歴史建築物に関する事例
(イングランド)
バターシー・パワーハウス・ステーションは、最盛期にはロンドンの電力の2割をも供給していた石炭火力発電所。1980年代までに発電所としての役割を終えた。2012年に再開発案が合意され、再開発プロジェクトが始まった。17ヘクタールという大規模な敷地を対象としたものであり、地区は大きく変貌し、ロンドンという歴史都市において近未来的な都市空間が出現した。
(ドイツ連邦共和国)
ドイツのバイエルン州北部にあるバイロイトは人口72,000人ほどの地方都市。その名前を広く世に知らしめているのはドイツが誇る大作曲家リヒャルト・ワグナーのオペラを演じるバイロイト・フェスティバルである。街中にはリヒャルト・ワグナーの銅像も多く設置されており、まさにワグナーの都市である。その都市と関係のある天才をまちづくりに活かした興味深い事例である。
(ドイツ連邦共和国)
ライプツィヒはパサージュの都市である。市内には25のパサージュがある。商業的賑わいのある歩行者屋内空間がつくるネットワークはライプツィヒ市に大きな魅力をもたらしている。その中でも最も知名度が高く、また空間的にも瀟洒で存在感があるのはメドラー・パサージュであろう。
(ポーランド共和国)
ポーランド君主たちの住居であったワルシャワ王宮は、1944年の「ワルシャワ蜂起」の失敗後、ナチス・ドイツによって徹底的に破壊された。戦後、ポーランド人の寄付によって再建事業がスタートし、2019年、半世紀に及ぶ王宮の復元事業が完成した。2022年には175万人の観光客が訪れている。
(日本)
「伝泊」は奄美大島、加計呂麻島、徳之島にある宿泊施設・複合施設。「伝統的・伝説的な建築と集落と文化」を次世代に伝えることを目的とし、奄美の建築家、山下保博氏によって計画された。空き家などの「負」の地域資産を再活用し、地域アイデンティティを掘り起こした創造的な事業として高く評価され、2020年ジャパン・ツーリズム・アワード(国土交通大臣賞、倫理賞、ダブル受賞)など数々の賞を受賞している。
(日本)
大阪市城東区にある蒲生四丁目の一画は「がもよん」の名称で親しまれている。近年、地元不動産会社の斬新なアプローチによって、それまで老朽化して使われていなかった古民家が次々に再生され、新しい街の賑わいが生まれるなど、空き家活用の先進事例として注目されている。
(フィンランド共和国)
ヘルシンキの青空市場であるカウパットリは、ヘルシンキを代表する都市空間であるが、それに隣接したこのオールド・マーケットホールもヘルシンキのシンボル的な都市空間である。2014年に1500万ユーロをかけてリノベーションが施されたが、その歴史的な雰囲気はしっかりと保全されている。
(日本)
鹿児島市名山町の「バカンス」。周りに近代的で大きな建物が林立している中、この周囲だけはまるで時間が止まったかのように昭和レトロな雰囲気が漂っている。1階はキッチンスペース、2階は4畳半の小さな空間であるが、そこは狭い路地ゆえに「再建築不可」の空き家がつくりだした、奇跡的なパブリックな場所である。
(日本)
京都芸術センターは京都市における芸術の総合的な振興を目的として、閉校した明倫小学校の跡地に開設された。地域コミュニティの拠点としての記憶をしっかりと継承しつつ、芸術鑑賞の場、そして若い芸術家達を育成する場所として運営されている。
(日本)
地下鉄御堂筋線昭和町駅のすぐそばに、大正時代に建築された町家、そして昭和7年に建設された二階建ての四軒長屋がある。この長屋は近代長屋としては全国で最初に登録有形文化財として指定された。しかし、これらの建物が残されることになったのは奇跡的な巡り合わせが重なったためである。
(日本)
