている要因としては、2017年から施行された国境離島新法によって雇用の受け皿がつくられているほか、市役所が2018年から地域協働化を新設して移住への取り組みに力を入れるようになったことなどが挙げられる。しかし、これらは必ずしも必要条件ではない。というのも、若い人たちが移住をしてくるためには、その土地、その場所に魅力がなければ来る必要もないからである。そして、何より社会増を確保するためには、転出をしなくて済むための雇用、そして生活基盤としての社会インフラが整っていることが必要である。ここでいう社会インフラとは道路などのハードではなくて、ソフトなインフラである。
 そのように考えると玉之浦のように人口減少が激しく、かつ高齢化が進んでいる地区において「鶴田商店」のような公共的な場がつくられることの意義は極めて大きい。それによって、コミュニティが強化されるし、地域経済的にもプラスの相乗的な連関を形成することができる。長崎県五島列島各地では、地元の各神社の祭礼の折に行われる五島神楽がある。この神楽は畳2畳分という狭い場所をめぐるように舞うものであり、この土地の貴重な伝統芸能であり、現在まで伝承されているのは8神楽である。そのうちの一つが玉之浦町の五島神楽であり、鶴田商店はそれを演じるためのマイイタと呼ばれる板敷があり、時折、ここで神楽が演じられる。「鶴田商店」は小さな出発点かもしれないが、そこを中心に生活基盤らしきものがつくられていく。人口縮小地域にとっては、その縮小トレンドを止める滑り止めのような働きをすることが期待できるし、新たな若い転入者がコミュニティ化していく重要な契機を提供することも期待できる。こういう小さな取り組みを重ねていくことで、長期的な人口減少対策に繋がっていくのではないかと思わせる興味深い試みである。

【取材協力】
野澤努(玉之浦町未来拠点協議会代表)

【参考資料】
長崎県統計資料、国勢調査

【参考ホームページ】
長崎新聞(2022/01/30)
https://nordot.app/860344683093000192
長崎新聞(2022/02/04)
https://nordot.app/862151345585700864

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