シンボルの維持に関する事例
(ドイツ連邦共和国)
ドイツ、ザクセン・アンハルト州の小さな都市・ザルツヴェーデル市の名物はバウムクーヘン。市役所も自らを「バウムクーヘン都市」としてアピールしている。そしてそのオーセンティシティの形成に貢献しているのが、飛びきりの老舗である「ヘニッヒ」である。
(ポーランド共和国)
ウッチはポーランドの国土のほぼ中心に位置する都市。工業都市であったウッチを彩る建築群のアイデンティティは強烈で明確だ。過去の工業の栄光はもう戻らないであろう。しかしそれらを忘却させるのではなく、工業都市の遺産を活用することでこそ都市の未来が拓かれる。廃墟と化していたEC1だが、今は都心部の明るい将来を示すかのようにリフォームされ、多くの人々が訪れている。
(ポーランド共和国)
ポーランドの西側に位置し、ポーランドでも最も古い歴史を持つ都市の一つであるポズナン。シフィエンティ・マルチン通りは旧市街地区から西へ延び、聖マーティン教会、王宮を通る、まさにポズナンを象徴する通りである。近年の改造事業によってアメニティを大幅に向上させ、歩行者、自動車、トラムなど、多様な交通手段が共存する空間として賑わいを生み出している。
(日本)
鹿児島県の奄美群島には、そこでしか製造することができない黒糖焼酎というお酒がある。黒糖焼酎には、この地域のユニークな生態系や、独特な文化、伝統といった風土が反映されており、その地域アイデンティティの象徴のような役割をも果たしている。
(日本)
象の鼻パークは横浜港の発祥の地につくられた公園 。横浜は日本で2番目の人口を誇る都市であるが、その歴史は古くない。象の鼻パークは、横浜という都市のアイデンティティを象徴する場所として、横浜港開港150周年に合わせ2009年に整備された。
(日本)
下北沢というマチの魅力は深層にあり、表面をなぞっただけではその魅力がよく分からない。しかし、一見の人でも分かるように、その層が地表に現出している場所がある。それこそが東洋百貨店である。
(日本)
京都の御所周辺は格子状の都市構造をしている。そして、どの通りを歩いていても南に向かっていない限りはその視点の先に美しい山並みがみえる。このような風景が演出されるのは、格子状という都市構造が寄与している点も大きいが、何より、眺望が得られるように建物の高さがそれを阻害しない程度に抑えられているからであろう。このような眺望を将来的にも確保するために京都市が眺望景観創生条例を策定したのが2007年。現在では、そこで制定された眺望景観保全地域をさらに拡大させ、新たな事前協議制度を運用している。
(日本)
JR黒磯駅から数百メートルほど北上し、那珂川を晩翠橋で越えると県道17号との交差点がある。この交差点から県道17号を那須岳の方へ向かうと両側には見事な赤松の林が広がる。その長さ、約2キロメートル。道路沿い100メートルという首の皮一枚のような指定ではあるが、国立公園の指定によって、その周辺部を含めて赤松林は見事に保全されることに繋がった。まさに「ツボ」を押さえた政策的判断であったかと思われる。
(日本)
「コウノトリでまちづくり」というコンセプトを打ち出すのに豊岡市ほどうってつけのところはない。最後のコウノトリは豊岡で生息していた。復活させるのであれば豊岡から、というストーリーは説得力を持つ。しかし、そのコンセプトは理念だけでなく、経済面でも市民にプラスをもたらさないと継続的な支持を求めることは難しい。そこで考えられたのが一石三鳥的な「無農薬(減農薬)のお米のブランド化」という考え方であった。
(ベルギー)
ブリュッセルという商都のアイデンティティをまさに具現化したような広場。17世紀末、ルイ14世の軍隊によって破壊されるが、その蛮行への意趣返しを意図したかのように、広場を囲む建築物は美しい調和を奏で、その煌びやかな装飾はパリのどんな広場よりも贅沢で瀟洒なものとなった。
(アメリカ合衆国)
サンフランシスコのケーブルカーは、現存する手動式の最後のケーブルカーである。そもそも地元住民のためにつくられたケーブルカーであるが、大観光都市サンフランシスコにおいては、多くの利用は観光客によって占められるようになっている。年間利用者は740万人前後。それは、アメリカで唯一の「動く」国家歴史ランドマークである。
(イングランド)
