284 オクタビア・ブルバードの道路再編(アメリカ合衆国)

284 オクタビア・ブルバードの道路再編

284 オクタビア・ブルバードの道路再編
284 オクタビア・ブルバードの道路再編
284 オクタビア・ブルバードの道路再編

284 オクタビア・ブルバードの道路再編
284 オクタビア・ブルバードの道路再編
284 オクタビア・ブルバードの道路再編

ストーリー:

 オクタビア・ブルバードはサンフランシスコのヘイズ・バレーを南北に走るマルチ・ウェイ・ブルバードの一つである。マルチ・ウェイ・ブルバード(Multi-Way Boulevard)とは、車線を、通過交通と、周辺の家や店などにアクセスするための交通とを分離帯によって二つに分けた構造の道路である。
 この道路の上には以前、高架の高速道路(セントラル・フリーウェイ)が通っていた。しかし、1989年10月17日にマグニチュード6.9の「ロマ・プリータ大地震」が発生し、この高速道路の高架部分が崩落する。この時、サンフランシスコと東岸のオークランドなどを結ぶベイ・ブリッジも崩落したが、それは1ヶ月もしないで再開された。しかし、このセントラル・フリーウェイを復旧する動きは見られなかった。それは、それ以前にサンフランシスコでは高速道路反対運動(Freeway Revolt)が展開し、高速道路の開発を中止したという経緯があり、1973年の時点で既に「公共交通優先」という政策を打ち出していたからだ。そのような流れの中、サンフランシスコ湾沿いのウォーターフロントを走っていたエンバカデロ・フリーウェイを撤去するという決断を都市計画委員会では1985年に決定していたが、1987年の住民投票でそれは白紙に戻されていた。ロマ・プリータ大地震は、そのような状況において起きたのである。
 エンバカデロ・フリーウェイも大地震によって大きな損害を被る。カリフォルニア州の道路技術者は新しく道路を整備することを提案するが、当時の市長であるアート・アグノスは高速道路をそのまま撤去し、新たにウォーターフロント沿いにブルバード(並木大通り)を整備することを提案し、委員会では6-5でその案が可決される。そして、その完全撤去が1991年に始まる。
 セントラル・フリーウェイは、ターク・ストリートとゴフ・ストリートへの降り口は撤去されたが、オーク・ストリートとフェル・ストリートへの降り口は修理が必要であったにも関わらず、放置されたままで、しかし自動車は通れるようにしていた。この状況をどのように改善するか。サンフランシスコ市は、市民から構成されるタスク・フォースを任命し、改善案を求めた。タスク・フォースは、この降り口へとアクセスする残りのセントラル・フリーウェイの高架部分も撤去し、通常の地表面を走る通りにすべきだと提案した。この案をまとめたのは、タスク・フォースのメンバーであったマーク・ジョレス氏(Mark Jolles)であった。反対意見も少なくはなかったが、最終的にはこの提案をサンフランシスコ市は受け、セントラル・フリーウェイの高架部分は撤去され、新たにオクタビア・ブルバードが2005年に開通する。
 この案が支持された理由としては、渋滞時において高速道路はルートの迂回ができないこと、また渋滞時においては一般道路と移動時間がほとんど変わらないこと、そして、高架の高速道路は都市景観を阻害することなどが挙げられた。
 オクタビア・ブルバードはわずか4ブロックにしか過ぎないが、通過交通とアクセス交通とで道路車線が分離されているブルバード(並木大通り)のつくりとなっている。その道路幅はほぼ40メートル。中央分離帯が約3.3メートル、その両側に通過交通のための二車線道路が約6.6メートル、そして歩道付きの並木の分離帯が約2.7メートル、アクセス交通のための車線と駐車帯とで約5.4メートル、そして歩道が約3.6メートルである。
 この設計の目的としては、1)通過交通は真ん中の二車線を走らせる、2)近傍を目的地とする自動車交通と自転車はアクセス交通の車線を走らせる、3)自動車ではなくて人のための公共空間を多く創出する、が挙げられた。
 この道路はフェル・ストリートより以北ではアクセス道路の部分のみしか通っておらず、そこから先の通過交通部分はヘイズ・グリーンという公園となっている。このヘイズ・グリーンを新たにつくったことで、周辺地区における不動産価値の向上や飲食店の増加といった様々な波及効果が導きだされた(柴田、2012)。まだ高架の高速道路が残っていた時は、この周辺はドラッグの取引場所として知られ、治安が悪いことで有名だったことを考えると、大きな肯定的な変化が生じたと捉えることができよう。
 この道路のデザインに関わった都市デザイナーのエリザベス・マクドナルドは、オクタビア・ブルバードをつくった経緯をまとめたエッセイで、ヘイズ・グリーンをつくったおかげで周辺に住む母親たちが子どもたちを連れてくる場所ができ、それまでは知らなかった他の母親や子どもたちと知り合う機会ができた、といって喜んだことほど、仕事が報われたと思ったことはないと述べている(Macdonald, 2006)。このような公共空間が、まさにコミュニティをつくっていくのである。

