121 姫路駅前トランジット・モール (日本)
ストーリー:
姫路駅は世界遺産である姫路城の表玄関口となるような場所に1888年につくられる。そして、第二次世界大戦後の1955年、姫路駅と姫路城を直線で結ぶ大手前通りが幅員50メートルへと拡幅された。1972年には山陽新幹線が開業し、1990年からは姫路駅周辺整備事業が構想された。これは、「広域圏の中核都市にふさわしい、にぎわいとうるおいにあふれた交流都心の形成」をコンセプトとした姫路駅周辺土地区画整理事業や、山陽本線連続立体交差事業などの大規模事業などから構成された。これらの事業区域はエントランス・ゾーン、コア・ゾーン、イベント・ゾーンとに地域分けがされ、駅前のトランジット・モール事業はエントランス・ゾーンに位置づけられた。
エントランス・ゾーンにある駅前広場は1959年に完成していた。しかし、これはタクシー乗り場やバス乗り場で駅前を占有させるもので、決して歩行者にとって好ましい空間ではなかった。1973年には市がJR山陽本線の高架下の基本構想を発表し、それから30年以上経った2006年にようやく工事が完了した。そこで旧駅ビルが移転した後のスペースを有効に活用し、交通結節機能を向上させ、地下街の活性化も図れるような駅前広場の整備計画を策定することとなり、2006年に姫路市はその計画も含めた「姫路市都心部まちづくり構想」を発表する。
しかし、この構想では駅前ロータリーは自動車中心の空間デザインがされており、歩行者の空間は極めて限定されたものとなった。この案に疑問を抱いた市の各種団体は、様々な代替案を提示し始める。そして、2008年に地元のNPO法人スローソサイエティ協会が、まちづくりの手法の一つである「シャレットワークショップ」の実施を画策する。「シャレットワークショップ」とは、さまざまな領域の専門家が現地入りし、行政や住民と会合を重ねて、具体的な計画案を示し、最終的に合意可能と想定される案を複数提示するというものである。
このシャレットワークショップを全国から集まった学生とで2008年11月に実施。そして、これに対する市民からのフィードバックを受けて、第二回を2009年1月に実施。そして、その結果を踏まえて「市民フォーラム」が300人の市民を集めて、2009年4月に開催される。市側もこの市民の動きに呼応して2009年6月に、駅前広場のロータリーのレイアウト案を3つほど市民側に提示する。それらは、
「1案:現状のままとし、サンクン・ガーデンの上にタクシーロータリーを配する」、
「2案:サンクン・ガーデン上部のタクシーロータリーを北側に移動する」、
「3案:タクシーロータリーを西側に移動し、バスロータリーと一体化させる」。
これらの案に関して「公開専門家ワークショップ」が7月に開始され、最終決定者市長に3つの案の評価をし、3案を進めるべきである提言を行い、それを受けて市長は3案に決定した。この案には、駅前にトランジット・モールを整備すること、西側空間におけるバスとタクシーの共存、市民が安心して歩ける駅前広場の確保などの内容が含まれていた。
そして、設計作業と並行して、NPO法人や行政が有機的に「連続セミナー」「専門家会議」「市民ワークショップ」「推進会議」を開催したことで、意識化、論理化、検証と選択といった合意形成のプロセスがミルフィーユの生地を重ねるように繰り返されていった。その結果、駅正面から姫路城をアイストップとして擁する大手前通りの歩道から姫路城が見えない、自動車に占有されて歩く場所がほとんどないような駅前広場(これは多くの地方都市で共通して観られる現象ではあるが)など、市民視点からすれば不合理な都市空間が大きく改善することができた。そして、その結果できたのは、日本初のトランジット・モールであり、世界遺産・姫路城の見事な姿を展望できる眺望デッキ、そして公共性が溢れる駅前のサンクン・ガーデンであった。
キーワード:
駅前広場, トランジット・モール, ランドスケープ, 公共空間, サンクン・ガーデン, シャレットワークショップ, 市民参加