リージェント運河の歩道の魅力は、ロンドン北部の魅力あるスポットを巡ることができることである。道路と交叉せずに、自動車を気にせずに歩けて、自然が多い川沿いを歩くのは快適な体験である。ロンドンという都市の本質的な豊かさ、その歴史的積み重ねなどをカーテンの裏側から覗くような楽しみも与えてくれる。
(日本)
出島表門橋は、物理的に現在の長崎市と復元されつつある出島を結ぶというだけではない。それは現代の長崎と鎖国時代の長崎とを時間を越えて結ぶ役割をも担っている。それは、忘れられていた出島という都市の記憶を現在へと繋ぐタイムマシーンのようなものだ。そして、その役割を見事に象徴させているのが、この橋のデザインであると考えられる。
(日本)
長崎市の中島川に架けられた、日本最古といわれるアーチ式の石橋。長崎市のランドマークとして強烈な存在感を放っている。1982年の長崎大水害で一部損壊し、復興事業によって撤去される計画が進められたが、地域文化の保全をめざす市民らの奮闘を受け、撤去計画が見直された経緯を持つ。
(ドイツ連邦共和国)
ミュンヘンの中心部にある、地産地消をメインとした食料品市場であり、広場。第二次世界大戦後、移転・再開発問題にも揺れたが、移転することなく、現在も旧市街地のランドマークとして活気に溢れている。地域文化を開発から守り、本質的な価値を次世代に継承しようとする強い意志が感じられる。
(ドイツ連邦共和国)
ノルドシュテーン・パークはドイツ・ルール地方のゲルゼンキルヘン市にある公園である。1993年まで操業していたツェヒェ・ノルドシュテーン炭鉱跡地につくられた。土壌汚染や水質汚染などの問題を解決しながら開発するにあたって、ゲルゼンキルヘン市は、IBA(国際建築展)だけでなく、連邦庭園博覧会までをも活用することになった。これは、いわば万博とオリンピックを同時に開催するようなもので、ある意味、非常に贅沢なことではあるが、逆にいえば、それだけ同市が本事業において失敗は許されないという自覚をもっていたことの裏返しと推察される。
(日本)
福岡県柳川市は市内を堀割が縦横に流れている水郷都市である。堀割には一切の柵がなく、家などの建築物と見事に調和した田園景観をつくりだしている。人と自然環境とが見事に共存できている素晴らしい事例だと、ここを初めて訪れた人達は思うだろう。まさか、この堀割が埋め立て工事によって消滅寸前の危機に直面したことがあったなどということは想像できないのではないだろうか。
(アメリカ合衆国)
自動車専用部分以外に、歩行者と自転車専用の部分を設けただけでなく、自動車より一段と高いレベルにしたことで、ここを徒歩、自転車で横断するものは自動車に煩わされることがない。この歩行者のプロムナードを設置したことで、ブルックリン橋は幾多とある大都市の橋梁と一線を画すことに成功した。
(ドイツ連邦共和国)
ナウムブルクは旧東ドイツ、ザクセン・アンハルト州にある人口約33,000人の古都。その歴史的な空間の中を縫うようにトラムが走っている。1メートルという狭軌(標準軌は1435mm)を、1950年代から1970年代の旧東ドイツ時代につくられた車輌がのんびりと走る光景は、まるで50年前にタイムスリップをしたような錯覚を覚えさせる。
(イタリア共和国)
バーリは治安が決してよいとは言えない。治安がよくないと人々は公共空間に不安を覚え、あまり近寄らなくなる。公共空間の魅力をつくりだすのは、そこに多くの人が滞在していることが必要条件である。そのため、デカロ市長は、この「バーリの居間」と呼ばれる中心街路に人が安心して、そして快適に過ごせるための仕掛けをつくりあげた。
(フランス共和国)
パリの地下鉄駅は、地下鉄という公共施設であるため、多くの人が利用する。そのような施設において、アール・ヌーヴォー時代のパリを思い起こさせるこの地下鉄駅の意匠は、都市の貴重な記憶を継承させる装置としても重要な役割を担っていると考えられる。特に、取壊を免れたポルト・ドフィーヌ駅とアベス駅はオリジナルな姿を今日に伝え、建築文化遺産としても重要な存在である。
(ブラジル連邦共和国)
多様な人が生活する都市において、お互いにざっくばらんに議論できる場を有していることは、人々のニーズをしっかりと掴んだ都市政策を展開させていくうえでは必要不可欠であろう。クリチバ市の都市政策がなぜ、レルネル氏が市長を務めていた時、あのように上手く遂行されたのか。その理由の一つが、このマネコであるのではないだろうか。
(スウェーデン王国)
