325 バターシー・パワーハウス・ステーション(イングランド)
ストーリー:
バターシー・パワーハウス・ステーションは、最盛期にはロンドンの電力の2割をも供給していた石炭火力発電所である。テームズ河の南岸、ワンズワース区のナイン・エルムス地区に立地している。それは世界でも最大規模の煉瓦建築物であり、それを設計した建築家はJ.セオ・ハリデー、ガイルス・ギルバートである。内部のアールデコのデザインが特徴的である。
バターシー・パワーハウス・ステーションは二つの発電所からなり、西側にある発電所は1935年に完成し、東側にある発電所は1955年に完成した。東側の発電所は、ほぼ西側のそれと同じ意匠であるように設計された。西側の発電所は1975年に操業が中止され、1980年にはそれは歴史的建造物として2級(グレード2)の登録候補となった。東側の発電所はその3年後に操業中止された。2007年に両方の建物とも登録候補から歴史的建造物2級へと登録されることになった。この建物の再利用案はいろいろと出されたが実現までに至らず、内部の崩壊が進みつつあったのだが、2012年に管財人であるアーネスト・ヤングが、マレーシアのデベロッパー二社の再開発案に合意する。その都市計画案は数年後に認められ、2014年から工事が開始し、2022年に公開される。
バターシー・パワーハウス・ステーションのランドマークとしての存在感が強烈なので、これに注目が行きがちであるが、これは広大なる「バターシー・パワーハウス・ステーション」という再開発プロジェクトの一部(建物と再開発プロジェクトが同名なので紛らわしい)である。この再開発プロジェクトは17ヘクタールというロンドンという大都市においては、極めて貴重な大規模な敷地を対象としたものであり、これが実現することでこの地区は大きく変貌し、ロンドンという歴史都市において近未来的な都市空間が新たに出現することになる。この土地はマレーシアの投資グループが所有している。
この再開発プロジェクトは8つのフェーズから構成される。8つのフェーズはそれぞれ、異なる建築家チームが担当している。バターシー・パワーハウス・ステーション(建物)はそのフェーズのうち2つめに位置づけられており、ウィルキンソン・エアーの建築家チームが担当している。第一のフェーズはバターシー・パワーハウス・ステーションの西側に位置したサーカス・ウェスト・ヴィレッジと呼ばれるミックスド・ユースの住宅開発であり、1,800戸の住宅以外に、レストランやバー、さらには劇場や映画館なども併設されており、2017年に完成した。
バターシー・パワーハウス・ステーション(建物)は2022年10月14日に公開された。これはまさにミックスド・ユースの建物であり、254戸の住宅だけでなくオフィス空間もつくられている。アップル社もオフィス・テナントとして入居しており、ここをイギリス地域本社として位置づけている。その地域本社ビルの床面積は45,000平方メートルで、6フロアにまたがっており、そのオフィスは協働、包摂、健康、サステナビリティをコンセプトに設計された。再生可能エネルギー100パーセントでこのオフィスは回っている。さらには110の小売店舗に加えて2,100平方メートルのフード・ホール(店舗群は総計250店)、劇場、映画館、ホテル、病院、煙突跡につくられた展望場なども設置されている。3.78ヘクタールという敷地のうち、半分近い1.71ヘクタールが公共空間であり、そのうちテームズ川のウォーターフロント沿いのパワーステーション公園は0.54ヘクタールを占めている。
2024年4月現在、8つのフェーズのうち3つめに相当するエレクトリック・ブルバード、バターシー・ルーフガーデン、プロスペクト・プレースがノーマン・フォスターとフランク・ゲーリーのチームによって設計され、完成している。エレクトリック・ブルバードはバターシー・パワーハウス・ステーションと新たにつくられた地下鉄駅とを結ぶ回廊としての役割も担っている。バターシー・パワーハウス・ステーションは工業跡地であるために、公共交通の便が極めて悪かったのだが、地下鉄のノーザン線の支線が新設されたことで、その欠点は補われた。
キーワード:
歴史的建造物,アイデンティティ,ブラウン・フィールド
バターシー・パワーハウス・ステーションの基本情報:
- 国/地域:イングランド
- 州/県:ロンドン
- 市町村:ワンズワース区
- 事業主体:Battersea Power Station Development Company
- 事業主体の分類:民間
- デザイナー、プランナー:ウィルキンソン・エアー
- 開業年:2022年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
ロンドンのテームズ川南に圧倒的な存在感で立地していたのがバターシー・パワーハウス・ステーションである。工業都市としてのロンドンの象徴のような建物であり、その4つの煙突はテームズ川南のスカイラインを強烈に縁取っていた。筆者はこの発電所が操業中止になった直後の1980年にロンドンを訪れ、その近くを走る鉄道の車窓からこれを眺めて、そのネガティブな工業的な迫力に圧倒されたことがある。ちょっと恐怖心に近いようなものさえ覚えた。それは、一般的なロンドン人にとっては親しむというような空間ではまったくなく、むしろ距離を置きたくなるような、忌諱するような空間であったのではないかと推察する。
さて、しかし、それから30年以上経ち、その再利用案が認められ、さらにその10年後には洗練された、サステイナブル・デザインの先端を行くような都市空間へと変容した。石炭火力発電所という健康に害を及ぼすような施設から、むしろ健康的な施設へ、立ち入り禁止的な空間から、広く公共的な空間へ、一般的な人にとっては生産の場から消費の場へと、その性格は180度変容した。
その背景にはロンドンという都市が、グローバル・エコノミーにおける極めて重要なプレイヤーであり、その都市開発需要が極めて高いということが挙げられるが、それを見事に受け止めるような形でこのような再開発プロジェクトをまとめ、そして、その象徴的な施設として、バターシー・パワーハウス・ステーションのポテンシャルを最大限に発現させることに成功した。このような大再開発をする際、ちょっと前までであればこのような工業的施設は全壊させるという選択肢を選ぶ場合も多かったと思われる。それが、保全するような方向性に転換したのは、都市間競争が国際化する中、都市のアイデンティティを発現できる建築物の重要性が認識されるようになったからであろう。
真っさらの状況から都市再開発をすると、アイデンティティが薄弱なために、その地区をブランディングすることが極めて難しい。そのためにスター建築家にランドマーク的な建物を設計してもらったり、イベントを企画したりするが、それでもそのような地区が人々に共通したイメージを形成させることは並大抵のことではない。それは、東京の臨海副都心のケースを思い浮かべたりすると明らかであろう。
そのような中、この大規模再開発では、バターシー・パワーハウス・ステーションという圧倒的なランドマークを見事に活かすことで、最初からこの再開発地区に魂を注入させることに成功した。バターシー・パワーハウス・ステーションこそが、この土地の記憶を継承するメディアであるからだ。建物だけではなく再開発プロジェクトの名称をバターシー・パワーハウス・ステーションとしていることは、開発側がそのように認識していることを裏付ける。その発電所とは思えないインテリアのアールデコのデザインを見事に活用したリフォームは、工業都市ロンドンの歴史に思いを巡らせるちょっとした博物館的な役割をも担っている。
民間事業であるが、このバターシー・パワーハウス・ステーション(建物)こそ、この大再開発事業のツボであり、それを見事にしっかりと押さえた。テームズ川南の将来を明るく照らすエネルギーを供するようなプロジェクトであると考えられる。
【参考文献】
バターシー・パワーハウス・ステーションの公式ホームページ
https://batterseapowerstation.co.uk/about/building-battersea-the-masterplan/
アップルの公式ホームページ
https://shorturl.at/swxJ3
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・ テート博物館、ロンドン(イギリス)
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