253 ロープウェイ通りの空間再構築(日本)

253 ロープウェイ通りの空間再構築

253 ロープウェイ通りの空間再構築
253 ロープウェイ通りの空間再構築
253 ロープウェイ通りの空間再構築

253 ロープウェイ通りの空間再構築
253 ロープウェイ通りの空間再構築
253 ロープウェイ通りの空間再構築

ストーリー:

 松山市にあるロープウェイ通りは、松山市を代表する大街道商店街の北側を起点とし、東雲神社の参道を終点とする500メートルほどのバリアフリー道路である。正式名称は「松山市道一番町東雲線」となるが、沿道に松山城のメインエントランスとしての役割を担うロープウェイ・リフト駅があるために「ロープウェイ通り」と呼ばれている。
 この道路は、お城の北側にある平和通り、さらには愛媛大学などを結ぶ抜け道的な位置づけにあるため、自動車や自転車の通過交通が多く、また歩道も狭いことから、せっかく観光動線となっているにも関わらず商店街としての空間的魅力が欠如し、シャッターが下りたままの店も増え、その改善が商店街としての大きな課題となっていた。
 そのような中、1999年にロープウェイ通りは電線共同溝整備道路として指定される。それをきっかけとして、行政が地元へ働きかけをし、地元協議が実施される。地元商店街の一番の課題は、通過交通の多さであったため、電線共同溝整備の議論だけでなく「道路空間、特に歩行者空間」をどのように整備するか、ということに議論が拡張した。
 地元協議は沿道の3つの商店街(約120店舗)が参加する中、6年間をかけて行われ、その結果、それまで架かっていたアーケードを撤去し、自主的なまちづくりに関する協定とガイドラインを締結することにし、看板等のデザインの統一化や壁面カラーの修景等を実施した。この街づくりガイドラインで示された街づくりの方向性とは、次の4点である。

1) 個性的な魅力を持った楽しい町並みを創造する
2) 「和(なごみ)」と地区の特色を生かした質の高い空間を形成する
3) 人の回遊、滞留、交流が生まれるまちを目指す
4) 安全性が確保できる、人に優しいまちを目指す

 この地元の熱意に行政も応えた。まず、車線の一車線化による交通の影響等を検証するための社会実験を行った。具体的には、ロープウェイ通りの賑わいの創出を図るため、カラーコーンを仮設置し、車線縮小と歩道の拡幅をシミュレーションし、同通りのトランジット・モール化を試みたのである。そしてその結果、ロープウェイ通りの歩行者交通量は実験前に比べ最大41%ほど増加し、自動車の走行速度は休日は時速7キロ、平日でも時速3キロほど低下することが分かった。
 この結果を踏まえ、松山市は地元関係者等から構成される「ロープウェイ街道路景観整備協議会」を2004年から立ちあげ、協議を行い、道路線形、歩道舗装、街路照明、ストリートファーニチャーなどの道路デザイン要素についてしっかりと検討し、二車線あった車道を一車線とし(設計速度時速30キロメートル、両側路肩1メートルを自転車通行帯として確保した幅員5メートルの道路)、歩道を拡幅(車道をスラローム状にすることで2.5メートル〜4.5メートルほど確保)して、歩行者優先の道路空間の再配分を行った。また、段差ゼロのバリアフリー道路ともした。これに関しては警察が反対したが、ボラードを一定間隔で設置することで許可を得ることができた。加えて、アーケードを撤去し、無電柱化や沿道建物外壁面の改善を行うなどの景観整備に取り組むこととした。 そして、2006年4月に供用にこぎ着けた。
 ロープウェイ通りの道路デザインは、当初はそれほどデザイン性の高いものではなかったのだが、地元住民が不平を表明したことで、代替案として都市デザイン専門家が設計案を出す。これは、地元住民も高く評価し、結果的にこの事業が成功する大きな要因となる。
 事業供用後、歩行者の交通量は従前に比べて約3.5倍(約2,000人から約7,100人)ほど増加した。また、営業店舗数は整備前に比べて約1.5倍(95店舗から147店舗)に増加し、さらに事業供用後に地価が12.6%ほど上昇した。これは全国でもトップクラスの上昇率であった(地方都市はこの期間、平均して2.8%ほど下落している)。加えて、整備前から年に一回、地元主導の「門前まつり」が開催されているほか、様々なイベントがここを舞台として実施されるようになる。
 2014年に経済産業省から全国の「頑張る商店街30選」に選考され、2016年には都市景観大賞最高位である「国土交通大臣賞」を受賞している。

キーワード:

