044 フィニックス・ゼー(ドイツ連邦共和国)
ストーリー:
ヨーロッパの工業の中心とも形容されたルール地方の中核都市の一つドルトムント。このドルトムントを始めとしたルール地方は、産業転換で不必要となった巨大な工業用地がたくさんある。フェニックス・ゼーは同市の南部、ヒューデ地区に位置するティッセン・クルップ社の溶鉱炉と製鉄所があった場所の再開発プロジェクトである。
この地区は160年間、工業用地として利用されていた。製鉄所が2001年に閉鎖されたのを機に、その再開発が検討された。その規模は210ヘクタール。このプロジェクを再開発するうえでは、その規模が大きいこともあり、二つの地区に分類された。西側にあるフィニックス・ウェストは110ヘクタールの規模で、ナノテクノロジーに特化したサイエンス・パークを整備中であり、東側にあるフィニックス・イーストは99ヘクタールの規模を誇り、その中心に24ヘクタールの人造湖を整備し、周縁部にミックス・ユースの生活空間を整備するというプロジェクトである。土壌汚染が深刻な製鉄所跡地であったこともあり、ドルトムント市は、周辺を流れるエムシャー川の水を引き込み、湖にしてしまうことにした。この湖はフェニックス湖(フェニックス・ゼー)と命名された。
この人造湖に面してマリーナ、オフィス、そして1000戸前後の住宅が整備された。住宅のタイプも集合住宅からテラスハウス、戸建て住宅と様々なものが建設されている。レストランやカフェも立地し始め、ホテルの立地計画もあるようだ。これらに加えて、公共サービスや小売店などの商業施設も立地しつつある。湖の南と西側には3.2キロメートルに及ぶ歩道とサイクリング道路がつくられ、北と東側はより環境共生型のエコロジー・ゾーンとした自然環境が創造されている。
エムシャー川をダムでせき止め、人造湖をつくる計画は2005年6月に正式に決定された。川を堰き止めたのは2010年10月1日である。2011年5月には、敷地を蔽っていた塀が取り払われ、湖にボートが出せるようになったのは2012年の4月である。巨大な工場跡地は、ドルトムントの人々の生活空間へと変容したのである。
このプロジェクトはドルトムント市都市計画部によって計画、開発された。外部の建築家、ランドスケープ・アーキテクトなどに発注はしているが、計画主体はあくまでも市役所であった。
キーワード:
ブラウンフィールド,ウォーターフロント,住宅開発,土壌汚染
フィニックス・ゼーの基本情報:
- 国/地域:ドイツ連邦共和国
- 州/県:ノルトライン・ヴェストファーレン州
- 市町村:ドルトムント市
- 事業主体:ドルトムント市都市計画部、Emschergenosenschaft
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:ドルトムント市都市計画部
- 開業年:2011
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
2009年におけるドルトムントの人口は58万人ちょっと。人口のピークは1965年の65万7千人。その後、1990年前後に旧東ドイツからの移住者が増えたことで持ち直したりもしたが、それを除けば一貫してじりじりと人口は減少傾向にある。ルール地方の他の地域と同様に、これまで炭鉱業、そして鉄鋼業といった重工業に依存してきたため、産業構造の転換への対応という課題は共有している。特に、巨大な工業跡地を抱えていて、その跡地をどのように活用するかという点では、ルール地方の他の都市と同じ悩みを抱えている。
フィニックス・ゼーのプロジェクトを初めて訪れたのは2008年であった。その頃は、まだフェニックス・ゼーの跡地は、工場関連などの建物も残っていたりしていた。ちょうど情報センターが立地していたのだが、そこで将来像のレンダリングを見た時は、果たしてここが湖になれるのかと疑わしく思ったものである。それから5年経って、実際、製鉄所の建物があったところに湖が出現し、そこにヨットが浮かび、ウォーターフロントのカフェで人々がくつろいでいるのを見ると、まるで魔法でもかけられたような気分になる。
ドルトムントの住宅需要は少なく、開発圧力も低かった。開発しても売れるかどうか分からないし、土地浄化にコストがかかる、という二つの課題をクリアしてしまうアイデアが、汚染されていた土地を湖にして土壌浄化のコストを低減させ、また残った住宅地としての価値を向上させるという人造湖の創造に結びついたのである。
フィニックス・ゼーは、ドイツの都市計画の凄まじい底力と見識の高さを我々に伝えると同時に、土壌汚染されていた工場跡地という負の遺産を、頓知でものの見事にプラスの資産にしてしまった「都市の鍼治療」的アプローチに感心させられる。それまで、産業廃棄物などが捨てられていた場所や、汚臭を放っていたエムシャー川が、ものの見事に環境と共生している緑溢れる生活空間へと変容したのである。それは、工業都市ドルトムントが環境都市へと変貌していくことを広く世間に知らしめ、また市民もそのように実感する大きな転機となったであろう。将来、ドルトムントが見事に産業変換を図られたとしたら、この事業は、メルクマール的な位置づけを獲得するであろう。それは、クリチバの花通り、ソウルのチョンゲチョン川のように、都市の将来を大きく舵取りするような事業となる可能性を有している。
規模は「鍼治療」というには大きすぎるかもしれないが、知恵を使ってマイナスをプラスに転じたその発想は、まさに「都市の鍼治療」的であると考え、ここに紹介させてもらう。個人的にはとても気に入っている事例の一つである。
類似事例:
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・ グリーン・フォレスト、ライプチッヒ(ドイツ)
・ タングア公園、クリチバ(ブラジル)
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・ ステープルトン、デンバー(アメリカ合衆国)