横浜公園と象の鼻波止場を結ぶ日本大通りは1866年に起きた大火の後、イギリス人の建築家R.H.ブラントンによってつくられた日本最初の西洋式街路である。2002年のサッカーのワールドカップ開催に合わせて再整備が行われ、車線幅をブラントン設計の13.5メートルに戻すとともに、歩道を拡幅させた。歩道空間はオープン・カフェとして使われるようになり、人々に憩いの空間を提供している。
(フィンランド共和国)
ヘルシンキという都市の物語の主人公のような空間であり、この空間がなければ、ヘルシンキという都市の格は随分と下がっただろうと思われる。設計者エンゲルはこの空間をつくることでヘルシンキに都市の魂を注入することに成功したと思われる。
(アメリカ合衆国)
デンバー市の都心部にあるラリマー広場は、同市で最も歴史ある商業地区。1960年代、再開発によって建物の取り壊しが計画されたが、ボストンから移住したディーナ・クローフォードという不動産業を営む女性の努力によって歴史的建築物の保全が実現した。
(日本)
NPO法人金澤町家研究会は、金沢市内にある木造の歴史的建築物「金澤町家」の継承・活用に民間の立場から取り組んでいる。現在、市内には約6千棟の金澤町家が現存するが、毎年100棟以上が消滅している。しかし、金澤町家研究会が存在しなければ、町家はもっとハイペースで消滅していたであろう。
(スペイン)
バルセロナにおいて、ガウディの作品はまさに「都市の鍼治療」のようなツボ的な効果を及ぼしている。ガウディの作品があるところは、バルセロナの都市のイメージを人々が思い描く際にツボのような役割を担っているし、その周辺の地区も活性化する。この事例からも理解できるように、その都市と関係性の強い天才は、その都市のアイデンティティを発露させることができる。
(スイス連邦)
スイス中央部に位置するルツェルンのカペル橋はヨーロッパで最古の屋根付きの木橋であり、また現存するトラス橋としても世界最古のものである。この橋がルツェルンの宝であるというのは間違いないが、私はルツェルンが有するさらに輝くような宝は、ルツェルンの市民が、それを宝であると強く意識し、それを共有していることだと考える。これこそがルツェルン市を特別なものとし、そこに住む人達にシビック・プライドという帰属意識を持たせる要因になっているのではないだろうか。
(日本)
長崎市の中島川に架けられた、日本最古といわれるアーチ式の石橋。長崎市のランドマークとして強烈な存在感を放っている。1982年の長崎大水害で一部損壊し、復興事業によって撤去される計画が進められたが、地域文化の保全をめざす市民らの奮闘を受け、撤去計画が見直された経緯を持つ。
(ドイツ連邦共和国)
デッサウにあるバウハウス・ビルディングは1926年にウォルター・グロピウスによって「バウハウスのアイデアを宣言する」ことを目的に計画され、設計された。100年前とほぼ同じ形で屹立するバウハウス・ビルディングをみると、これが現代においても存在していることの有り難みを痛烈に感じる。現代建築がつくられ始めてから一世紀近くの歳月が経ち、それらの歴史的重要性が認知され、この建築物のように世界遺産にも指定される価値を有し始めている。
(アメリカ合衆国)
ユニオン駅の改修事業をするうえでのコンセプトは、「デンバーの居間」として、より多様な機能を担うということが挙げられた。その考えによってホテル、レストランや小売店、そして鉄道待ちの人以外でも使われるような公共空間という機能がここに導入されたのである。
(ベルギー)
19世紀中ごろにつくられた、窓ガラスの天井をもつショッピング・アーケード。当時の新しい技術である鉄とガラスが可能にしたこのタイプの建築物の先駆けである。
(アメリカ合衆国)
フェスティバル・マーケットプレイスの父と言われたジェイムス・ラウスが手がけ、1976年に開業した商業複合施設。都市再開発事業の成功例として広く知られているが、もう一方で、歴史的建築物を保全する意義、そして、そのことで経済的価値も生み出すということを広く示したことで、その後のアメリカの都市再開発に極めて大きな影響を与えた。
