225 ニューヨーク公共図書館本館(アメリカ合衆国)
ストーリー:
ニューヨーク公共図書館は92館からなる、民間の非営利組織によって運営される図書館システムである。名前はパブリック・ライブラリーといかにもニューヨーク市立図書館のような印象を与えるが、市立図書館ではない。ここでは、特にその本館について概説する。
ニューヨーク公共図書館の本館は、ニューヨーク市のマンハッタンの5番街と42ストリートの交差点というまさにマンハッタンの中心にある。ブライアント・パーク(都市の鍼治療ファイルNo.46)に隣接して立地しており、ブライアント・パークとともに、それはマンハッタンのまさに象徴的な公共空間であり、その豪奢なボザール様式の建築は、正面玄関に設置されている二頭のライオン像(これは本館のシンボルともなっている)とともに、ニューヨークの重要なランドマークともなっている。
ニューヨーク公共図書館システムが設立されたのは1895年であるが、それから16年後の1911年に本館は開館した。その設計はコンペを実施し、カレールとヘイスティングスが選ばれた。
この図書館は開館と同時に人気を博し、多くの人々によって利用されることとなる。研究センターとしての機能も高め、ここでの研究を通じてつくられたものとしてインスタントカメラやゼロックスコピー機などがある。
需要の多様化、拡大に応じて、本館は頻繁に拡張をしていくが、特に大きな拡張工事は1980年代に行われた。これは、本館の収蔵スペースをブライアント・パークの地下に設置するというものである。これによって、収蔵冊数は倍増する。この際、多くのデザイン的課題を有していたブライアント・パークも同時にリニューアルすることになり、これによって公共空間としてのブライアント・パークは随分と改善されることになる。
その後も2007年になってからの外装のリフォーム、さらに2017年には図書館の運営委員会は史上最大規模のリフォーム計画を認めた。これによって40ストリートに面した新たな入り口や、公共的な空間の面積を20%ほど増やすこととなる。その予算規模は約320億円であり、2021年に完成する予定となっている。
本館は9つの部門に分かれており、それらは「一般研究部門」(430言語の4300万冊の蔵書を有している)、「米国史・郷土史、血統研究部門」、「地図部門」(16世紀からの43万3000点の地図を有している。1898年と本館が完成する前からある部門)、「原書部門」(5,500の原書を保管している)、「ユダヤ部門」(ヘブライ語の資料を保管している)、「イギリス・米国文学部門」(3,500の希少な蔵書を有している)、「シェリーとその仲間の蔵書部門」(18世紀から19世紀にかけてのイギリスのロマン派詩人パーシー・シェリーと彼の仲間達の25,000にも及ぶ蔵書を保管している)、「希書部門」(1501年以前に印刷された800の図書などを初めとした珍しく貴重な本を保管している)、「芸術・印刷・写真部門」から構成される。
本館の建物は1965年には「全米歴史ランドマーク」に指定され、1966年には「全米歴史登録建築物」に、さらに1967年には「ニューヨーク市ランドマーク」に指定されている。
キーワード:
図書館,公共施設
ニューヨーク公共図書館本館の基本情報:
- 国/地域:アメリカ合衆国
- 州/県:ニューヨーク州
- 市町村:ニューヨーク市
- 事業主体:The New York Public Library, Astor, Lenox and Tilden Foundations
- 事業主体の分類:NGO
- デザイナー、プランナー:Carrere and Hastings
- 開業年:1911
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
2017年にドキュメンタリー映画の巨匠であるフレデリック・ワイズマンがニューヨーク公共図書館をテーマとした映画「エクス・リブリス(ニューヨーク公共図書館)」を公開した。ナレーションもなく、ニューヨーク公共図書館で展開する司書の仕事ぶり、ボランティアの活動する姿、幹部達の企画会議の様子などをひたすら描写していく。その映像時間は3時間15分でべらぼうに長いが、ニューヨーク公共図書館で行われる活動の多様性が刺激的であることもあり、冗長であるという印象を受けない。この映画には、その著書『利己的な遺伝子』で有名な進化生物学者であるリチャード・ドーキンス博士やロック・ミュージシャンであるエルヴィス・コステロやパティ・スミスが、同図書館での講演会で話す様子なども描かれているが、彼らの講演もニューヨーク公共図書館という器の中の一要素であるという印象を与えるほど、この図書館の懐は深いことがこの映画からは理解できる。
ニューヨーク公共図書館という存在は、図書館という概念を再考させる。それは、多くの人がイメージをする「図書館とは多くの本が蔵書されている場所」という図書館像を打ち砕く。そこでは、就職ガイダンスやダンス教室、子供のためのプログラミング教室、学校の授業補習、超一流の人達による講演会などが行われる。もちろん、いわゆる図書館としての蔵書機能や研究機能は傑出したものを確保しているが、ニューヨーク公共図書館を特別なものとしているのは、このプラスアルファのサービスであろう。それは図書館という施設の大きな可能性を我々に提示すると同時に、公共性というものはどういうものであるかをも考えさせる。
ニューヨーク公共図書館が訴える公共性とは「平等」である。経済面で不利になっている子供達はもちろんのこと、大人にも社会が平等に機会提供することを失した時、それを補完するような機能をこの図書館は有している。それは市場経済の失敗を補填するような役割を担っており、ニューヨークという生き馬の目を抜く社会の中で、セイフティ・ネットとして機能しているのだ。その公共図書館が、また名前だけが「公共」であって、民間の非営利組織によって運営されている点も面白い。
映画で描かれている「ニューヨーク公共図書館」はあくまでシステムであり、本館に特化したものであはないが、この図書館システムのまさに象徴的な建築、そして空間は本館である。それは、またニューヨークの「公共性」そして「民主主義」の象徴でもある。
【参考資料】
映画Frederick Wiseman監督『Ex Libris』
類似事例:
092 知識の灯台
155 ストックホルム市立図書館
271 ヘルシンキ中央図書館(Oodi)
309 BLOX
・ 舟橋村立図書館、舟橋村(富山県)
・ シアトル市立図書館、シアトル市(ワシントン州、アメリカ合衆国)
・ デンバー市立図書館、デンバー市(コロラド州、アメリカ合衆国)
・ 武雄市図書館、武雄市(佐賀県)
・ デンマーク王立図書館、コペンハーゲン(デンマーク)
・ 仙台メディア・テーク、仙台市(宮城県)
・ ぎふメディア・コスモス、岐阜市(岐阜県)
・ 新アレキサンドリア図書館、アレキサンドリア(エジプト)
・ パウエル図書館、ロスアンジェルス(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)