296 がもよんの古民家再生(日本)
ストーリー:
「がもよん」の略称で地元の人達に親しまれている蒲生四丁目。大阪市城東区にある一画である。近鉄とJRの結節点である鶴橋から地下鉄で一駅目にある。大阪市城東区は大阪市内でも最も人口が密集している。
この「がもよん」には築100年以上の古民家が数多く残っている。大正時代から残る米蔵や戦前に建てられた長屋等だ。同地区は、第二次世界大戦の戦火を免れたために、また、借地・借家法で昔から住んでいた賃貸人をなかなか追い出せないことなどから建て替えができなかった。そのような経緯から、街中には老朽化して使われてない古民家が多く存在している。そして、それらがこの10年ちょっとで次々と再生され、その数は20軒を超えている。それによって、見事に街のにぎわいが作り出されており、空き家活用の先進事例として注目されている。
これらの古民家が、この地区の資産であることを見出したのは、地元の不動産企業の和田欣也氏であった。そして、これらの古民家を活用したいと考えている人達が多くいるにも関わらず、うまくマッチングができていないことに気づいた。そして、その理由は、両者がコミュニケーションすべき情報が圧倒的に不足していることだと知る。一方で、借りようとする人達にとっても古民家を借りることは敷居が高かった。ある程度リノベーションをしないと想定しているような利用は難しい。しかし、この情報も不足していた。
大家さんの立場とすれば、リノベーションをしなければなかなか借りてもらえないことは分かるが、そのために投資をするのには抵抗がある。そもそも大家さんは空き家があっても特に困っていない。固定資産税は負担だとは思っても、そのうち壊してマンションを建てればいいだろうぐらいに考えている。
しかし、マンションを建てた後、その投資を回収するのは古民家を保全するよりも大変である(ファイル番号281の「寺西家阿倍野長屋」と同じ)。マンションを相続するようになった場合、むしろ負債を相続させるようなことにもなりかねない。空き家を改修して新たな価値をつくりだした方が投資コストも低いし、利益にも繋がる。
そこで和田氏が考えたのは、大家にリノベーションの投資をしてもらう前に、借り手を探してくる、ということだ。これであれば、大家が投資損することはない。その代わり、借り手には、借りたら継続して3年間は借りること、それ以前であれば違約金をもらうような契約を結ぶことにした。これによって、大家さんもテナントも情報不足による損失を生じないようにコントロールできたのである。。
そして、テナントにもアドバイスをする。地域に根ざした不動産業であるから、地域のマーケットがどのような店舗を欲しているかは分かる。そこで、ここでお店を開こうとする人達に対しては、この街のコンシェルジェのような役割を担うことにした。例えば、カフェをしようとしている人には、そのリスクなどを解説して、場合によっては違う業種を勧めたりもする。これは、店子が抜けられると和田さんの会社にとっても厳しいので、なるべく事業が上手くいくようにアドバイスをするのが得策であるからだ。加えて、店舗同士が集うコミュニティも運営していて、店舗同士の情報交換の場や協働のイベントを企画することで、このがもよんエリアが盛り上がることも積極的に行っている。
それまでは活かされていなかった「古民家」という貴重な街の資産を上手く流通させるために障害を取り除き、建物を再生するのと同時に地元の経済をも見事に再生させた。地元の不動産会社が「触媒」として機能して街を活性化させた、極めて興味深い事例である。本プロジェクトは2021年度のグッドデザイン賞を受賞している。その受賞理由のポイントは大きく次の3つに分類されている。
1. エリアマネジメントにより、飲食店同士が競争ではなく共闘できる環境づくりを行って活性化を持続させていること。
2. 古民家を地域住民が利用しやすい飲食店に改装することで、経済的に自立したエリアマネジメントを成立させたこと。
3. 地域内にある老朽化した空き家の危険を取り除き、安全かつ快適に利用できる建物へと改装したこと。
街の不動産がしっかりと機能すると、街が再生できることを示した優れた事例である。
キーワード:
古民家,アイデンティティ,歴史保全
がもよんの古民家再生の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:大阪府
- 市町村:大阪市
- 事業主体:一般社団法人がもよんにぎわいプロジェクト