(日本)
門司港駅の復元事業は素晴らしいものであるが、それと同時に、建物だけではなく、その駅前広場を再生させることで、その都市空間的機能をも再編成させてしまった。この二つを同時に行えたことで、この駅の建物としての魅力はもちろんのこと、その駅の公共性も大きく向上させることに成功した、見事な「都市の鍼治療」事例であると考えられる。
(ドイツ連邦共和国)
ハッケシェ・ヘーフェはベルリンのミッテ区、ハッケシェ・マルクト駅のすぐ北側にある複合施設である。旧東ドイツ時代には荒廃するに任せられていたが、そのコンセプトを維持しての改修工事に見事成功した。
(ブラジル連邦共和国)
港町サントスは、珈琲の出荷港として20世紀前半には大変栄えていた。1922年にそこにつくられた珈琲取引所の建物はサントス市内でも、最も華美な建物として捉えられていた。この珈琲取引所を珈琲博物館にしたことで、サントス市は由緒ある歴史的建築物を有効に活用することに成功した。
(日本)
八百萬本舗の前進、旧志村金物店は数年ほど閉店をしていた。この商家は規模が大きかったので、単体の企業に貸したとしても撤退の意思も早い。そこで、金沢R不動産の小津氏は「必ず何か結果を残すので一棟、丸ごと借りられますか」と交渉する。
(ポルトガル)
リスボンのサンタジュスタのエレベーターは、おそらく世界で最も有名なエレベーターなのではないだろうか。リスボンの低地バイシャ地区と丘のシアード地区とを結ぶサンタジュスタのエレベーターは観光資源となっており、しかもランドマークとしても強烈な存在感を放つ建築物である。
(イタリア共和国)
十分にそのポテンシャルが発揮できていなかったトリノのランドマークを観光資源として再生させることに成功した事例である。この博物館はその魅力を発現させるうえで様々な工夫が施され、そして成功している。そして、それが一人の情熱的な女性によって具体化されたところが素晴らしい。
(台湾)
台北市萬華区の路地裏に「剥皮寮(ボーピーリャウ)」と言う伝統的街並みを保全した地区がある。台北の観光名所である龍山寺のそばにある、数少ない清朝時代の面影を残す町並みが保存された地区だ。清朝時代の伝統的な店屋や、日本統治時代の建物などが再生されているのだが、この再生が非常に丁寧に行われている。
(大韓民国)
チョンゲチョン川は、ソウル市内を東西に縦断するように流れ、漢江に注ぎ込む総延長10.92kmの都市河川である。このチョンゲチョン川は、頻繁に大氾濫を起こし、その治水事業は朝鮮王朝時代からの大きな課題であった。
(イングランド)
ロンドンのバロー・マーケットは、イギリス最古、かつ最大の屋外市場である。1755年に地元住民が6,000ポンドほどで、王様からマーケットを開催する権利を獲得。この権利は未来永劫のもので、バロー・マーケットは、信託統治されているロンドン唯一の自治市場なのだ。
(アメリカ合衆国)
シアトルの公設市場であるパイク・プレース・マーケットは、シアトルのまさに心臓ともいうべき中心地に位置している。公設市場で現在も営業しているものとしては、アメリカでも最も古いものの一つ。公設市場は、都市の鍼治療的に捉えると極めて重要な「ツボ」である。
インタビュー
(建築家・元クリチバ市長)
「よりよい都市を目指すには、スピードが重要です。なぜなら、創造は「始める」ということだからです。我々はプロジェクトが完了したり、すべての答えが準備されたりするまで待つ必要はないのです。時には、ただ始めた方がいい場合もあるのです。そして、そのアイデアに人々がどのように反応するかをみればいいのです。」(ジャイメ・レルネル)
(横浜市立大学国際教養学部教授)
