004 エンジェル・オブ・ザ・ノース(イングランド)
ストーリー:
エンジェル・オブ・ザ・ノースは、イギリスの北東部にある都市ゲーツヘッドの南からの玄関口の岡の上につくられた重量200トンという巨大な鋼鉄製の天使の彫刻である。高さ20メートル、両翼部分が54メートルもあり、それはゲーツヘッド市、そして同市に隣接するニューキャッスル市をロンドン方面から訪れる人を迎えるかのように屹立しており、モーターウェイそして鉄道路線からその雄姿を望むことができる。
この彫刻は、イギリス国民宝くじ(Heritage Lottery)によってその総工費が調達された。費用は80万ポンドであった。建設計画は1994年から開始され、完成したのは1998年である。
この彫刻の製作者はイギリス人の彫刻家であるアントニー・ゴームリーである。1950年生まれのゴームリーはこの作品を通じて、この像が立つ丘の下に存在した炭鉱、そして200年間続いた地下の暗闇での採掘事業に従事した炭鉱労働者に人々に注目をさせることを意図した。
ゲーツヘッド市は、その地域としてのアイデンティティをしっかりと確立させることがなかなか難しかった。隣接する地方中核都市であるニューキャッスルの陰に隠れ、その認知度が低かったことに加え、それまで市の経済を牽引してきた炭鉱業、そして造船業は産業構造の転換によって激しく衰退した。ゲーツヘッド市は、全国的には忘れ去られた都市であったのだ。
このダウン・スパイラルの状況に陥っていたゲーツヘッド市を大きく転換する契機となったのが、1990年に同市で開催された庭園博であった。庭園博をきっかけとしてパブリック・アートを積極的に推進する機運が高まり、彫刻も市内の各地に設置されるようになる。そして、そのような彫刻の中でも最大規模のものが、このエンジェル・オブ・ザ・ノースであったのだ。これは、それまでニューキャッスルにばかり明かりが照らされ、注目されることがなかったゲーツヘッドに人々の目を向けさせることに成功した。そして、その地域の歴史に関するメッセージを発信するだけでなく、工業社会から情報社会へと地域が変容していくことをも知らしめる役割を果たすことになる。それは、新しいゲーツヘッドの目指す都市像でもあり、それは、市民の郷土意識を喚起させるゲーツヘッドの新たなるシンボルとしても機能することになった。
エンジェル・オブ・ザ・ノースには年間で15万人の人が訪れ、また、高速道路A1を行き来する1日当たり90,000人の運転手に見られている。
キーワード:
ランドマーク,アイデンティティ,アントニー・ゴームリー
エンジェル・オブ・ザ・ノースの基本情報:
- 国/地域:イングランド
- 州/県:タイン・アンド・ウィア州
- 市町村:ゲーツヘッド市
- 事業主体:ゲーツヘッド市
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:アントニー・ゴームリー
- 開業年:1998
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
鉄道でロンドンからニューキャッスルに向かうと、ニューキャッスルが近づくと車窓にエンジェル・オブ・ザ・ノースが忽然と現れる。その赤さびの鋼鉄でできた巨大な彫刻は、観る者に強烈な印象を与える。
ゲーツヘッドは、ニューキャッスルという地域経済の中核を担う都市に隣接し、都市としての華やかさ、都市の魅力の源泉である芸術的なもの、学術的なもの、記号消費的な艶やかさなどはニューキャッスルに取られ、代わりに工場や郊外住宅地といった都市としては副次的なものを押しつけられてきた。産業革命の頃からゲーツヘッドは、炭鉱業そしてタイン川沿いの造船業といった工業の繁栄によって成長してきたのだが、それらは世界恐慌の頃から衰退をし始める。ニューキャッスルのような都市的魅力に乏しいゲーツヘッドにとって、その経済の根幹である製造業の衰退は、そのまま市の衰退へと繋がっていった。
そのような長期的衰退を転換させたのが庭園博であった。この庭園博でアートの力に気づいた市役所は、市民の後押しにも支えられ、このエンジェル・オブ・ザ・ノースを設置する。そして、これが広く国民からの注目を浴びることになり、その後、ゲーツヘッド・ミレニアム・ブリッジ、バルティック現代美術館、セージ音楽センターなどの建設予算を獲得することに成功する。まさに、エンジェル・オブ・ザ・ノースは、人々から無視されていたゲーツヘッドの立場を大きく変えることになったのである。
シンボル経済の時代において、都市の新しいアイデンティティを象徴する役割を果たすことで、その都市の命運を大きく変えることに成功した、優れた都市の鍼治療事例であると思われる。
類似事例:
194 テトラエーダー
211 モエレ沼公園
217 ハルデ・ラインエルベ
・ウィロー・マン(ブリッジウォーター、イングランド)
・アナザー・プレイス(クロスビー・ビーチ、イングランド)
・直島(香川県)
・ザ・シークエンス(ブリュッセル、ベルギー)
・ベトナム戦争記念碑(ワシントンDC、アメリカ合衆国)