149 八百萬本舗 (日本)

149 八百萬本舗

149 八百萬本舗
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149 八百萬本舗

149 八百萬本舗
149 八百萬本舗
149 八百萬本舗

ストーリー:

 金沢市の主計町、ひがし茶屋街のそばにある橋場町は、藩政期から昭和初期にかけては金沢の商業の中心地だったエリアだ。そして、現在にも残る古い商家町家や洋館などが、金沢らしい街並みを形成している。この橋場町交差点と浅野川大橋とを結ぶ場所に、一際、町家としての凜とした存在感を放つ店舗がある。それが、旧志村金物店をリノベーションして再生させた八百萬本舗である。
 八百萬本舗の前進、旧志村金物店は数年ほど閉店をしていた。金沢R不動産は、このような大きな商家は残していたいと考えていたのだが、たまたまの縁があって地主から、この場所の使い方の相談が金沢R不動産にあった。この商家は規模が大きかったので、単体の企業に貸したとしても撤退の意思も早い。そこで、金沢R不動産の小津氏は「必ず何か結果を残すので一棟、丸ごと借りられますか」と交渉する。ただし、リノベーションの初期投資を出す資金的余裕は大家にはない。そこで介在したのがパトロンである。文化的マインドのあるパトロンがこの商家を借り、テナントにサブリースをするという形にしてもらい、金沢R不動産は家賃を回収してパトロンに渡すという仕組みをつくった。いわば、このパトロンが督促をしない銀行のような役割を担ってくれたことで、貴重な金沢の商家町家が見事に現在に蘇ったのである。そして、それは単体の町家が保全されただけでなく、金沢らしい街並みを維持することにも繋がった。もちろん、リノベーションをするうえでは構造や機能の強化が補強されたので、建物が刻んできた歴史やストーリー、佇まいといったものは維持されつつも、極めて現代的な空間が創造されている。
 八百萬本舗は、北陸新幹線の開業日に開業した。八百萬本舗という名称には、「ヒト・モノ・コト」が集まり広がっていく開かれた町家としたいという思いが込められている。そのコンセプトは、地元の人に向かって開くというものであった。この店の周辺には、そのうちお土産屋で溢れることが想定された(実際、そうなった)。そこで、ここは「お土産屋」とは言わず、地元の人達に向けてのベーシックな商売を基盤としつつ、それがうまく回れば観光客もくるであろうと考えた。テナントはそのコンセプトに同意してもらえるところに入ってもらうようにした。コア・テナントは金沢R不動産が探してきており、ほとんどの店がここが初めての出店であった。この建物のコンセプトを説明し、ほとんど初期投資なしで出店できます、と言ってこの店にふさわしいお店に入ってもらうように口説いた。
 八百萬本舗の位置づけは「観光に媚びない」ことだと、この事業を具体化させた金沢R不動産の小津氏はいう。主計町・東山ひがしという観光地のメッカに隣接しているが、決して観光に媚びないこと。これがポイントであった。したがって、テナントの選定には大変、気を遣ったそうで、地元の人も気づいていないような地元のお店に入ってもらうようにした。大手の和菓子屋さんとかはここに入りたがっていたが、やせ我慢をしてでもそこは断っていた。ここらへんで、コンセプトに拘れるというのが、公平性を重視する公共事業とは大きく違う点であろう。そして、じっと耐えてテナントを決めるまでは開業しないようにした。
 なぜ、そのような拘りがあるか、ということに対して、小津氏は「おそらく建築をやっていたからでしょう」と回答した。建築というのは、人のお金を使って、ものをつくるという仕事。単なる形作りをしている建築家はこれからの未来がなくなるとの思いもあって、デザインとか空間とかいい場をつくりたいということに拘ったのだと取材に答えていた。また、一方で、この建物の存在自体が素晴らしい営業プレゼンテーションになってくれている。その点では、この建物が保存された地域だけでなく、コンセプトに拘り通した民間事業者にも大きな果実をもたらした事例であると捉えられる。
 また、ソフト的な魅力づくりにも力を入れている。金沢R不動産は、いただいている運営管理費の中から広告を出すなど、八百萬本舗のテナントの商売を側面支援しているが、イベントなども展開している。例えば、ゴールデンウィーク後に建物の2階でフリマを開催したりする。地元の人に忘れられないようなタイミングでいろいろと仕掛けているそうだ。年に二回ぐらい、地元向けのビラを作成して、地元の人に来てもらう工夫などもしている。