ビジネス、観光の両面で多くの人々をひきつける港町・横浜。どのようにして今日のような魅力ある街づくりが実現したのでしょうか。今回の都市の鍼治療インタビューでは、横浜市のまちづくりに詳しい、横浜市立大学国際教養学部の鈴木伸治教授にお話を聞きました。
(福岡大学工学部社会デザイン工学科教授)
都市の鍼治療 特別インタビューとして、福岡大学工学部社会デザイン工学科教授の柴田 久へのインタビューをお送りします。
福岡市の警固公園リニューアル事業などでも知られる柴田先生は、コミュニティデザインの手法で公共空間をデザインされています。
今回のインタビューでは、市民に愛される公共空間をつくるにはどうすればいいのか。その秘訣を伺いました。
(地域計画家)
今回の「都市の鍼治療インタビュー」は、九州の都市を中心に都市デザインに携わっている地域計画家の高尾忠志さんへのインタビューをお送りします。優れた景観を守ための開発手法や、複雑な事業を一括して発注することによるメリットなど、まちづくりの秘訣を伺います。
(大阪大学名誉教授)
1970年代から長年にわたり日本の都市計画・都市デザインの研究をリードしてきた鳴海先生。ひとびとが生き生きと暮らせる都市をめざすにはどういう視点が大事なのか。
これまでの研究と実践活動の歩みを具体的に振り返りながら語っていただきました。
(クリチバ市元環境局長)
シリーズ「都市の鍼治療」。今回は「クリチバの奇跡」と呼ばれる都市計画の実行にたずさわったクリチバ市元環境局長の中村ひとしさんをゲストに迎え、お話をお聞きします。
(大阪大学サイバーメディアコモンズにて収録)
お金がなくても知恵を活かせば都市は元気になる。ヴァーチャルリアリティの専門家でもある福田先生に、国内・海外の「都市の鍼治療」事例をたくさんご紹介いただきました。聞き手は「都市の鍼治療」伝道師でもある、服部圭郎 明治学院大学経済学部教授です。
(龍谷大学政策学部にて収録)
「市街地に孔を開けることで、都市は元気になる。」(阿部大輔 龍谷大学准教授)
データベース「都市の鍼治療」。今回はスペシャル版として、京都・龍谷大学より、対談形式の録画番組をお届けします。お話をうかがうのは、都市デザインがご専門の阿部大輔 龍谷大学政策学部政策学科准教授です。スペイン・バルセロナの都市再生に詳しい阿部先生に、バルセロナ流の「都市の鍼治療」について解説していただきました。
(建築家・東京大学教授)
「本当に現実に向き合うと、(統計データとは)違ったものが見えてきます。この塩見という土地で、わたしたちが、大学、学生という立場を活かして何かをすることが、一種のツボ押しになり、新しい経済活動がそのまわりに生まれてくる。新たなものがまわりに出てくることが大切で、そういうことが鍼治療なのだと思います。」(岡部明子)
今回は、建築家で東京大学教授の岡部明子氏へのインタビューをお送りします。
(東京工業大学准教授)
今回の「都市の鍼治療インタビュー」は、東京工業大学准教授の土肥真人氏へのインタビューをお送りします。土肥先生は「エコロジカル・デモクラシー」をキーワードに、人間と都市を生態系の中に位置づけなおす研究に取り組み、市民と共に新しいまちづくりを実践されています。
(東京都立大学都市環境学部教授)
人口の減少に伴って、現代の都市ではまるでスポンジのように空き家や空きビルが広がっています。それらの空間をわたしたちはどう活かせるのでしょうか。『都市をたたむ』などの著作で知られる東京都立大学の饗庭 伸(あいば・しん)教授。都市問題へのユニークな提言が注目されています。饗庭教授は2022年、『都市の問診』(鹿島出版会)と題する書籍を上梓されました。「都市の問診」とは、いったい何を意味するのでしょうか。「都市の鍼治療」提唱者の服部圭郎 龍谷大学教授が、東京都立大学の饗庭研究室を訪ねました。
お話:饗庭 伸 東京都立大学都市環境学部教授
聞き手:服部圭郎 龍谷大学政策学部教授