294 シモキタ園藝部(日本)
ストーリー:
小田急線が代々木上原から梅ヶ丘駅間の連続立体交差事業および複々線化事業の一環で、東北沢、下北沢、世田谷代田駅の3駅を地下化し、その区間を地上から地下運行にしたのは2013年3月23日であった。これによって、この3駅間の線路が走っていた跡地が生じ、それをどのように活用するかの検討が始まった。
保坂区長のもと、世田谷区北沢総合支所はこの上部空間の管理運営を検討し、実際にまちで活動する人々を募集することを目的として「北沢PR戦略会議」の第一回会議を2016年10月に開催することにした。それまでも北沢デザイン会議や区の施設の検討などのワークショップは開催していたが、それらは整備に関する内容が中心であり、この会議ではまちへの関わり方を考え、区施設の活用や管理運営などを実践する場として位置づけた。住民の声をしっかりと反映させたエリア・マネジメントを行うための機会が、この「北沢PR戦略会議」であった。
一回目の同会議では、全体で活動アイデアが出された後、活動テーマごとのグループに分かれて議論が進んだのだが、ここで「シモキタ緑部会」がつくられた。これは、この跡地地域に緑を増やす提案をし、特に下北沢駅西側エリアが、北沢地域の緑化にとって非常に重要な拠点であるとの認識のもと、そこに創出される緑地・小広場の管理活用を見据え、より良い整備のための検討を区と協働で重ねていく活動を展開することにした。
2018年時点で世田谷区が計画していたのは、駅から元下北沢2号踏切があった場所までの120メートルの区間を、地表部分は駐輪場にし、その上部空間は下北沢駅南西口の2階を起点とする高架上の「立体緑地」にするということであった。2号踏切から世田谷代田側に世田谷区は公園をつくることを計画していたため、この2号踏切の部分の道路を跨ぐために4.7メートルの高さの桁下が設けられることになる。その結果、公園の多くの部分に階段とエレベーターが設置されて、公園の魅力が減衰することになる。それに加えて、この立体緑地は歩道が設置されるのだが、沿道の家とそれが近すぎるため、沿道住民へのマイナスの影響が懸念された。
そのような問題を解消するために、「シモキタ緑部会」では2018年7月頃に世田谷区に対案を提出する。これは、高架部分をほぼなくすといった提案であったが、まだ地表部分は駐輪場をそのまま整備するものであった。
その後、これらの土地を所有していた小田急電鉄が跡地の計画を立てることになる。ここで、小田急電鉄から環境設計の依頼を受けたランドスケープ・デザイン会社フォルクが、住民と協働した方がいいのではないかと提案し、小田急、緑部会、フォルクとでこの跡地利用を検討するチームがつくられる。このように、小田急電鉄もコミュニティの意見を聞いて、一緒に街をつくっていくという方針を採るのだが、これはそれまでの同社の都市開発の経緯を知るものにとっては大きな方向変換であった。
そして2019年に下北線路街がオープンする。これをきっかけに新しく生まれた、同上の跡地区間にも下北線路街空き地がオープンされた。この空き地の緑をまちに関わる人達で管理運用していくために2020年3月に設立されたのがシモキタ園藝部である。世田谷区、小田急電鉄、住民達の話合いの中から、植栽管理であればコミュニティがやったらいいじゃないかということになり、線路街オープンから一年弱でつくられたのである。その過程で、参加型のイベントやワークショップを数多く開催し、どういう緑が欲しいのかといった議論や、他の類似施設の見学会なども行った。
そこで改めて発表された設立目的は「下北線路街のオープンをきっかけに新しく生まれたまちの緑を、まちに関わる人達で管理活用していくこと」であったが、現在は「世田谷区の北沢・代沢・代田地域を主なフィールドに、まちの植物を守り育てていくこと」とその活動範囲は広まっている。下北線路街が中心的な活動フィールドではあるが、それだけに留まらず、植物の手入れを行いながら、その過程で発生した剪定枝や落ち葉などを活かしたワークショップを行ったり、街の植物に愛着を持ってもらうイベントなどを企画・開催したりしている。
園藝部が発足してから、2020年の6月にはコンポスト制作と運用が始まり、2021年の7月からは朝園藝部教室が始まり、8月には一般社団法人シモキタ園藝部が発足する。そして、2022年には園藝部のインフォメーション・センターのような交流拠点「こや」と園藝部が運営するハーブと蜂蜜のお店「ちゃや」が開業する。さらには、当初は駐輪場が設置されるはずだったところが、緑豊かな公共の広場「のはら」として2022年夏に供用開始し、そこでは、人々が身近に植物に触れられ、植物と人の営みの循環が感じられるような場所づくりが進んでいる。