キーワード:

リノベーション, 街並み保全, 建物保全

八百萬本舗 の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:石川県
  • 市町村:金沢市
  • 事業主体:有限会社 E.N.N. (金沢R不動産)
  • 事業主体の分類:民間
  • デザイナー、プランナー:小津誠一
  • 開業年:2015年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 金沢市はこの30年ぐらいで驚くほど、都市の魅力を向上させていると思われる。2015年に北陸新幹線が金沢駅まで延伸をし、北陸新幹線利用者は金沢駅開業前の3倍へと増え、兼六園の外国人観光客数は2011年から2015年で約4倍も増加している。しかし、これは単に新幹線によって時間距離が短縮したことだけが要因ではない。金沢市に素晴らしい観光コンテンツがあるからこそ、人々は金沢に来るようになったのである。新幹線はあくまで手段であって、観光の目的ではないからだ。そして、この金沢市の素晴らしい観光コンテンツとは、金沢21世紀美術館といった新たにつくられたものもあるが、その多くは金沢の歴史文化の遺産を丁寧に、現代へと蘇らせる工夫を何十年とかけて行っていたことが漸く花開き、そして、そのタイミングと北陸新幹線の金沢駅開業とが重なったのが、現在の金沢観光ブームの背景にあると捉えるべきであろう。
 そして、そのような取り組みは、主計町や東山ひがし、にし茶屋街といった茶屋街、長町武家屋敷といった歴史的街並みの保全に関しては行政が積極的に関わってきたが、点的な町家や洋館は、よほどの価値がないと行政では保全、さらには現代にも有用な価値をもたらすようなリノベーションをすることはなかなか難しい。しかし、それではテーマパークのような歴史建築物の地区だけが残ってしまうような状況が生じ、現代都市との分断が生じてしまう。そうすると観光都市は、山出元市長が嫌悪したような「光を観る」といった受身的な状況に陥ってしまう。
 そのような状況を改変できるのは、ゲリラ的に点のような貴重な都市資源をしっかりと現代にも活用できるように変身させられる技術と知恵を有している民間企業である。ただ、多くの民間企業は技術と知恵を有しても、リスクを取るという勇気がない。金沢市には幸い、この技術と知恵に加えて、勇気を有している民間人がいたことで、八百萬本舗のようなプロジェクトが具体化することができたのである。そして、この点での成功は、周辺地域にも影響を及ぼし、他の幾つかの点をも都市資源としての魅力を発現しつつある。例えば、八百萬本舗の道路を挟んだ前にあるちょっと風格のある元仏壇屋であった建物はハッチというシェア・ホテルとして2016年3月にリノベーションされた。
 このようにフットワークが軽い民間企業のように、点が面へと広がるような状況が金沢市ではみられつつある。金沢市には約7000棟の町家がある。以前は毎年300棟ペースでそれらは取り壊されていたが、現在では約100棟程度に減っている。以前より状況はよくなっているとはいえ、それでも貴重な都市資源が100棟近く毎年取り壊されているというのは、都市としては大きな損失であろう。八百萬本舗のような町家を現代に活かすリノベーション事業の成功が、さらに他の町家や街並みに味わいをもたらす建物の経済的にも有効な活用方法を促し、結果的に金沢市の貴重な都市アイデンティティやオーセンティシティを保全することに繋がるかもしれない。
 小津氏は「点を打つぐらいしかできないが、効果がある点にしないといけない」と取材で述べていたが、八百萬本舗という点はまさに都市の鍼治療のような効果を発現させたツボであったのではないかと考えられる。

(取材協力:小津誠一氏)

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