市場に第一に求められているのは、しっかりと物流拠点として機能することであるが、その市場に優れた建築的意匠を施すことで、それは都市を代表するランドマークになり、人々が愛着をもつ空間になることができる。
(カナダ)
ロブソン・スクエアはヴァンクーバーの中核に位置し、約3ブロックにわたって広がる裁判所兼パブリック・スペースである。建築家アーサー・エリクソンが打ち出したアイデアは、予定されていた高層建築物を倒して横にしてしまい、人々がその建物の上を歩けるようにする、というものであった。
(アメリカ合衆国)
最近では、日本で随分と注目を浴びているポートランド。その革命的な転換点は、このポートランド・コートハウス・スクエアがつくられたことであった。この事業が成功した理由は、市民がそれを実現するために運動を展開し、財政的な支援までしてきたこと。
(日本)
歩きやすい環境を活かして、湧き水を再生させ、管理し、それらをめぐる散策路を整備すれば街の活性化に繋がるのではないかという考えのもと、三島市では1996年から「街中がせせらぎ事業」を展開することにした。
(イタリア共和国)
レルネル氏はその著書『都市の鍼治療』で、ミラノ・ガレリア(正式名称はビットリオ・エマヌエーレ2世のガレリア)は「ミラノで最も美しい出会いの場所である」と述べている。それは、ここが単なるショッピング・アーケードだけではなく、ミラノの人々が出会う場所としても重要であるからだ。
(メキシコ合衆国)
歴史家のイラン・セモは、この数ブロックに国の歴史が凝縮されている、と述べたが、マデロ・ストリートから自動車を排除し、人間に開放することで、メキシコ・シティだけではなくメキシコをも代表する都市公共空間を人々は獲得することができたのである。
(スペイン)
ランブラスは歩行者が安全に時間を過ごすことができる空間となっている。そこは、レルネル氏が指摘するように、また人々が出会い、交流する場である。バルセロナの都市らしさを凝縮した空間であり、都市としてのバルセロナのまさにツボとでもいえるような空間であると思われる。
(アメリカ合衆国)
ロスアンジェルスの工業地帯。治安が悪く、また土壌も汚染されていた場所が、市民参加の公園づくりによって生まれ変わった。まさにアスファルト・ジャングルの中のオアシスのような空間。
(アメリカ合衆国)
ユルバ・ブエナ・ガーデンスはサンフランシスコの都心にある敷地の再開発である。とてつもない経済性が期待できる敷地にもかかわらず、それ自体では直接的にはお金を産み出さない公園を整備することをサンフランシスコ再開発局は決定した。マーケットの原理ではつくることができない、「大都市の真ん中の緑の広場」をつくりえたことは、このプロジェクトが住民のためのプロジェクトであることを物語っており、加えてアーバン・ランドスケープという観点からみて大変意義のあるプロジェクトであると考えられる。
(イングランド)
エクスヒビション・ロード。それは、日本語に訳せば「展示道」とでもなろうか。ロンドンはハイド・パークの南から、サウス・ケンジントンにある800メートルに及ぶ道路は、沿道に18の文化施設を擁する。ヴィクトリア&アルバート博物館、科学博物館、自然博物館、ロイヤル・アルバート・ホール、王立公園、インペリアル・カレッジなどである。
(アメリカ合衆国)
パセオ・デル・リオは、素晴らしい都市空間が持つべきほとんどすべての要素を兼ね備えている。このパセオ・デル・リオを暗渠化していたら、サンアントニオはまったく別の都市になってしまったであろう。
(アイルランド)
ダブリンにおけるテンプル・バーの再開発は、中世の街並みを壊すことなく、新しい建築物が建設できること、しかも、両者が調和することができることを示すことに成功した。
(イングランド)
ロンドンのバロー・マーケットは、イギリス最古、かつ最大の屋外市場である。1755年に地元住民が6,000ポンドほどで、王様からマーケットを開催する権利を獲得。この権利は未来永劫のもので、バロー・マーケットは、信託統治されているロンドン唯一の自治市場なのだ。
(アメリカ合衆国)
シアトルの公設市場であるパイク・プレース・マーケットは、シアトルのまさに心臓ともいうべき中心地に位置している。公設市場で現在も営業しているものとしては、アメリカでも最も古いものの一つ。公設市場は、都市の鍼治療的に捉えると極めて重要な「ツボ」である。
