346 ウルビーノの垂直動線(イタリア共和国)

346 ウルビーノの垂直動線

346 ウルビーノの垂直動線
346 ウルビーノの垂直動線
346 ウルビーノの垂直動線

346 ウルビーノの垂直動線
346 ウルビーノの垂直動線
346 ウルビーノの垂直動線

ストーリー:

 ウルビーノはイタリアのマルケ州北西部にある人口14,000人ほどの町である。イタリアに多くある丘陵城壁都市の一つであるが、ここは、ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンティ(1483-1520)が生まれてから14歳まで暮らしたことで知られている。
 ウルビーノはウルビーノ公国の首府でもあり、15世紀後半に領主フェデリコ・ダ・モンテフェルトロが新宮殿を建設し、中世の町にルネサンスの装いを加える。さらにその正面にあった谷底を埋め立てて人工の大きな広場(現在のメルカトール広場:Borgo Meccatale)をつくり、その広場から町へ入る道にも手を加えた。このように都市計画でつくられたイタリアの丘陵城壁都市は他にはピエンツァしかなく(佐野, 2008)、そういった点で非常に珍しい事例であると考えられる。
 現在、ウルビーノを訪れると、中世の雰囲気をしっかりと現代に引き継ぎつつ、賑わいの溢れる市民生活が具体化されている活き活きとした都市の姿に感銘を覚える。そして、その街並みは賑わいの中にも秩序があり、美しい。さて、しかし、そのような姿は第2次世界大戦直後のウルビーノの写真では見つけることはできない。なぜなら、現代のウルビーノの姿は1970年代に建築家ジャンカルロ・デ・カルロによって、リデザインされた結果であるからだ。特に、不必要な自動車交通をウルビーノの城壁内に入れずに処理したその工夫は極めて優れていると考えられる。
 ウルビーノは歴史的市街全域がZTL(Zona a Traffico Limitato:自動車規制区域)に指定されている。これは、イタリアにおける交通規制区域の名称で、旧市街地への外部の車輌の入場を制限する規制である。基本、事前に許可を得た車輌以外は規制区域内には侵入できない。入り口には「ZTL」の標識が掲げられており、そこに但し書きのパネルがあり、通行可能な車が記されている。カメラで制限されており、違反者は後日、罰金を請求される。基本、観光客の自動車はZTL内に駐車させることはできない。
 それでは、どうやって観光客の自動車を処理するのだろうか。それは、城壁の外部に二つの広大な駐車場をつくり、城壁内の旧市街地に自動車が極力、流入しなくてもよいようにして対応した。前述した宮殿前につくられた町の玄関口ともいえるメルカトール広場には地下駐車場とバスターミナルをつくった。そして、サンタ・ルシアの門のそばの欧州自動車道78号沿いに、サンタ・ルシア駐車場という4階建ての立体駐車場を整備した。この駐車場にはちょっとした小売店やレストランなども入っている。ただ、この駐車場は旧市街地までは若干、遠く、バスターミナルがあるため、バス・アンド・ライドといった使い勝手にはいいかもしれないが、旧市街地へのアクセスという点からだとメルカトール広場の方が遥かに便利である。
 さらに、このメルカトール広場と城壁内とを結ぶために、カルロは垂直導線を提案した。メルカトール広場からは緩やかな坂道を上ることで町に入ることができる。しかし、それだと広場の前に建つ宮殿へ行くには大変な遠回りとなる。この垂直導線はメルカトール広場の前にそびえ立つ城壁の上まで階段とエレベーター(有料: 2024年時では50セント)によって移動させるものである。カルロ自らがそれを設計して1975年には完成させた。この垂直動線の城壁内の入り口には1982年には劇場もつくられ、カフェとギャラリーも併設されている。
 1998年に「ウルビーノ歴史地区」はユネスコの世界遺産に登録された。このような自動車交通の見事な処理によって、ウルビーノの歴史的街並みは必要最小限の自動車しか走らない。自動車と相性の悪い丘陵城壁都市において自動車との絶妙な共存を実現したプロジェクトだ。

キーワード:

駐車場,駐車場管理,垂線動線

ウルビーノの垂直動線の基本情報:

  • 国/地域:イタリア共和国
  • 州/県:マルケ
  • 市町村:ウルビーノ
  • 事業主体:ウルビーノ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:ジャンカルロ・デ・カルロ(Giancarlo de Carlo)
  • 開業年:1975

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 ウルビーノの宿に予約を入れると、次のようなメールが届いた。

「もし自動車で来るのであれば、ホテルの目の前まで自動車で来ることができます。ただし、ZTL地区(自動車制限地区)に入ることになるので、監視カメラによって車輌番号は記録されています。したがって、ホテルでチェックインする際に、その車輌番号を地元警察にホテルの方から通知します。
 その後、自動車を城壁の外で停めてください。城壁外には無料で路上駐車できるところがありますし、メルカトール広場の地下駐車場に停めることもできます(ここは最初の一日目が12ユーロで、以降は一日当たり6ユーロになります)。メルカトール広場からは、7時から20時までエレベーターが運行されています。料金が1ユーロかかりますが、これを使えばエレベーターの降り口から150メートルでホテルに着きます。」

 このような状況を知らず、ウルビーノに車で訪れるといろいろと混乱するであろう。ウルビーノの城壁外では無料で路上駐車ができるところは少なく、結果、上記の二つの駐車場に車を停めることになる。
 イタリアの丘陵城壁都市は自動車が発明される前につくられたので、その空間デザインにおいては歩行者のスケールを基準としている。また、丘陵城壁都市は防衛的な観点から城壁を設けたので、城壁内の密度はなかなか高い。そして、ウルビーノ以外でも、サンジミニャーノ、モンテリッジョーニ、ピエンツァなど多くの丘陵城壁都市は、イタリアにおける極めて重要な観光資源となっている。しかし、生憎、公共交通が貧相なイタリアで、これらを訪れるためには自動車でアクセスするのが最も合理的である。そこで、自動車と相性の悪い丘陵城壁都市をいかに自動車と共存させるか、という難題が出てくる。
 ウルビーノが提案した二つの巨大な駐車場を城壁外に設置するというのは、極めて優れた解決案である。それらの駐車場は立体駐車場、地下駐車場ということで土地利用密度を高くすることで、城壁内の密度の高い市街地と調和するように心がけられている。特に、メルカトール広場での垂直動線での処理は見事としかいいようがない。その垂直移動は、城壁の外から内に入るというイニシエーション的な体験でもあり、これは同広場から町へ坂道で入っていくのとは異なる。
 ジャンカルロ・デ・カルロはこの垂直動線だけでなく、町全体を再生するための調査報告書を1965年に発表している。その中身は広域都市計画軸から具体の建物構造・設備のレベルまでも含む幅広い調査をベースに、人々が町で暮らすための課題を細かく整理し、それを都市デザイン的なアプローチからの提案を盛り込んでいる(中野、2017)。そして、その後、それらの多くを具体化させる。垂直導線はジャンカルロ・デ・カルロという素晴らしい鍼灸士による優れたツボ押しであると捉えられる。

【取材協力】
井口勝文

【参考資料】
中野恒明(2017)『まちの賑わいをとりもどす』花伝社
佐野敬彦(2008)『ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか』平凡社

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