074 ブロードウェイの歩行者専用化 (アメリカ合衆国)
ストーリー:
ニューヨークのマンハッタンにあるブロードウェイは、格子状の規則性のある区画を、唯一斜めに走るマンハッタンで最も個性的な道路である。それは、コロンビア大学、リンカーン・センター、コロンブス・サークル、タイムズ・スクエア、マディソン・スクエア、ユニオン・スクエア、市役所、トリニティ教会、バッテリー公園と、ニューヨークの主要なランドマークを結ぶ、まさにニューヨークの背骨のような道路であり、マンハッタンの華やかさを表す象徴としての中心通りである。
この道路のコロンブス・サークルとかタイムズ・スクエアを経て、ユニオン・スクエアの区間から自動車を全面もしくは部分排除するプログラムが2008年から開始された。マンハッタンの目貫通りから自動車を排除するという大胆不敵なプロジェクトが実験的に施行されると、マンハッタンの賑わいがさらに増し、多くの市民の支援を得ることに成功し、自動車の通行規制区間はさらに拡大された。そして、ニューヨーク市は自動車から人へと、そのプライオリティを大きくシフトしていくことになった。
ブロードウェイは、もともとは、片側二車線の両方向の道路であったが、1957年から一方通行になった。そして、2008年に42番街から35番街までの間の自動車車線が2車線ほど外され、歩行者のための公共空間へと転用された。そして、2009年5月、42番街から47番街の区間、そして33番街から35番街の区間において自動車を実験的に追放すると市民の大きな支持を得、2010年2月に自動車から歩行者への転用を永続的なものにすることを決定した。
このようなヨーロッパではみられても、アメリカ合衆国では極めて斬新なプロジェクトを推進させるうえでは、コペンハーゲンの歩行者空間ストロイエの研究で著名なヤン・ゲール氏の存在がある。ゲール氏はニューヨーク市のコンサルタントとして、公共空間の利用実態調査を実施し、その結果、ブロードウェイの歩行者数は自動車数の4倍という多さであること(自動車数もそもそも多い)、その結果、歩行者の事故が非常に多いことを明らかにする。
一方でマイケル・ブルームバーグ市長は、すべてのニューヨーク市民は公園もしくはオープンスペースへ10分でアクセスできるようになることを目指していた。ゲール氏の調査結果を踏まえての提案であったブロードウェイの歩行者専用空間化は、同市長の目指す目的を達成するためにも、また、地球温暖化対策でもあり、ニューヨーク市の生活の質を高めることとも一致した。
この事業を推進したのは交通局のコミッショナーであるジャネット・サディク・カーン女史である。
「私は、道路を我々のパティオ、校庭、もしくは裏庭として考えている。もう随分と長い間、我々の交通政策は自動車をA地点からB地点へといち早く移動させるかということだけを考えていましたが、今後はそれ以外のことも検討しようとしています。」
ジャネット・サディク・カーンは、マイケル・ブルームバーグ市長のもと、ニューヨークを環境都市として、二酸化炭素を2030年までに30%削減させるための「PlaNYC」のまさにキープレイヤーとして位置づけられている。そのための手段として、このブロードウェイの歩行者空間化をはじめとして、自転車専用レーンの整備、バス専用レーンの整備、バス優先の信号の導入などの施策を積極的に推進している。
ブロードウェイの成功によって、ニューヨーク市は、ユニオン・スクエア周辺の渋滞が激しい西地区にまで歩行者空間化を拡張している。
キーワード:
街路,アイデンティティ,歩行者優先,自動車排除
ブロードウェイの歩行者専用化 の基本情報:
- 国/地域:アメリカ合衆国
- 州/県:ニューヨーク州
- 市町村:ニューヨーク
- 事業主体:City of New York
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:ジャネット・サディク・カーン
- 開業年:2009年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
都心部から自動車を排除し、人の空間へと戻すという試みは、1960年代頃から一部、ヨーロッパでみられるようになり、その後、ブラジルのクリチバを始めとした南米諸国(サンチャゴ、ブエノスアイレス等)、アメリカの中小都市(ボルダー、バーリントン、サンタモニカ等)、オセアニア(パース、アデレード、メルボルン)などで展開するようになったが、アメリカの大都市ではみられることがなかった。その転換点となったのが、このニューヨークのブロードウェイから自動車を排除し、歩行者へと取り戻すという事業であり、エポック・メーキング的である。それは、都市デザイン史の中でもコペンハーゲンのストロイエ、ソウルのチョンゲチョンなどと同じレベルのメルクマール的な事業であると捉えることができる。
実際、この事業の成功で、ニューヨークはもとより、アメリカの人々が公共空間を捉える見方が変わった。ニューヨーク市は、その後、自転車専用レーンの整備など公共交通の充実に予算を振り分けることが支持されるようになり、ニューヨーク市以外でもシアトル市などが類似した政策を推進させるように、都市デザインの計画策定をヤン・ゲール事務所に依頼したりしている。
また、この事業の興味深い点は、公共空間から自動車を排除すること、そして、新たに創出される歩行者空間を維持管理する非営利のコミュニティ組織に、その費用を捻出させようとしていることである。これは、自動車を排除することで、周辺の商店やテナントはメリットを得ることができると共通認識されているからであるが、これは、未だ道路を拡幅して自動車交通を増やせば来客が増えると考えているシャッター商店街の人達とは真逆であることに驚く。自動車は商店街の来客を増やすのではなく減らす。
ブロードウェイの歩行者専用化事業は、まさに自動車を排除することで、ブロードウェイの魅力を再生した、日本の都市も参考にすべき「都市の鍼治療」であると考えられる。
類似事例:
022 パール・ストリート
056 ブロードウェイの歴史的街並みの再現
058 チャーチストリート・マーケットプレイス
059 サード・ストリート・プロムナード
069 花通り
091 平和通買物公園
094 マデロ・ストリート Madero Street
131 スティーフン・アヴェニュー
170 ヴィア・スパラーノ(Via Sparano)の改修事業
175 デュッケ・ダヴィラ・アヴェニーダの歩道拡幅事業
201 ユニオン・スクエア(ニューヨーク)とBID
212 トラファルガー広場の歩行者空間化事業
242 ノイハウザー・ストラッセとカウフィンガー・ストラッセ
250 ノイハウン(Nyhavn)の歩行者道路化
264 四条通りの歩道拡張
278 日本大通りの再整備
284 オクタビア・ブルバードの道路再編
310 ヴェスター・ヴォルゲー(Vester Voldgade)のプロムナード化
・ ルア・ダス・フロレス、ブエノス・アイレス(アルゼンチン)
・ ストロイエ、コペンハーゲン(デンマーク)
・ ミュレイ・ストリート、パース(オーストラリア)
・ バーク・ストリート、メルボルン(オーストラリア)
・ ランドル・モール、アデレード(オーストラリア)
・ スティーフン・アヴェニュー、カルガリー(カナダ)
・ ロブソン・スクエア、ヴァンクーバー(カナダ)