- 事業主体の分類:民間
- デザイナー、プランナー:和田欣也
- 開業年:2008
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
日本には空き家が溢れている。2018年の『住宅・土地統計調査』によれば、日本全国の空き家の数は849万戸である。これは全住宅の13.5%を占める。この空き家率は世界のどの国よりも高い。しかし、これらは別荘や賃貸用の住宅も含まれた数字であるために、それらの空き家を除いた「本当」の空き家は462万戸ある。これは全住宅の7.3%。この数字でも世界では11位にランクする。
このように日本の大きな都市問題は空き家である。そもそもの空き家の数が増えているのは、地方の過疎化、人口減少といったことが要因だったりするが、大阪市城東区のような都心においても空き家が問題になるのは、「建物の老朽化」、「相続問題」、「固定資産税対策」(空き家を更地にすると固定資産税が増額される)といった制度的な問題に起因している。しかし、「建物の老朽化」に関しては、古民家のように「古い」ことが付加価値となるような場合は、それをリノベーションすることで問題の解決に近づく。
そして、需要もあるし、供給もあるのだが、供給する側は投資をするリスクが気になるし、需要側はそのような「老朽化」した建物の持つリスクを分かっていない。ここらへんのリスクを不動産会社という「第三」の存在が負うことで、この危険性が軽減されて、うまく物事が回っていく。血流が悪くて身体の調子が悪かったのが、その血流が悪いツボに鍼を打ったら、血行がよくなって身体の調子がよくなったかのような働きを、和田さんの会社は行ったのである。
筆者は学芸出版社から2021年に出版された『 「がもよんモデル」の秘密』という本を読んで、がもよんに対する興味が湧いた。しかし、この本に書かれていることは、大袈裟ではないか、と多少、疑問を抱いた。そこで、実際、この古民家再生のプロジェクトの現場に赴き、がもよんモデルを推進している「がもよんにぎわいプロジェクト」を訪れ、取材をした。そして、その本に書かれていること、すなわち一般的に不動産ビジネスの定石からはかけ離れたアプローチを、実際に行っていることを確認し、軽い目眩すら覚えた。しかし、そのようなアプローチであったからこそ、一般的には不可能と思われていたような古民家の空き家再生がここでは具体化できたのであろう。ここではまさに、目から鱗が落ちるような取り組みが行われている。それは、市場経済のルールを度外視し、街の復活を優先したかのような民間企業の取り組みである。
東大名誉教授の西村幸夫氏はその著書『西村幸夫文化・観光論ノート』で「日本に健全な中古住宅市場が形成されれば、周辺環境を魅力的にすることによって自らの資産価値も高まるという意識が定着し、エリアマネジメントは広く一般化することになるだろう」と述べているが、まさにそのようなことが、ここ蒲生四丁目では起きているのである。ビジネス・モデルとしてそれが「健全」であるかは、議論の分かれるところかもしれないが、常識外のアプローチによって、街の魅力が高まり、人々の意識も変革した、世界的にも注目に値する極めて興味深い事例であると考えられる。
【参考文献】
和田欣也・中川寛子著 『空き家再生でみんなが稼げる地元をつくる 「がもよんモデル」の秘密』 学芸出版社, 2021
【取材協力】
田中創大氏
類似事例:
014 鞆まちづくり工房
031 剥皮寮(ボーピーリャウ)の歴史保全
032 迪化街の歴史保全
065 シュピネライ
066 日本の家
071 稲米故事館
083 明治学院大学の歴史建築物の保全
087 郡上八幡の空き家プロジェクト
112 みつや交流亭
118 黒壁スクエア
149 八百萬本舗
160 ザリネ34
196 ヨリドコ大正メイキン
224 今井町の歴史的街並み保全
281 寺西家と寺西長屋の保全
・ 山王マンション、福岡市(福岡県)
・ 清川リトル商店街、福岡市(福岡県)
・ 空き家バンク、尾道市(広島県)
・ HELLO Garden、千葉市(千葉県)
・ ハウスハルテン、ライプツィヒ(ドイツ)
・ 渋谷はるのおがわパーク、渋谷区(東京都)
・ コレクティブハウスかんかん森、荒川区(東京都)
・ 寶藏岩、台北(台湾)
・ ジョージアン・テラス・ホテル、アトランタ(アメリカ合衆国)
・ 小布施町の街並みづくり、小布施町(長野県)
・ 歴史的資源を活用したまちづくり、川越市(埼玉県)