144 センター・フォア・アルタナティブ・テクノロジー (ウェールズ)
ストーリー:
センター・フォア・アルタナティブ・テクノロジー(C.A.T.)は、1973年、イギリスのウェールズの東部、マッキンレスという辺鄙な街の北部にあるスレート採掘場跡地に、漆器商人であったジェラルド・モーガン・グレンビルによって設立された。設立当初は、厭世的な若者達のコミューン的様相を呈していたが、1975年に施設を公開することによって、社会性と経営基盤を獲得することに成功し、1990年には施設を大幅に拡大し、さらに情報発信力、集客力を高め、また2007年には環境科学の大学院課程を開始し、2010年にはウェールズ持続可能教育機関を開設している。
現在ではC.A.T.はヨーロッパ最大の代替技術の多目的施設であり、イギリス国内だけでなく世界中から人々が訪れる環境のメッカとして位置づけられる。それは代替技術に関する展示場であり、大量消費・大量廃棄型ではない新しい社会システムを模索する研究機関であり、また環境教育の拠点でもあり、さらに、年間9万人が訪れる新しいテーマパーク型集客施設でもある。
C.A.T.のコンセプトは、現状の大量消費・大量廃棄型の「モア(もっと多く、もっと豊かに)」志向のシステムに代わる、「持続的で、生態的に健全なテクノロジーと新しいライフスタイル」を探求し、さらにそのプロセスを情報公開することによって、人々の価値観を変化させることを目的としている。そしてそのために、Inspiring(鼓舞)、Informing(情報提供)、Enabling(実践支援)といった3つの側面から人々との交流を積極的に図っている。
C.A.T.の敷地はおよそ16ヘクタールであり、そのうち展示施設が3ヘクタールほどを占めている。展示テーマは大きく、代替エネルギー、環境負荷の低い建築物、有機的園芸、そして循環型排水システムに代表される環境負荷の低い生活スタイル、に分類される。
C.A.Tは大学院などの教育施設を別にすると、ほとんど政府からの補助金を受けていない。その運営資金は、C.A.Tへの入場料、そして寄付金によって賄われている。
2010年にパット・ボーアー/デビッド・リーによって設計され、つくられたウェールズ持続可能教育機関の建物は、外壁に麻と石灰を用いるなど、環境負荷の低い建築物であり、2010年にはガーディアン紙、デイリー・テレグラフ紙のトップ10建築賞を受賞し、さらに2011年には王立英国建築機関賞を受賞した。
キーワード:
代替技術,環境問題,サステイナブル開発,持続可能,テーマパーク
センター・フォア・アルタナティブ・テクノロジー の基本情報:
- 国/地域:ウェールズ
- 州/県:ポーイス県
- 市町村:マッキンレー
- 事業主体:Center for Alternative Technology
- 事業主体の分類:民間
- デザイナー、プランナー:ジェラルド・モーガン・グレンビル、パット・ボーアー/デビッド・リー(ウェールズ持続可能教育機関)
- 開業年:1973年、1975年(一般公開)、2010年(ウェールズ持続可能教育機関開設)
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
C.A.T.の特筆すべきところは、代替技術の新しいアイデアを湧き水のように次から次へと生み出しているという点である。それらのアイデアは、C.A.T.の入り口にある斜行エレベーターのように、必ずしも科学的に難しい技術を必要とするものではない。しかし、既存のフレームワークに囚われている発想からは出てこないような斬新なものが多い。
このような創造的な組織へと成長した要因は、「人を惹きつける純粋さ」と「自己革新を伴う進化プロセスを内包していること」だと考察される。
人を惹きつける純粋さ、とは環境保全という目的に対して、理想に溺れることなく、愚直に純粋に取り組んでいることである。C.A.T.で働く人達には、すべて公平に年間約12,000ポンド(約216万円)の報酬しか支払われていないにも関わらず、C.A.T.で働きたいと希望するひとが後を絶たない。実際、香港やオーストラリアからこのC.A.T.に住み着いた何人かと現地で出会ったが、彼らをここに惹きつけた力とは、本気にアルタナティブなエネルギー・システムをつくろうとしているC.A.T.の純粋な姿勢であると感じた。この純粋さは、一朝一夕でつくられるものではなく、既存の社会を捨ててこの地を選んだという覚悟の蓄積があってはじめて形成されたものではないか、と考えられる。
もう一つのC.A.T.の極めて優れた特性は、客観的に自己批判を絶えず行う自己革新的要素を内包している点である。理念に固執するのではなく、あくまでも現在普遍している「モア思想(より多く、より豊かに)」の代替である価値観をつくりあげるという目的を達成することに重点を置き、そのためには状況に応じて多様に自分を変化させていく。それは、自ら考え、進化していくプロセスであるともいえよう。例えば、設立当初は単純な道具や方法を好んだが、近年では工業製品や先端技術を利用する方が妥当であれば、それを用いるようにし、以前は環境によいことが、何にもまして優先されるべき価値であったが、現在は、その価値に固執することは大きな誤りを招くということを理解しているなど、自己変革を成し遂げている。C.A.T.の30年の歩みを振り返ると、理想主義から脱却し、いい意味で肩の力が抜け、より実践的な組織へと転換していったことが分かる。そして、このプラクティカルな点、柔軟性があって状況に時々刻々対応できている点が、組織の持続性や人々に受容された要因なのではないかと考察される。
センター・フォア・アルタナティブ・テクノロジーを都市の鍼治療の事例として含めることが果たして妥当であるか、意見が分かれるところであろう。しかし、人類が直面している最大の課題の一つである環境問題に対して、当時は少なくとも荒唐無稽としかいいようがない社会実験が、その設立以来45年経った今、多くの人々がその解決の糸口となるアイデアがここで生まれることを期待し、持続可能性に関する教育機関の開設にまで繋がった。既存の社会システムに根元的な要因があり、かつ時々刻々と変化していく環境問題に対応するために、C.A.T.が遂行した本質的な問題の検証、かつ柔軟に外部環境の変化に応じて進化できる組織体制は、まさに都市の鍼治療的アプローチであると私は捉えるのである。そこで、異例であるかもしれないが、ここに都市の鍼治療の事例として紹介させてもらった。
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