334 ラ・ヴィレット公園(フランス共和国)

334 ラ・ヴィレット公園

334 ラ・ヴィレット公園
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334 ラ・ヴィレット公園

334 ラ・ヴィレット公園
334 ラ・ヴィレット公園
334 ラ・ヴィレット公園

ストーリー:

 ラ・ヴィレット公園は55.5ヘクタールという、パリ市内でも三番目の面積を誇る広大な公園である。それは市内の北東の19区に位置している。ここはナポレオン三世が1867年に建築した巨大な屠殺場があったところで、1974年にそれが移転されたことで空地となった。その周辺部はパリの中でも劣悪な都市環境で、その改善が求められていた。その後、ミッテランのグラン・プロジェの一つとして、1982年から1983年にかけてデザイン・コンペが行われた。このデザイン・コンペでは脱構築の哲学者ジャック・デリダのアドバイスを受けて、幾つかの条件が提示された。これはこの公園がパリの20世紀につくられた公園として、後世に残されることが強く意識され、単なる公園以上の社会的・空間的・デザイン的な意味を持つことが期待されたからである。
 コンペの選考は難航し、なかなか最終案が決まらなかった。そこで、建築家側が推すレム・コールハウスとバーナード・チュミ、造園家側が推すジル・ヴェクスラールとベルネール・ラシェスの4名に再度コンペを課して、最終的にチュミが選ばれた。
 広大な公園の中には科学博物館、コンサート・ホール、劇場、グランド・ホールなどのプログラムが設置されている。
北側に位置するのはアドリアン・ファンシルベール設計によるラ・ヴィレット科学産業都市である。これは同公園で最大の建築物で、あたかも大都市の飛行場のターミナルのような佇まいである。それはヨーロッパでも最大規模の科学博物館で、延べ床面積は14ヘクタールもある。「地球から宇宙へ」「生命の冒険」「人類の素材と労働」「言語とコミュニケーション」の4つのセクターから構成される展示スペース、さらには国際会議場、メディアテーク、児童用スペースが設けられている。そして、ラ・ヴィレット科学産業都市のシンボルとなっている「ジェオド」という名称の球形の視聴覚ホールが、この巨大な建物から離れてつくられている。半径36メートルの球体は、そのSF的な佇まいからラ・ヴィレット公園という脱構築的空間では貴重な重力を有する場所性を与える建物となっている。
 南側に位置する音楽都市は、コンサートホールを擁する音楽史博物館である。このコンサート・ホールはパリ国立高等音楽院(パリ・コンセルバトワール)の本拠地でもある。クリスチャン・ド・ポルザンパルクが設計した。
 さらにその北にはパリ・フィルハーモニーが2015年1月につくられた。これは2,400席を擁し、ジョン・ヌーヴォーが設計している。その曲面の複雑さが、ユークリッド幾何学的なラ・ヴィレット公園の中では異彩を放っている。
 グランド・ホールは1867年に建設された歴史的な食肉処理場であった建物の鋳鉄とガラスを活かしてリノベーションした多目的ホールであり、イベント会場として使われている。2024年のパリ・オリンピックでも、その関連イベントがここで開催されていた。レイシェン・エンド・ロベールが設計を担当した。
 その他にはラ・ゼニスと呼ばれる6,300席もあるロック・コンサート・アリーナが東端につくられていたが、これは近年、撤去されてフォリー的な建物へと変換されている。また、海軍が所有していた50メートルの潜水艦、劇場、シャンソン・ホールなどがある。
 これら建築物以外にラ・ヴィレット公園には10の庭園がある。これらの庭園はそれぞれテーマを有していて、幾つかの衝立鏡が林の中の木のように置かれた庭園や、小動物公園のように小動物が飼われているところや、巨大な龍の姿をした滑り台が置かれていたりする「龍の庭」などがある。
 チュミによれば、その公園空間は従来の公園のように人の活動を空間が規定するのではなく、人々が能動的にそこで活動し、交歓する空間を提供するようにしたかったそうだ。そのために、訪問者はそこで自由に自発的に空間を探索することができるようなデザインとした。同公園をつくるうえでは多様な年齢層、文化の違いにも対応できることを強く意識した。現在は、そこは様々な現代文化の坩堝となっており、ローカル・アーティストや音楽家がパフォーマンスをする機会を提供している。
 ラ・ヴィレット公園は1987年に開業してからパリの住民にとって格好のレクリエーション空間となっている。また、観光客も多く訪れる。毎年、1,000万人ほどの人が公園を訪れると推計されている。

