291 下北沢の東洋百貨店(日本)

291 下北沢の東洋百貨店

291 下北沢の東洋百貨店
291 下北沢の東洋百貨店
291 下北沢の東洋百貨店

291 下北沢の東洋百貨店
291 下北沢の東洋百貨店
291 下北沢の東洋百貨店

ストーリー:

 下北沢に「東洋百貨店」という商業施設がある。百貨店というからには随分と大きくて立派な商業施設なのではないかと思われるかもしれないが、然に非ず。それは元駐車場、しかも機械で管理されているのではなく、人によって管理されているような古い駐車場であった空間を商業空間としてつくり直したものである。そこには、小さな店舗が肩を寄せ合うように密集して出店している。
 東洋百貨店のある東洋興業ビルは、つくられてから随分と時間が経っており、そのリニューアルが必要な時期になった。しかし、このビルのオーナーである小清水氏は、駐車場を近代化させるよりも、その空間をむしろ貸した方がいいだろうと考えた。
 そして、そこをどのように活用すればいいかを考えた時、下北沢の小売業の発展に寄与できるようなことを行うこととする。小清水氏は下北沢生まれで、下北沢育ちである。彼が小さいとき、下北沢には若者はいなかった。しかし、そこは戦後、闇市が立ったこともあり、闇市の文化が形成されていき、多様性を受け入れる寛容性が一つの特徴となっていく。町内会も奇抜なことを受け入れる。そういう、下北沢の街の個性をより強化させるためには、小さいお店から構成されている駅前の闇市を延長したような空間をつくろうと考えたのである。
 そして、一店舗あたり3坪から5坪といった狭い床面積のお店を20店舗ぐらいテナントとして入れることにした。アイデアも情熱もあるけれどお金がないような人に、チャレンジができる機会を提供したいと考え、敷金の部分でハードルを低くするなど出店できるような工夫をした。また、インテリア的な空間づくりとしては、内装を暗くし、店舗の明かりだけにし、闇市感を演出するようにしたのだ。
 その結果、半分ぐらいのテナントがここで初めてお店を開くような店舗となった。そして、ここで儲かっても売り上げのシェアをもらうようなことはせず、ここを踏み台として他に店を構えるなどして、大きく羽ばたいてくれる機会になればと考えている。
 2023年4月現在、テナントとして入っているお店は22店舗。そのうち19店舗が古着屋であり、2店舗が個人アーティスト(クラフト系)向けのレンタルボックス、残りの1店舗は作家手作りの腕時計・アクセサリー屋である。つまり、名前は百貨店であるが、洋服とアクセサリーにテナントはほぼ特化している。
 下北沢では再開発が進み、町を分断するような広幅員の道路計画も進んでいる。そのような中、闇市、ごちゃごちゃした雑多感という下北沢のDNAを継承する、このような商業空間が21世紀につくられているのは、いかにも下北沢らしい。

キーワード:

コミュニティ・スペース,地域アイデンティティ,商業施設

下北沢の東洋百貨店の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:東京都
  • 市町村:世田谷区
  • 事業主体:東洋興業株式会社
  • 事業主体の分類:個人
  • デザイナー、プランナー:小清水克典
  • 開業年:2005

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 東京の下北沢はサブカルの聖地などと言われている。個性的な街だとも言われている。しかし、その個性をどこに行けば感じられるか、と問われると難しい。以前、台湾人の友人が東京に遊びに来たので下北沢に連れて行ったことがある。ランドスケープ・アーキテクトである彼女は下北沢をえらく気に入って、翌日も一人で訪れた。そしたら全然、楽しくなかったと後日、私にこぼした。そういう私も大学が下北沢のそばにあったので、大学時代、何回か下北沢に遊びに行ったことがある。しかし、そこがそんなに面白いとは思わなかった。
 この二つのエピソードは下北沢というマチの特徴を示している。それは、下北沢というマチは幾つかの層から構成されており、表面をなぞっただけでは、その魅力が容易には分からないということだ。
 下北沢の玄関は、下北沢駅であることは論を俟たないであろう。しかし、この駅の周辺は大手のチェーン店が多い。マクドナルド、セブンイレブン、ピーコックストア、コメダ珈琲店、みずほ銀行、ユニクロ、大庄水産、すき家・・・。
 下北沢の魅力は個店と人である。しかし、これらの大手のチェーン店はそのような魅力をなかなか創り出さない。それどころか、むしろその個性を消していたりする。下北沢が多層の街であることを知らずに訪れると、表面上のこのような大手チェーンに蔽われている町並み(第一層)か、せいぜい企業がマーケティング戦略で仕掛けた極めて「消費的」な空間(第二層)しか体験できない。前述した台湾人の友人や学生時代の自分は、この層でしか下北沢を観察できなかったのである。
 ただ、これらより下の層にまで入り込むと、まさにラビリンスのような下北沢の魅力が見えてくる。そして、それらの層に生息する個店のオーナー達がつくるシモキタ・コミュニティに一歩、踏み込むと、唯一無二的な下北沢という街の魅力を知ることになるのだ。
 ただ、これらの深層を一見の立場で見出すことは非常に難しい。しかし、そのような人でも分かるように、その層が地表に現出している場所がある。それこそが東洋百貨店である。東洋百貨店のテナントの多くは「古着屋」であり、その半分は、ここで初めてお店を開いたような人が経営している。店主の個性がそのままお店の個性であり、しかも、新鮮な勢いに溢れている。このように述べると、いや、下北沢の街中にも古着屋は溢れているので、それを見出すのは簡単だろう、と反論したくなる人もいるかもしれない。確かに、街中にも個店の古着屋も存在する。しかし、現在の下北沢の古着屋も多くは大きな会社が経営したり、チェーン店であったりする場合が多く、これらの個店の古着屋はそれらによって見つかりにくくなっているのだ。深層の奥の方に追いやられていると言ってもよい(一部、ニューヨーク・ジョーのように顕在化している個店の古着屋もあるが)。そういう意味でも、東洋百貨店は極めて分かりやすい形でシモキタ・ブランドのようなものを下北沢に詳しくない人にも分かりやすい形で示していると言えるであろう。
 最近は小田急電鉄も京王電鉄も下北沢の駅周辺に商業施設を開設したが、しっかりと東洋百貨店にヒアリングをしている。マーケティング戦略を徹底して考えれば、それは当然であろう。下北沢の魅力は街の深層にあり、それを求めて人々は下北沢に訪れているからだ。企業がつくる商業施設においても、そのエッセンスをいかに組み入れるかがその成功の是非の分岐点になると思われるからだ。
 東洋百貨店のホームページには次のような文章が書かれている。

「雑多で猥雑でどこか懐かしくてどこか可笑しくてどこか悲しいこの街の遺伝子をいつまでも東洋百貨店という場所で伝えていきたいと考えています。」

この文章からも東洋百貨店が、下北沢のアイデンティティ(遺伝子)を伝えるべき、貴重な街の資産であることが理解できる。その存在こそが「都市の鍼治療」である。

【取材協力】
小清水克典氏

【参考ホームページ】
東洋百貨店のホームページ
https://www.k-toyo.jp/frame.html

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