184 ザンド広場の再生 (ベルギー)

184 ザンド広場の再生

184 ザンド広場の再生
184 ザンド広場の再生
184 ザンド広場の再生

184 ザンド広場の再生
184 ザンド広場の再生
184 ザンド広場の再生

ストーリー:

 19世紀後半、ベルギーの北西部に位置するブルージュは、裕福なイギリスやフランスの観光客が訪れるようになり、世界でも最初の国際的観光地の一つになる。1909年には観光を促進する組織も設立される。ヨーロッパを戦場とした20世紀の二つの世界大戦でも、ブルージュは戦災を被ることを免れた。その結果、ブルージュの旧市街地は「生きた博物館」のような歴史的に価値ある建物、街並みを保全することとなり、さらに多くの観光客を引き寄せることになる。
 このブルージュの歴史地区を囲む運河の西側のわきにザンド広場はある。ここの再生事業のためのコンペが2015年に行われ、そこで一等となったのがWEST8とSnoeck & Partnersであった。そのコンセプトは「150のリンデン(落葉高木の菩提樹)の広場」であった。それは、市場、交通結節点、コンサート会場、イベント広場、レストラン街、憩いの空間、といった多様な用途に利用できる空間を最適化するという課題への解決提案でもあった。
 ザンド広場の面積は8,500平米と1ヘクタール近く、これはブルージュの歴史地区においては、最大規模の公共空間であった。そこでは年間で218のイベントが開催され、その立地特性から、公共空間ネットワークのハブとしても位置づけられていた。
 このような社会的重要性を有しているにも関わらず、この広場は道路、そして暗渠化された運河などにより、歴史的市街地から分断されていた。その結果、この広場自体がブルージュの西部と歴史地区との連続性を遮断するような存在となってしまったのである。広場としては機能していても、そこには空虚さと茫漠さが漂っていた。
 そのため、新しい空間デザイン案は、その旧来のイメージや人々の認識を大きく変化させることが必要であると考えた。そのために、この歴史的市街地に接しているという広場の立地特性を活かして、ブルージュのアイデンティティである豊かな歴史性、洗練された文化的な要素をこの広場に流し込むようにした。特に留意したのは、隣接しているアルバート一世王公園の要素を広場まで引き込むことと、隣接して立地しているコンサート・ホールと新た広場との連続性をしっかりと確保することである。そのために、菩提樹の街路樹を二列、広場の周縁部に植栽することにした。この街路樹は、それまでの茫漠だった広場空間に空間秩序とオリエンテーションをもたらしている。特に、広場の囲われ感(エンクロージャー)を演出するために、広場を囲むように街路樹が植えられたことと、夜間照明のデザインによって、広場の空間定義が明確化された。そして、舗装には質の高い自然石を用い、また色彩デザインも控え目なものにすることで、歴史的市街地との連続性をもたらせるような工夫をした。
 何より、新しいデザインでは広場を横切る自動車のアクセスを確保しつつ、その交通量を大幅に減らすことを意図した。自動車一台が通れるぐらいの狭い幅と、広場との段差がほとんどない道路は、周辺に多くの人々が溢れているため、スピードを出すことは不可能である。
 新しくなった広場は2018年9月に公開された。現在、それはブルージュの歴史的アイデンティティを感じさせつつも、ハレとケで言えば「ケ」としての現代都市ブルージュの生活を支える機能を提供しつつ、「ハレ」のイベント広場としての役割も担う、極めて重要な公共空間として活用されている。

キーワード:

都市観光, 公共空間, 広場

ザンド広場の再生 の基本情報:

  • 国/地域:ベルギー
  • 州/県:西フランドル州
  • 市町村:ブルージュ市
  • 事業主体:ブルージュ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:West 8, Snoeck & Partners
  • 開業年:2018年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 ヨーロッパの都市の公共空間の再生事例をみていると、都市で生活することの喜びのようなものを体感できるような空間をつくろうと強く意図していることが読み取れる。それは、都市賛歌、と形容できるような試みである。そして、その主体は自動車ではなく、歩行者であり、また都市であるがゆえの人と人との連帯、共生することを祝祭するかのような空間である。
 このようなトレンドがみられるのは、第二次世界大戦後、自動車のモビリティを優先してきた都市づくりをしたことの弊害が顕著になったため、再び、都市を人の手に取り戻そうという意識が高まってきたからだと考えられる。そして、そのような意識は自動車がまだ誕生する前の、長い都市の歴史を未だしっかりと現存させているブルージュのような都市においては、さらに強いものとなるのであろう。
 一方で、歴史的地区が世界遺産に指定されているブルージュにおいて、新たに都市を改造する機会はほとんどない。そのような状況下では、歴史的地区の縁に存在するヘト・ザンド広場のリ・デザインは、ブルージュにとって多くの課題を解消させる千載一遇の機会であり、また、逆の見方をすれば、ここでの失敗は長期間に及ぶ禍根を残すような、重要なプロジェクトとして位置づけられた。
 そのような中、West 8とSnoeck & Partnersが提案したものは、自動車を排除することをせず、しかし上述したような、人間賛歌の公共空間をつくるものであった。そして、菩提樹によって空間を上手に定義づけ、地下に設置された広大なる駐車場(1,400台収容可能)・駐輪場と広場とをうまく繋ぐことに成功した。
 ザンド広場の蚤の市で買い物をしている人々、菩提樹の木漏れ日の中、オープンテラスで食事をしている人々を眺めていると、ブルージュは素晴らしい公共空間を獲得することに成功したな、とつくづく感心する。都市デザインの勝利とでもいうべき事例である。 

【参考資料】
West 8のウェブサイト(http://www.west8.com/projects/t_zand/?s=brug)

類似事例:

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239 由布院駅周辺の交通体系再編成
・ レーマー広場、フランクフルト市(ドイツ)
・ カタルーニャ州立映画館前広場、バルセロナ市(スペイン)
・ ワルシャワ旧市街広場、ワルシャワ(ポーランド)
・ ユニオン・スクエア、ニューヨーク市(ニューヨーク州、アメリカ合衆国)