239 由布院駅周辺の交通体系再編成(日本)

239 由布院駅周辺の交通体系再編成

239 由布院駅周辺の交通体系再編成
239 由布院駅周辺の交通体系再編成
239 由布院駅周辺の交通体系再編成

239 由布院駅周辺の交通体系再編成
239 由布院駅周辺の交通体系再編成
239 由布院駅周辺の交通体系再編成

ストーリー:

 九州の有数な観光地である湯布院。その玄関口である由布院駅は、一日1,025人(2019年)が利用する。そして、それは町のシンボルでもあり、町を代表する公共的な施設である。さて、しかし、駅前はタクシーや自家用車、宿の送迎バンなどが駐車し、湯布院の観光シンボルでもある辻馬車の乗り場もあり、カオス的な状況となっていた。1996年に大分自動車道が開通してから、湯布院には年間で400万人が訪れる観光地となり、自動車の交通量が駅周辺でも増大し、駅から街中へ向かう歩行者にとっては危険を感じさせるほどであった。同時に、せっかくの駅前であるにも関わらず、そこが広場的に活用されることが困難であった。
 このような状況に対処するために、2002年には観光中心地区への自動車の流入制限や鉄道・バスによるパーク・アンド・ライド、駐車場予約システムの導入など、総合的な交通対策の効果を検証する交通社会実験が行われた。その結果を踏まえ、局所的に歩道設置が実施されたりしたが、駐車場探しによる渋滞・混雑は依然として解消されず、歩行者と自動車の混在は課題として残された。
 磯崎新氏設計による存在感のある素晴らしい駅舎を擁しているにもかかわらず、駅の入り口付近には依然として無秩序な一般車が駐停車し、由布院の顔であるべき駅前広場が極めて貧弱な様相を呈していた。そして、そのような状態であるため、せっかくの洗練された意匠の駅舎があるにも関わらず、そこでは記念写真を撮ることもできないような状況にあった。
 そこで、市は「歩いて楽しめる観光地」を打ち出した。これは、盆地全体の環境を楽しめるようなまちづくりであるが、特に歩行者と自動車、さらには辻馬車が錯綜している駅前と駅前通りでの交通体系を再編成することを検討し、それを実践するために2016年から2020年までの五カ年で、由布市では社会資本総合整備計画事業を進めた。その目的は、駅前の歩行者と自動車の混雑を緩和させ、安心・安全な駅前空間をつくりだすことであり、そのために自動車は駅前の動線を、環を描くように一方通行のループを描くようにし、駅前通りの由布見通りから駅に直接侵入できなくした。さらに歩道を拡張し、道路と歩道の縁石・側溝の段差をなくし、空間的な境目を曖昧なものにすると同時に歩道はベージュに舗装し、視覚面による境目を強調させた。これは、物理的には歩行者の移動性を高めると同時に、視覚面ではその安全性を確保しようとした「歩行者」を優先させた優れたデザイン的対応であると考えられる。そして、駅前は歩道舗装をし、車が駐車できないようにして、ちょっとした憩いスペースのような空間にした。タクシーの待機スペースを駅の出入り口からちょっと離れた南側に設置した。湯布院の象徴である辻馬車の乗降場は駅の出入り口の北側のすぐ目にとまるところに設置した。
 一見すると、自動車やバスの利便性を損なっての歩行者のアクセシビリティを高めたような事例に捉えられるかもしれないが、その共存を図ることで、まち全体の魅力を高めることに繋がり、利用者の総合的モビリティを向上させることに成功した。

キーワード:

交通体系, 駅, 歩行者空間

由布院駅周辺の交通体系再編成の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:大分県
  • 市町村:由布市
  • 事業主体:由布市
  • 事業主体の分類:
  • デザイナー、プランナー:高尾忠志+五十嵐淳+小野寺康
  • 開業年:2020

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 湯布院には1990年、2001年、そして2021年と訪れた。1990年代、磯崎新氏設計の由布院駅ができた直後に訪れた時は、その豊かな自然の中、大型観光施設もないヒューマン・スケールの質の高い観光資源に感心した。
 しかし、駅ができる前年の1989年には年間観光客数が338万人だった湯布院は、高速道路の開通などによって日帰り客が増加し、2006年には442万人まで増える。その結果、鄙びた雰囲気が魅力であった湯布院は、軽井沢のようにシーズン中は多くの自動車が往来し、人と自動車が錯綜することもあり、その良さを喪失しつつあった。
 そのような状況に対し、2008年には景観条例を制定し、2009年には景観マスタープランを策定した。これらは、湯布院の高質な空間価値を景観面から維持しようとした試みであると解釈できる。しかし、これらによっていかに景観が優れた街並みを維持できていても、その空間を歩行者が安心して、安全に移動できなければ、それを鑑賞する主体を欠落してしまう。優れた景観の街並みが、その価値を有するためには、それを見るものが必要であり、そのためには歩行者の移動空間を快適なものにしなくてはならない。そのための歩行者空間の利便性の拡張、さらには自動車とのほどよい共存を図ったこのプロジェクトは、自動車を運転する側にとっても結果的には便利なものとなったと思われる。
 加えて、由布市ではモータリゼーションが進展したことで、バス利用者は減少し、その結果、路線の廃止が進んでいた。そのような中、自動車を運転できない高齢者も増加しており、モビリティの改善が大きな政策的課題ともなってきた。商業施設が多く立地する駅前道路において、歩行環境が危険であるということは、ここを訪れる観光客だけでなく、高齢者にとっても望ましいものではなかった。
 環境省が「グリーンスローモビリティ」という事業を展開しているが、湯布院でのこの試みは「スローモビリティ」というコンセプトを具体化したものとして捉えることができよう。スローモビリティは観光客にとってはプラスであろうが、観光と関係なく地元住民にとっては迷惑かなと思ったりもするが、湯布院の場合は現状の危険性を十二分に理解していたので、それを改変することに抵抗した地元住民はほとんどいなかったそうだ。とはいえ、この計画を推進するうえでは、市民参加を丁寧に積み重ねていった。これは、湯布院のボトムアップ的なまちづくりを実践してきたこの街の「お家芸」でもある。この市民参加のプロセスを重視していることも、本事業のような優れた成果を生み出す要因の一つであろう。
 ちょっとした一方通行の環をつくって、駅前の自動車動線を簡潔化するという解決案は、まさに「都市の鍼治療」的な事例であり、モータリゼーション以前に駅前空間を整備した観光都市などにおいては参考にする価値がある優れた事例であると思われる。

【参考資料】
由布市資料
(http://www.city.yufu.oita.jp/wp-content/uploads/2019/11/kanseiimage.pdf)
(http://www.city.yufu.oita.jp/newly/yufuinekimaekoutuu/)

【取材協力】
高尾忠志

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