056 ブロードウェイの歴史的街並みの再現(アメリカ合衆国)
ストーリー:
ロスアンジェルスのダウンタウンは、世界の大都市の中でも最も活気のない都心の1つであった。ロスアンジェルス市はその大きさ、そして知名度に比して、アイデンティティが希薄な都市である。都市的観光地はサンタモニカ市、パサデナ市、アナハイム市などに分散しており、ロスアンジェルス市のダウンタウンは治安の悪さなどもあり、空洞化が激しく進んでしまっていた。
ロスアンジェルスにももちろん都市としての歴史がある。ただ、その都市の発展は自動車と郊外化によって進められたため、その歴史を活用して都市アイデンティティを形成させようという意識は、例えば同じカリフォルニア州のサンフランシスコなどに比べるとはるかに希薄であった。
ロスアンジェルスのブロードウェイの劇場地区は、一つの道路に面してという点では、アメリカで最も多くの歴史的な劇場や映画館が集積している場所である。それらの劇場や映画館は1920年〜1930年、アールデコの様式で建設されたものだ。20世紀前半において、ブロードウェイはエンタテイメントのメッカであったが、それと同時にビジネス、商業の中心でもあった。そのエレガントな高層ビルが建ち並ぶ光景は、西のマンハッタンと形容されるようなものであった。
ブロードウェイはロスアンジェルスという都市の歴史を現在へと結びつけることが可能な数少ない資源であり、それを再生することによるアイデンティティ強化の効果は計り知れないものがある。特に、国の歴史指定地区に指定されたことは、その重要性が客観的にも認められたことであり、これら歴史的街並みを保全し、再活用することはロスアンジェルスの将来の世代において極めて貴重な財産となるであろう。
ブリンギング・バック・ブロードウェイは、そのロスアンジェルス市の都心において忘れられたアイデンティティを再生するプロジェクトである。アメリカを代表する大都市であるにも関わらず、都心にある空きビル。これらをうまく有効活用するためのプロジェクト、それがブリンギング・バック・ブロードウェイなのだ。
具体的には、セカンド・ストリートからオリンピック・ブルバードまでを対象とした。その事業内容は次の通りである。
・未利用状況にある劇場の営業活動を再開させる
・10万?にも及ぶ商業空きスペースのテナントをみつける
・小売業者の営業活動の支援をし、さらなる空き室が増えることを阻止する
・社会基盤の改善を図る
・駐車場を増やし、また公共交通でのアクセスを充実させる
・ブロードウェイにおける文化、エンタテイメント、商業の利用をさらに活性化させる
・センス・オブ・プレイスの創出と歴史的な街並みの再現を、都市計画、まちなみ保全、都市デザイン、ライティング・デザインなどを通じて具体化させる。
・路面電車をブロードウェイに復活させる
同プロジェクトは地主、テナント、ロスアンジェルス市、住民、NPOなどがメンバーに含まれた、その名も「ブリンギング・バック・ブロードウェイ」という官民パートナーシップで展開されている。
キーワード:
街路,歴史保全,アイデンティティ
ブロードウェイの歴史的街並みの再現の基本情報:
- 国/地域:アメリカ合衆国
- 州/県:カリフォルニア州
- 市町村:ロスアンジェルス
- 事業主体:Bringing Back Broadway (官民パートナーシップ)
- 事業主体の分類:準公共団体
- デザイナー、プランナー:José Huizar(ロスアンジェルス市議)、MGA Partners
- 開業年:2008年開始
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
私事で恐縮だが、私は1970年代のロスアンジェルスの郊外で育った。子供心にロスアンジェルスのダウンタウンは汚くて、臭くて、危険な場所というイメージが定着していた。ハローウィーンの時、ダウンタウンのチャイナタウンでトリック・オア・トリートをしたティーネイジャーがお菓子をくれなかった人を腹いせに殺した、という事件があったことを小学校の先生が話してくれ、もうダウンタウンには行きたくないなと思ったことを覚えている。このブロードウェイもたまに親の車で通ったりしていた。非常に胡散臭い雰囲気が漂っていて、イメージはお世辞にもよくはない。そして、これは私の小学校の同級生が共有していたイメージであるし、おそらく近郊の住宅地で生活していた住民が共通して抱いていたイメージであると思われる。
しかし、郊外型都市のロスアンジェルスはその後、行き詰まる。通勤ラッシュ時の高速道路の渋滞はもはや新たな道路を整備しても、どうにもならないほど悪化した。そして、そのような状況を改善するために、地下鉄や路面電車を整備し始めた。また、都心のアイデンティティの低さ、加えて都心のネガティブなイメージは、ロスアンジェルスの都市競争力を脆弱化させている。
そのような状況を大きく改善するために注目されたのがブロードウェイの再生であった。ブロードウェイには1929年の大不況以前に、ユナイテッドアーティスツ・シアター、エースホテル、イースタン・コロンビア・ビルといったアールデコの建物が多くつくられた。これらの建物群はスパニッシュ・ゴシック様式で、その風格と存在感は抜群のものがある。この時代は、チャーリー・チャップリンなどが活躍したサイレント映画の最盛期である。そして、このブロードウェイはそれらの映画を観るためのまさに中心地であったのだ。
これらの建物を再生させることはロスアンジェルスの華やかな歴史を今に伝えることを可能とする、ロスアンジェルスというアイデンティティが不在の都市にとっては極めて貴重な資源である。
さて、そのような試みに10年ぐらい力を入れてきたこともあって、昔と比べても見違えるぐらい状況は改善している。まだ地上階においても空き店舗が散在しているが、人が多くいるので活力が感じられる。「ロスは都市か、でっかい郊外か」という議論がされた時、都市であると主張する根拠として、このブロードウェイは重要になろう。路面電車の復活も企画されているそうだが、これら100年近く前の街並みを再現させることで、ロスの魅力、そして地元住民のロスという都市への愛着が大幅に向上するのではないか、と考えられる。
類似事例:
041 エクスヒビション・ロード
074 ブロードウェイの歩行者専用化
100 先斗町の景観形成
299 オールド・パサデナ
・エンバカデロの再生、サンフランシスコ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
・ランブラス通り、バルセロナ(スペイン)
・ユニオン・ストリート、サンフランシスコ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
・グラフトン・ストリート、ダブリン(アイルランド)
・ウンター・デン・リンデン、ベルリン(ドイツ)
・フリードリッヒ・シュトラッセ、ベルリン(ドイツ)
・シャンゼリゼ、パリ(フランス)