キーワード:

ランドマーク,グラン・プロジェ,バーナード・チュミ

ラ・ヴィレット公園の基本情報:

  • 国/地域:フランス共和国
  • 州/県:イル・ド・フランス地域圏
  • 市町村:パリ市
  • 事業主体:パリ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:バーナード・チュミ(Bernard Tshumi)
  • 開業年:1987年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 ラ・ヴィレット公園は不思議な公園である。バーナード・チュミの設計案は点・線・面という3つの要素をそのままレイヤーのように重ねたもので、その無機的といもいえる関係性がこの公園空間から有機性を排除し、それがこの公園の空間体験を極めてユニークなものとしている。「点」は公園全体を120メートル間隔のグリッドに設置されたフォリーという現代版東屋である。これは細かい意匠は異なるが色は共通した赤で統一され、その規模もほぼ同じになっている。このフォリーは10メートルほどの立方で他の建築物に比べて規模は小さく、またその機能も東屋的な些細なものである場合が多いが、ラ・ヴィレット公園のシンボルとしての機能を果たしている。「線」は公園を横断・縦断する歩道であり、その徹底した直線はこの広大公園を分割化し、オリエンテーションを与える機能も果たしている。そして「面」はフォリーと比べると遥かに巨大な建築群とテーマ仕立ての庭となるだろう。従来のランドスケープ的な公園の概念とは一線を画した、その場所性から逸脱したコンセプトは異質ではあるが、21世紀に向けて新たな公園像を提示するという目標は見事に果たしたのではないだろうか。
 この「都市の鍼治療」の事例では、その建築物の歴史性にアイデンティティを依拠するプロジェクトを多く取り上げてきたが、このラ・ヴィレット公園は昔の食肉処理場の建物を保全した以外は、歴史的文脈を空間設計から切り離して、まったく新しい空間をつくりあげてしまっている。その結果、その空間の特徴は、まさにその場所が本来的に有している生来的なものによって形成される。一見、まったく同じように見えるフォリーであるが、その微妙な差異が認知できると、その空間での活動がより自発的で能動的となる。空間ではなく、人が行動意思を決定する主体となるようなデザインが為されているのである。
 そういった観点からは、この公園は受動的な傾向が強い観光客には不親切な公園である。確かに、この公園にぶらっと訪れると、何をすればいいのか、どこに行けばいいのかが分からなくなり不安になる。ただ、積極的に空間に問いかけ、空間を解析しようという意思をもった観光客にとっては、そこは極めて多層的で興味深い公園となるであろう。その3次元的に施された空間への細かい仕掛けは、その空間探訪を飽きさせないものとしている。
 この公園は現在でも、多くの人で溢れている。芝生では勝手気ままに寝転がって読書に耽る人達、科学産業都市では小学校の社会見学の生徒達、レストランが併設されていたフォリーではちょっとした内輪のパーティ、運河ではボート乗りを楽しむ人達、そして音楽都市の前の広場では玉蹴りをする若者達、庭園では遊具で遊ぶ児童達、木が生い茂る空間では、その下のベンチで井戸端会議をする中年の人達・・・。このように多くの人に親しまれ、使われる公園を、かつて人々が近寄ることを回避していた屠殺場の跡地につくったことの意義は大きい。
 ラ・ヴィレット公園がつくられてから40年以上経つが、その北側には洒脱といっていいような集合住宅ができ、南側のメトロ「ポルテ・ドゥ・パンティン」駅の周辺も店が建ち並び、街として活き活きと機能しているように感じた。巨大なプロジェクトであるために「都市の鍼治療」事例に入れるのはそれほど適切ではないが、公園だけでなく周辺地域にもドミノ的にポジティブな効果を与えたということで、この事例を加えさせてもらう。

【参考資料】
渕上正幸(1998):『ヨーロッパ建築案内』 TOTO出版

ラ・ヴィレット公園の公式ホームページ
https://www.lavillette.com

類似事例:

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