キーワード:

道路,道路再編

オクタビア・ブルバードの道路再編の基本情報:

  • 国/地域:アメリカ合衆国
  • 州/県:カリフォルニア州
  • 市町村:サンフランシスコ市
  • 事業主体:サンフランシスコ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:マーク・ジョレス(Mark Jolles), Elizabeth Macdonald, Allan Jacobs
  • 開業年:2005

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 世界で一番の自動車大国はアメリカ合衆国である、ということは論を俟たないであろう。自動車の発明こそドイツであったが、それを大量生産するフォード式を発明し、それによってどこよりも早く自動車を大衆化し、ライフスタイル、さらには都市空間までも自動車を基準に刷新したのはアメリカ合衆国である。そして、多くの国々がこのアメリカ合衆国が具体化した自動車社会を羨望のまなざしで見て、自国もそのような自動車社会化することに邁進した。日本も例外ではない。
 しかし、そのような自動車社会化に対して、反対運動も幾つかの場所で起きている。例えば、自動車都市の象徴でもあるロスアンジェルスでも、都心部の東側を南北に走る連邦高速道路710号はロングビーチとパサデナを結ぶ計画でつくられたが、パサデナの南のアラハンブラ市で50年以上も工事が止まっている。これは、アラハンブラ市とパサデナ市の間にあるサウス・パサデナ市の住民がずっと反対してきたからだ。そして、この高速道路反対運動(Freeway Revolt)を大都市であるにも関わらず市レベルで展開したのがサンフランシスコ市であった。1960年頃である。この反対運動は実を結び、連邦高速道路101号はサンフランシスコの都市で中断され、サンフランシスコ湾に沿って走るエンバカデロ・フリーウェイも都心部からゴールデン・ゲート・ブリッジのあるところまで高速道路で結ばれる計画だったのだが頓挫した。高速道路反対運動を支持していた人たちは、既に建設された高速道路も撤去したいと考えたが、それはなかなか難しかった。そもそも、高速道路建設支持者も相当の数いるのである。しかし、そのような状況下で、高速道路反対派に大きく資する事件が起きる。1989年のロマ・プリータ大地震である。この地震でベイ・ブリッジを始めとして市内の幾つかの高速道路は崩壊した。流石に交通の基軸であるベイ・ブリッジはすぐに復旧するが、それほど重要ではない高速道路は、そもそも撤去の候補に挙がっていたぐらいなので、その復旧は目処がつかず、これを契機に撤去することが決定される。
 極めて私事であるが、ロマ・プリータ大地震後、そしてこのオクタビア・ブルバードが整備される前の1993年から1996年まで筆者はサンフランシスコ周辺で生活していた。中途半端に崩壊され、復旧の目処が立たないセントラル・フリーウェイの周辺地区は非常に陰気な感じがし、治安が悪いとの評判があったので、自動車で移動する際でも、ちょっと不安な気持ちで通り過ぎるような場所であった。
 それが、25年経って再訪すると、その変貌ぶりには驚くばかりである。特に、オクタビア・ブルバードの北端をヘイズ・グリーンという公共空間として整備したことは絶妙であったかと思う。高架下の高速道路という、地元の人も近づきたくないような空間を見事なオープン・スペースへと変貌させたことこそ、まさに「都市の鍼治療」的事例であると考えられる。

【参考文献】
柴田久(2012):「大規模都市基盤整備事業からの転換とランドスケープ・アーキテクチャーの役割に関する研究」 『公益社団法人日本都市計画学会都市計画論文集 Vol.47 No.1』

NPO リバブル・シティ(Livable City)のウェブサイト
https://www.livablecity.org/loma-prieta-the-earthquake-that-started-a-transportation-revolution/

Elizabeth Macdonald (2006): “Building Boulevard”, Access Magazine, 1(28)

類似事例:

016 チョンゲチョン(清渓川)再生事業
041 エクスヒビション・ロード
050 マドリッド・リオ
074 ブロードウェイの歩行者専用化
121 姫路駅前トランジット・モール
264 四条通りの歩道拡張
295 象の鼻パーク
・ コモンウェルス・アヴェニュー、ボストン(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)
・ シャンゼリゼ通り、パリ(フランス)
・ エスパラナーデ、チコ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
・ 御堂筋、大阪市(大阪府)
・ パウリスタ大通り、サンパウロ(サンパウロ州、ブラジル)
・ ハンチントン・ブルバード、サンマリノ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
・ 7月9日大通り、ブエノスアイレス(アルゼンチン)