インタビュー
(建築家・元クリチバ市長)
「よりよい都市を目指すには、スピードが重要です。なぜなら、創造は「始める」ということだからです。我々はプロジェクトが完了したり、すべての答えが準備されたりするまで待つ必要はないのです。時には、ただ始めた方がいい場合もあるのです。そして、そのアイデアに人々がどのように反応するかをみればいいのです。」(ジャイメ・レルネル)
(横浜市立大学国際教養学部教授)
ビジネス、観光の両面で多くの人々をひきつける港町・横浜。どのようにして今日のような魅力ある街づくりが実現したのでしょうか。今回の都市の鍼治療インタビューでは、横浜市のまちづくりに詳しい、横浜市立大学国際教養学部の鈴木伸治教授にお話を聞きました。
(福岡大学工学部社会デザイン工学科教授)
都市の鍼治療 特別インタビューとして、福岡大学工学部社会デザイン工学科教授の柴田 久へのインタビューをお送りします。
福岡市の警固公園リニューアル事業などでも知られる柴田先生は、コミュニティデザインの手法で公共空間をデザインされています。
今回のインタビューでは、市民に愛される公共空間をつくるにはどうすればいいのか。その秘訣を伺いました。
(地域計画家)
今回の「都市の鍼治療インタビュー」は、九州の都市を中心に都市デザインに携わっている地域計画家の高尾忠志さんへのインタビューをお送りします。優れた景観を守ための開発手法や、複雑な事業を一括して発注することによるメリットなど、まちづくりの秘訣を伺います。
(大阪大学名誉教授)
1970年代から長年にわたり日本の都市計画・都市デザインの研究をリードしてきた鳴海先生。ひとびとが生き生きと暮らせる都市をめざすにはどういう視点が大事なのか。
これまでの研究と実践活動の歩みを具体的に振り返りながら語っていただきました。
(クリチバ市元環境局長)
シリーズ「都市の鍼治療」。今回は「クリチバの奇跡」と呼ばれる都市計画の実行にたずさわったクリチバ市元環境局長の中村ひとしさんをゲストに迎え、お話をお聞きします。
(大阪大学サイバーメディアコモンズにて収録)
お金がなくても知恵を活かせば都市は元気になる。ヴァーチャルリアリティの専門家でもある福田先生に、国内・海外の「都市の鍼治療」事例をたくさんご紹介いただきました。聞き手は「都市の鍼治療」伝道師でもある、服部圭郎 明治学院大学経済学部教授です。
(龍谷大学政策学部にて収録)
「市街地に孔を開けることで、都市は元気になる。」(阿部大輔 龍谷大学准教授)
データベース「都市の鍼治療」。今回はスペシャル版として、京都・龍谷大学より、対談形式の録画番組をお届けします。お話をうかがうのは、都市デザインがご専門の阿部大輔 龍谷大学政策学部政策学科准教授です。スペイン・バルセロナの都市再生に詳しい阿部先生に、バルセロナ流の「都市の鍼治療」について解説していただきました。
(建築家・東京大学教授)
「本当に現実に向き合うと、(統計データとは)違ったものが見えてきます。この塩見という土地で、わたしたちが、大学、学生という立場を活かして何かをすることが、一種のツボ押しになり、新しい経済活動がそのまわりに生まれてくる。新たなものがまわりに出てくることが大切で、そういうことが鍼治療なのだと思います。」(岡部明子)
今回は、建築家で東京大学教授の岡部明子氏へのインタビューをお送りします。
(東京工業大学准教授)
今回の「都市の鍼治療インタビュー」は、東京工業大学准教授の土肥真人氏へのインタビューをお送りします。土肥先生は「エコロジカル・デモクラシー」をキーワードに、人間と都市を生態系の中に位置づけなおす研究に取り組み、市民と共に新しいまちづくりを実践されています。
(東京都立大学都市環境学部教授)
人口の減少に伴って、現代の都市ではまるでスポンジのように空き家や空きビルが広がっています。それらの空間をわたしたちはどう活かせるのでしょうか。『都市をたたむ』などの著作で知られる東京都立大学の饗庭 伸(あいば・しん)教授。都市問題へのユニークな提言が注目されています。饗庭教授は2022年、『都市の問診』(鹿島出版会)と題する書籍を上梓されました。「都市の問診」とは、いったい何を意味するのでしょうか。「都市の鍼治療」提唱者の服部圭郎 龍谷大学教授が、東京都立大学の饗庭研究室を訪ねました。
お話:饗庭 伸 東京都立大学都市環境学部教授
聞き手:服部圭郎 龍谷大学政策学部教授