305 遷都1000年記念モザイク壁画(ベトナム社会主義共和国)
ストーリー:
ハノイ市の紅河の堤防に沿ってつくられた壁には、6.5キロメートルにも及ぶ長大なタイルによるモザイク壁画がつくられている。これは、ハノイの遷都1000年を記念した事業の一環でつくられたものだ。
このモザイク壁画のアイデアはハノイ・ベースのジャーナリスト、グエン・トゥー・トゥイのものであった。彼女は建築コンペにおいて、ハノイの堤防をモザイク壁画にするというアイデアを提案し、賞を取る。
壁画の事業は2007年に始まった。それは高さ約1メートル、幅6,500メートル、総面積6,950㎡の巨大な壁画であった。それは、エン・フー(Yen Phu)通りに沿って、ロンビエン橋の麓を起点に南北に広がっている。この事業はフォード財団の寄付を受け、最初の450メートルの事業費と、それを完成させるために必要な計画、研修、材料費をこれで賄った。ハノイ市の遷都1000年である2010年中に、この壁画は予定通りに完成する。
この壁画作成にはベトナム人のアーティストだけでなく、外国の文化関係組織も関与した。ドイツのゲーテ・インスティテュート、フランスのアリアンセ・フランセー、英国文化振興会、イタリアのダンテ・アリギエーリ協会などが協力をし、多くの外国人アーティストが参画した。ロシアと韓国の文化協会も協力をした。
この壁画のために使われたタイルは、ハノイ近郊のバッチャン村のものが使用された。デザイン・コンセプトは、ベトナムの歴史を物語るようなものが多いが、子供による絵画、ハノイ市の景色、現代芸術などもある。
この壁画は完成された2010年にギネス世界記録に世界一巨大な壁画として認定される。この壁画はまだ延長しており、2017年9月にはチリのアーティストが新しく壁画を付け足し、2019年にはスリランカ大使館の補助により新たな壁画がつくられている。
キーワード:
モザイク壁画,アイデンティティ
遷都1000年記念モザイク壁画の基本情報:
- 国/地域:ベトナム社会主義共和国
- 州/県:レッド・リバー・デルタ地区(subregion)
- 市町村:ハノイ市
- 事業主体:ハノイ市役所
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:グエン・トゥー・トゥイ
- 開業年:2010
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
ハノイ市にあるモザイク壁画は、20人のベトナム人のアーティスト、そして10カ国に及ぶ15人の外国人アーティスト、100人の地元の職人、そして500人ほどの子供たちの手によってつくられた。さらにその建設材料として、地元の陶器を用いた。このように地元を介入させ、特に子供たちに参画させ、地元の材料でつくるようにしたことは、市民のシビック・プライドにも繋がる優れた試みであると考えられる。
そして、それは芸術作品であると同時に、ハノイ、そしてベトナムの歴史や文化を伝えるメディアとしての役割も担っている。例えば、それはベトナムに居住する54の民族ごとの伝統的建築を示している。
このように、このモザイク壁画は、それまで無粋なコンクリートの塊を、ハノイ市のアイデンティティを具体化させるような芸術作品へと転換させた見事な事例であると考えられる。そして、観光資源としても相当な魅力を有している。ただ、大通り沿いにあるため、アクセスは極めて難しく不便だ。壁画沿いに歩道があり、そこからは鑑賞できるのだが、歩道が1メートルほどの狭さなので歩きやすいとはいえない。しかも、エン・フー通りは交通量が多く、結構のスピードで走っているので危険を感じさせる。また、壁画を鑑賞するうえでは、ある程度距離があるとより全体像がみえるのだが、そのような距離で鑑賞できる場所が極めて少ない。せっかくの観光資源であるにも関わらず、これはとても勿体ない。これに関しては、何かしら「都市の鍼治療」的なアプローチが必要かとは思われる。
このような欠点はあるが、それでも、そのような観光資源を新たに創出することができたこと、さらには、それを地元の人達を巻き込んでつくったこと、加えて海外のネットワークをもうまく活用したというアプローチは、新たな都市アイデンティティをつくる方法論としては極めて有効であると考えられる。その事業を評価すると、アクセスの問題という大きな課題があるが、それでもハノイ市だけでなくベトナムにとっても、大きな価値を生み出すようなプロジェクトであると考えられる。
【参考資料】
Vinpearlのホームページ:
https://vinpearl.com/en/hanoi-ceramic-mosaic-mural-where-vibrant-colors-display-cultural-values
類似事例:
049 ヒンター・デム・ツォールの壁画
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111 ハッピー・リッツィ・ハウス
286 ポティの壁画
326 ブリストルのストリート・アート
329 ヘルシンキ24h
・ エトゥニアスの壁画、リオデジャネイロ(リオデジャネイロ州、ブラジル)
・ サンパウロの壁画普及政策、サンパウロ(サンパウロ州、ブラジル)
・ キース・ヘリングの壁画再生、ニューヨーク(ニューヨーク州、アメリカ合衆国)
・ ペラドの壁画、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
・ ラ・ボカ地区のカミニート、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
・ コザ巨大壁画、沖縄市(沖縄県)
・ 君主の行列の壁画、ドレスデン(ドイツ)