キーワード:
コミュニティ・スペース,地域アイデンティティ,緑地空間
シモキタ園藝部の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:東京都
- 市町村:世田谷区
- 事業主体:一般社団法人シモキタ園藝部
- 事業主体の分類:市民団体
- デザイナー、プランナー:金子結花(株式会社フォルク)
- 開業年:2019
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
筆者は下北沢の再開発にはずっと反対の立場を取ってきた。特に駅の北東側にバスターミナルをつくることや、北側に幅25メートルの道路をつくり、街を壊すことには反対であった。実際、道路建設反対の行政訴訟のメンバーに加わっていたこともある。これは、これだけ人々に愛され、親しまれている空間を壊す必然性が感じられなかったからだ。さて、訴訟は「和解」になったが、結果的に道路もバスターミナルも整備されることになった。下北沢の将来は暗いものであると思い、また勤務先の大学を東京から京都に移したこともあり、下北沢とは距離を多少置くことになった。
そのような中、小田急線の下北沢駅の再開発ビルが2019年に開業し、下北線路街もオープンする。バスターミナルに自動車が通る前の暫定的につくられた空間は、人が溢れていてとても快適な空間となっているが、これも自動車が通るまでの命、とあまり肯定的に評価をしていなかった。2022年3月に開業した「ミカン下北」にしろ、「下北線路街」にしろ、マスコミ等はそれを新たな下北沢の魅力の誕生という感じではやし立てていたが、京王電鉄や小田急電鉄といった企業が手がけたまちづくりは、下北沢という街の魅力を生み出してきた「個」の自由や創造性とは一線を画す。なんだかなあ、と思っていたのだが、2022年の秋頃に下北沢駅の南西口「シモキタエキウエ」から世田谷代田に繋がる歩道を歩き、その階段からの光景に驚いた。
目の前には、それまで下北沢の街に不足していた緑に囲まれた野原と遊歩道とが美しく広がっていたからである。駅前の一等地の極めて高地価のところに、少なくとも直接的にはお金を生み出さない緑空間が広がっているのだ。どういうメカニズムが働けば、このような空間がつくられるのか。それは、単なる緑の提供というだけでなく、そのような空間を求めていた住民の思いが「実現」できる民主主義的な価値をも象徴している。
この緑の空間は、民間企業のロジックから生まれる訳はない。区役所でも、そのような空間を下北沢という超一等地で実現させることは不可能に近い。しかし、民間企業が住民とともに協働したまちづくりを行いたい(これは、実は反対運動を抑えるためのベストな選択肢である)という考えを持ち、また区役所サイドでも住民を主体としたボトムアップ型のまちづくりを実践すると選挙で公約をした区長が誕生し、コミュニティがそのような空間をつくりたいという不屈の情熱と知恵と協働性を有していた場合は、このような空間が日本の大都市でも実現される、ということを、この緑の空間は示している。そして、それは、将来の下北沢に、どんなビルを建設したとしても比肩することができないような、とてつもない価値を生み出すであろう。
筆者は、北沢PR戦略会議にも第一回を含めて、数回、参加したことがあるので「緑部会」の存在は知っていた。当初は、ちょっとした跡地に庭のような緑をつくりたい、というような活動なのかな、と思っていたが、それは私の見識の低さであったことを、この空間の素晴らしさによって思い知らされた。
市民参加のまちづくりを長年進めてきた世田谷区と、住民と協働したまちづくりを進めようと方針転換ができた小田急電鉄、そして、この街を愛する住民達との見事なコラボレーションによって誕生した、素晴らしい公共的な空間と組織である。
【取材協力】
金子賢三氏(建築家)
【参考ホームページ】
東京新聞記事(2022年6月24日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/185308
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