335 マルセイユ旧港広場の天蓋(オンブリエール)(フランス共和国)
ストーリー:
フランスの地中海沿岸に位置するマルセイユ。フランス最大の港湾都市であり、人口は約87万人、大都市圏人口は約176万人に及ぶ。
マルセイユの港は既に紀元前6世紀頃にはギリシャ人によって築堤されていたといわれる。そしてその場所が現在のマルセイユの旧港である。マルセイユはこの旧港を中心に発展してきたのだが、19世紀になると北西のラ・ジョリエット地区に新たな港がつくられ、多くの港湾活動はそちらへと徐々にシフトしていった。さらに第二次世界大戦時、ドイツ軍侵攻によって旧港が破壊されたことでそのシフトは決定的となった。港湾としての役割が著しく低下した旧港は、現在ではマリーナとして、地元の船輸送の乗り場として、さらには地元の魚市場の場所として利用されている。ただし、その港としての位置づけが後退しても、マルセイユという都市にとって旧港は特別な意味合いを持つ場所であることには変わりはなかった。しかしその場所は歩行者にとってはアクセスしにくく、都心部の他の場所からのアクセスも容易でないような状況になってしまった。
そのような状況を改善するために、2013年にマルセイユが欧州文化都市に指定されたのを契機に、この旧港周辺は大幅な歩行者化(Pedestrianized)がなされ、その空間アメニティは大きく向上することとなった。旧港は巨大な公共空間として改修されることが決定され、そのデザインを国際コンペに求めた。そこで選ばれたのがフォスター・エンド・パートナーズとミッシェル・デヴィヌ・ペイザジスト(Michel Desvigne Paysagistes)である。マルセイユという都市の精神的中心ともいえる旧港は、これによってマルセイユの広大な広場空間として再生されることになる。この広場空間は、それまでの石灰石の小石を彷彿させる淡色系の花崗岩によって舗装され、港湾の空間イメージを維持するために植栽は極力抑えられ、良港なアクセシビリティを確保するために段差は極力なくし、柔軟な空間利用を可能にするために、鋳鉄製のボラードは取り外し可能なものとした。
そして、この広場の東側に22メートル×48メートルという広大なる天蓋(オンブリエール)が2013年に架けられた。この天蓋は次の3つの機能を有している。
1) 海上シャトル船の乗船待ちのお客さんや通行者を日差しから守るため
2) イベントを開催する際に境界的な目印を設けるため
3) 旧港の広場にランドマークを設けるため
この天蓋はノーマン・フォスターにより設計され、120の磨かれたステンレス鋼のパネルが屋根を構成し、8つの細い柱によってそれらは支えられている。
この天蓋は地中海の暑い日差しから人々を守り、まるでオアシスのような役割を果たしている。特にここから沖にあるイフ島への遊覧船に乗るために列をなす人々には格好の日除けとなっている。また、四方からも目立つこともあり、歩行者モビリティが改善した旧港において、優れた待ち合わせ場所として人々に利用されている。そして、これは全方向からアクセスが可能であり、この広大な広場に磁力をもたらしているにも関わらず、その存在は歩行者のモビリティには、少なくとも一切の物理的な影響を及ぼしていない。シンボルとして強烈に機能してはいるが、意匠的には透明に近い。公共空間のデザインとして、それまでにない斬新な解をフォスターはマルセイユの旧港にて提示した。
キーワード:
ウォーターフロント,庇,ランドマーク
マルセイユ旧港広場の天蓋(オンブリエール)の基本情報:
- 国/地域:フランス共和国
- 州/県:ブーシュ・デュ・ローヌ県
- 市町村:マルセイユ
- 事業主体:マルセイユ市
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:ノーマン・フォスター
- 開業年:2013年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
広大な広場は快適ではあるが、そこにはオリエンテーションがない。何か目印のようなものがあると使い勝手はよくなる。そういう時によく取られる手段は、銅像などを広場の中央に設置してしまうことである。しかし、それだと平面の広がりが損なわれる。そのようなデメリットを伴わないが、同じようにその画一的で広大な広場に目印をつけるのに天蓋を設けるというのは、秀逸な発想であると思われる。
そして、この天蓋、天井面は鏡のように機能しているので、物体としての屋根の存在感が希薄で、あたかも透明のような軽さを感じさせる。この浮遊感は、この歴史的で重厚な建物と海との境目の空間に非常にしっくりとくる。48メートル×22メートルというと相当の面積であるが、その大きさを感じさせないのは、まさにアイデア勝ちであると考えられる。そして、建築が鏡のようなものなので、それは周囲の状況を常に反射している。遠くからは、まるで一本の銀色の線が宙に浮いているようにも見える。しかし、そこには、それがつくりだす日陰とともに特別な存在感をも放っているのだ。存在感を消すことによって逆説的にブラックホールのようにつくりだす存在感のようなものであろうか。
そして、このように機能は有しても存在感が希薄というのは、イベント会場としてはうってつけである。なぜなら、多様なコンテンツを受け入れることが可能であるからだ。そして、イベントをするうえでの必要条件でもある屋根という機能は果たしている。
地中海沿岸にあるマルセイユの夏の日差しは強い。そして、広大な広場においては、この日差しを遮るものはない。そういう観点からも、この新たにつくられた天蓋の役割は大きい。そして日差しは遮っているのだが、天井も鏡のようなものなので、そこには屋根という物理的な存在感が感じられず、むしろ空間が広がっているような錯覚さえ覚えるのである。
広場において建築が存在することのマイナス的要素をできる限り打ち消し、そしてそのプラス的要素をしっかりと満たしたこの天蓋。この存在によって、広場の魅力は大きく向上した。見事にツボをついた「都市の鍼治療」事例であると考えられる。
【参考資料】
フォスター・パートナーズの公式HP
https://www.fosterandpartners.com/projects/marseille-vieux-port
中野恒明(2018)『水辺の賑わいをとりもどす』花伝社
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