歩行者空間,景観保護,水害

ロープウェイ通りの空間再構築の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:愛媛県
  • 市町村:松山市
  • 事業主体:松山市、松山ロープウェー商店街
  • 事業主体の分類:自治体 市民団体
  • デザイナー、プランナー:篠原修、小野寺康、南雲勝志
  • 開業年:2006

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 松山市はとても興味深い都市政策を展開している自治体であると思う。そして、その成果として、このロープウェイ通りや、道後温泉周辺の空間再編成(にきたつの道)、花園通りの道路空間再編成、松山市駅前、三津浜地区など、魅力ある都市空間がスポット的につくられつつある。これは、市の都市政策として2000年に「歩いて暮らせるまちづくり」を標榜し、国土交通省にも認定されたことが大きな契機となったからであると考えられる。
地方都市であるにも関わらず、過度に車に依存しなくてもいい都市づくりが推進されており、それによって魅力的な公共的空間が多くつくられることになった。さらに、伊予鉄道などの地元の民間企業がしっかりと松山市の都市づくりに貢献しているところも、その魅力向上に資していると思われる。「歩く」、歩くにはちょっと距離があるところは「自転車に乗る」もしくは「路面電車に乗る」か「バスに乗る」。さらに、伊予鉄道かJRに乗れば、路面電車ではちょっと離れているところまでも到達でき、自動車に過度に依存しない生活スタイルが実現できている。
 松山市は人口が2021年末で50万5千人ほどいる。これは四国の都市では最大規模である。この人口規模の大きさが、自動車に依存しない都市交通を可能としている。日本の地方都市においては、戦後から20世紀末まではいかにして自動車を中心とした生活を実現化させるか、ということに念頭が置かれていたかと思う。都市の伝統的な構造を破壊してまで道路を整備し、郊外にはバイパスを整備し、ショッピング・センターを立地させ、都市によっては病院や役所までも移転し、中心市街地は衰退していった。そして、それが地方都市の進化であると捉えられていたのである。
 そのような考え方に大きな転換を生じさせたのは、前述した「歩いて暮らせるまちづくり」という、1999年に閣議決定された経済新生対策である。これは、「地域のさまざまな工夫や発想を源泉に、生活の諸機能がコンパクトに集合し身近に就業場所のあるバリアフリーの街において幅広い世代が交流し、助け合うことなどを通じ、身近な場所での充実した生活を可能とするとともに、これからの本格的な少子・高齢社会に対応した安心、安全でゆとりのある生活を実現しようとする試み」(政府資料)である。
 この政策転換はある意味、地方都市にとっては衝撃的であった。というのも、この「歩いて暮らせるまちづくり」という要件を最も体現できているのは東京であり、大阪であるからだ。すなわち、道路ネットワークが未だ整備されていない都市ほど、「歩いて暮らせるまちづくり」が実現されている。つまり、それまで道路整備を中心した自動車主体の都市行政を展開していたら、急に梯子を外されたからである。「自動車主体の都市」こそが大都市にない地方都市の豊かさであると考えてきたら、いきなり「歩いて暮らせるまちづくり」へと指針が方向転換されたのだ。郊外化を推進させてきたのに、突然「生活の諸機能がコンパクトに集合した暮らしやすいまちづくり」、「安全・快適で歩いて楽しいバリアフリーの街づくり」と言われたら、戸惑うのは当然であろう。
 しかし、ある程度の都市規模があり、公共交通ネットワークもある程度、充実していた松山市は「歩いて暮らせるまちづくり」という挑戦を果敢に受け入れた。そして、それから20年が経ち、その成果はスポット的ではあるが具体化している。残念ながら、このスポット的な場所をちょっと離れると、自動車型の地方都市に典型な郊外的景観が広がってはいるが、オセロ・ゲームのように少しずつ、局所的に色を反転させていき、将来的には再び、自動車ではなく人間主体の都市空間へと変貌させられるかもしれない。そのような淡い期待を松山市は抱かせてくれる。今後、高齢化が進み、SDGsが叫ばれ、化石エネルギーが希少化し、さらに自動車が自動化していく中、地方都市においての道路は負の財産となる可能性が高い。そのような中、大きく松山市は舵を切ってきたが、そのきっかけとなったのが、このロープウェイ通りであり、その後のその推進力となったのが、その成功である。他の地方都市も参考にすべきツボを押さえた成功事例であると考えられる。

【取材協力者】
松山市役所 都市・交通計画課 木村将伸氏

【参考資料】
国土交通省資料
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/dorokeikan/pdf/008.pdf

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