196 ヨリドコ大正メイキン(日本)
ストーリー:
大阪市大正区の泉尾に築65年以上の古い双子のように二棟建つ長屋アパートがある。このアパートの北棟は、耐震改修と全面リノベーションがなされ、「アトリエ+住居+店舗」一体型の、ものづくり人に向けた新たなシェア・アトリエとなっている。それが「ヨリドコ大正メイキン」である。オープンしたのは2017年11月だ。
この建物の所有者である小川拓史氏は、「リノベーションをして若い人に住んでもらっても、利益はさほど出ないので取り壊しが得策だ」と周りから言われたが、「この物件には未来がある」と思い込み、取り壊しをせずに、次代へと建物を引き継ぐことを考えた。
そのような状況の時、兵庫に住んでいた、古い住居でのサバイバル術に長けたイラストレーターの若い女性に、南棟に越してきてもらい、住んでもらうようにした。この女性は、長屋で生活する高齢者の方々と仲良くなってお裾分けをもらったり、逆に銭湯への付き合いなどをしたりした。加えて、彼女が企画する様々なイベントを通じて、ここの住民だけでなく、地域とのお付き合いにまで発展していった。
この状況をみて小川氏は、この物件にさらに肯定的な気持ちを持ち、「高齢者と若者が混在して、お互いを尊重しあえる場所」というコンセプトを構想する。加えて、大阪はものづくりの伝統があるにも関わらず、クリエイターの人達は大阪ではなくて東京でないと勝負できない、といった気分になっている。しかし、住んで、創って、売れるような環境があれば、大阪でも十分戦えるだろう、ということも考え、シェア・アトリエにすることにした。アーティストが自分の生き方として、自分で創れるような場があったらいいだろうという思いからである。
そして新築も考えていたが、コスト計算をしていく中で古い建物を活かした方がいいとの考えに至った。建物を活かすと、昔の人々も愛着を持つことができるからだ。人がまだ住んでいる南棟と異なり、北棟は全部、空き家であったので、南棟はそのまま残し、北棟をリノベーションすることにした。
そして、広報戦略の意味合いも含めてクラウド・ファンディングで内装資金の一部を集めた。このプロジェクトのファンをつくりたいという意図からだが、彼らには実際のリノベーションにも参加してもらえるようにした。例えば、壁紙などは、壁のエージング加工のワークショップをプロのペンキ職人に指導してもらったりした。この試みは見事成功し、竣工前に二日間でやったイベントでは600名も来てくれた。
10戸あった長屋の建物の二階は、それぞれデザインが異なる5戸の居住スペースとなっている。また一階はすべての壁が取り払われ、玄関のところには物販スペース、その奥は作業スペース、そしてちょっとした共有スペースとなっている。オープンしてから2年経ち、運営もうまく回っていて、人の交流も展開している。
キーワード:
リノベーション
ヨリドコ大正メイキンの基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:大阪府
- 市町村:大阪市
- 事業主体:小川合名会社
- 事業主体の分類:個人
- デザイナー、プランナー:小川拓史、川幡 祐子、神吉奈緖、細川裕之、(株)オープン・エー、(株)SHU建築
- 開業年:2017
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
日本の都市の多くが人口減少という課題に直面している。日本を代表する大都市大阪市も例外ではなく、大阪のウォーターフロントである大正区の泉尾地区でも空き家が見られ始めている。一方で、大阪のアーティスト達にとって、大阪にはインキュベーター(孵化器)的な仕組みが不足していた。この二つの課題を解決し、さらに地域住民の交流を促すような目的でつくられたのが「ヨリドコ大正メイキン」である。
このオーナーの小川氏は、たまたま親の仕事を引き継いだら、この築65年の物件があることを知ったそうである。そして、前述したように、それを取り壊さずうまくリノベーションをしようと考えるに至った。
リノベーション後のテナントを探すうえでの営業活動はほとんどしなかった、とオーナーの小川氏は言う。ただ、フェイスブックやインスタやツィッターで最初に発信してブログに誘導してもらうような流れをつくることは意図した。ここの場所がどういうところであるかをしっかりと発信することが重要であると考えたそうである。わざわざ来てくれた人に「どうして来るのか?」と小川氏が尋ねると、「気になったので来た」と回答する人が多いそうだ。不動産は動かせないので来てもらわないと困る。そして、来てもらったら小川氏などがしっかりと状況を説明するそうである。
また、アーティストにとって日銭を稼ぐことは重要であるという認識のもと、土日は玄関の部分にてショップ・コーナーを設けている。そこでは売り上げの10%だけをもらうようにしている。また、アーティストは常にここにいる訳でもないので、他人の作品もとりあえずいる方に売ってもらうようにしているそうだ。時間も告知方法もアーティストが決める。最近は、ファンの人がわざわざ遠くから来るような流れができているそうだ。また、ここで一緒に創作活動をしていると仲間意識のようなものも芽生え始め、コラボの作品もつくられ始めている。
小川氏は、ここはスナックのような機能を担っているという。世の中から、いろいろと話をするような機会、場所のようなものがなくなっている中、その代替的な役割をこの場が担っているのではないか、という。そして、この場にいることで、人との新たな繋がりができたりもしている。自分は今まではマイノリティだったけど、ここに来ると仲間ができる。そういう場所が提供できると、それはオーナーとしても嬉しいと小川氏は言う。
アーティストとして生活するためのハードなインフラストラクチャー、それにソフト面でのインフラクチャーともいえる繋がり、ネットワークを形成する機会を提供し、なおかつ地域としても開いたコミュニティ・ハブのような場所を、老朽したアパートを取り壊さないことで創造することに成功した。「山椒は小粒でもぴりりと辛い」と形容したい、小さいながらも効果的な「都市の鍼治療」的事例であると考えられる。
【取材協力】
小川拓史(オーナー)
西野雄一郎(基本計画担当)
川幡祐子(立ち上げ時のコンサルタント)
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