姫路駅前トランジット・モール の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:兵庫県
- 市町村:姫路市
- 事業主体:姫路市、NPO法人スローソサイエティ協会
- 事業主体の分類:自治体 市民団体
- デザイナー、プランナー:NPO法人スローソサイエティ協会、小林正美(グランドデザイン)、小野寺康(ランドスケープ・デザイン)など
- 開業年:2015年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
姫路駅の姫路城側(北口)に出ると、素晴らしいサンクン・ガーデンが目の前に広がる。それは人が憩えるようなランドスケープ・デザインがされた極めて贅沢な公共空間である。通常、新幹線の停車駅の駅前空間はバス・ターミナルやタクシー乗り場などがあり、自動車が走行できるためのアスファルトによって地表は支配されている。人は地下に誘導されたり、またペデストリアン・デッキなので空中に行かされたりして、自動車のために地表という一番使い勝手のよい空間を譲らされている。地表は歩くことも難しく、ましてやそこでおしゃべりをしたり、たむろしたりすることなどは論外だ。それが、この姫路駅では出来ている。しかも、水が流れ、緑が安らぎを与えてくれる快適な環境においてだ。
新幹線が停まるぐらいの規模の都市の駅前は、どこもが金太郎飴のように同じように見える。それは、地域性やその土地の文化・歴史などを配慮せずに、機械的にマニュアル通りに駅、そして駅前広場という名の交通ターミナルを整備してしまうからだ。それは経済的効率をひたすら優先していた時代には、それなりに有効であったかもしれない。しかし、経済が成熟化し、人口もピークに達した国の取るべき計画手法であるとは思えない。
ただ、これまでは惰性で新しい時代に対応したような公共空間をつくることがなかなか難しかった。そのような状況を大きく変えたのは「シャレットワークショップ」という市民のニーズをくみ取りつつ、それを具体的なデザインへと昇華させる専門家とのコラボレーション手法である。そして、そのような市民の声をしっかりと誠実に聞き取ろうとした行政の真摯な姿勢であろう。
また、専門家集団は絵だとうまく伝わりにくいと考え、8箇条とか10箇条とかにして、設計サイドに考えてもらいたいことを言葉とそれを補完するスケッチで伝えるようにした。これは、このシャレットワークショップをコーディネイトした小林正美氏によると、市民のアイデアを具体化させるうえで極めて重要であったそうだ。加えて、彼が強調したのは、その設計や工事と並行してエリア・マネジメントをすることの重要性である。
姫路駅前トランジット・モールは日本で初めてのトランジット・モールとなったが、2006年の計画では新幹線の駅前にありがちな交通広場が主体の配置であった。これをおかしいのではないか、と疑問におもった市民が代替案を出し、それを姫路市が受け止め、小林正美氏を中心とした専門家グループが姫路市に編成され、デザイン指導と管理を担うことになった。そのようなプロセスを経て、当初の計画案は大きく変更され、素晴らしい公共空間が姫路駅に出現したのである。
それは21世紀に世界の都市が大きく舵を切った「車から人へ」という流れを、遅まきながら日本でも実現させたメルクマール的な事業である。
【参考資料】
小林正美編・著『市民が関わるパブリックスペースのデザイン』
【取材協力】
小林正美、姫路市役所
類似事例:
060 ストラスブールのトラム
077 富山ライトレール
239 由布院駅周辺の交通体系再編成
253 ロープウェイ通りの空間再構築
284 オクタビア・ブルバードの道路再編
・ ニコレット・モール、ミネアポリス市(ミネソタ州、アメリカ合衆国)
・ ポートランド・トランジット・モール、ポートランド市(オレゴン州、アメリカ合衆国)
・ 16thストリート・モール、デンバー市(コロラド州)
・ グランビル・モール、バンクーバー市(カナダ)