267 京都市の眺望空間保全(日本)
ストーリー:
京都は平安遷都以来、1200年を超える悠久の歴史を積み重ねてきた。その歴史によって培われてきた景観は、三方の山々と鴨川、桂川などに彩られる山紫水明と称される豊かな自然、多くの歴史的資産や風情溢れる町並みなどによって構成されている。そして、これらの景観は、永らく守るべきものとして人々に共有認識されてきた。
京都は盆地景であり、三山を景観のコンセプトとしている。山自体は昭和6年から開発しないことで守っている。その後、1964年に名勝として指定されていた双岡にホテルを建設する計画が発表され、開発への反対運動が起こる。これは結果的に、開発側が資金調達できず危機は回避されたが、そのような事態を繰り返さないために古都保存法が成立する。そして、1988年には京都ホテル、京都駅などの開発を契機に景観論争が生じる。京都はこれまで、いろいろと問題があるたびに制度をつくってきたのだが、眺めはそれだけでは守れないことが明らかになってきた。
そのきっかけとなったのは上賀茂神社である。ある程度は風致地区で守られていたのだが、それでもマンションが建ってしまった(2002年)。世界遺産の前でそういうことが起きた。先斗町も鴨川の左岸から対岸を観ると、先斗町の並びはいいが、その裏の通りに立つビルの裏側が汚い。
そこで、京都市役所は市民に「守りたい展望はどのようなものか」を尋ねて、「眺望」を保全する気運を醸成するようにした。そして、2005年、当時の京都市長は「時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会」に歴史都市・京都にふさわしい京都の景観のあり方について諮問する。そして、同審議会は、6回にわたる集中的審議と公開シンポジウムの開催、パブリックコメントの実施などを経て、緊急に取り組むべき施策を示した「中間とりまとめ」を2006年3月に提言する。
この提言をうけた京都市長は、全国では前例のない、市街化区域全域にわたる高さ規制の見直しや建築物のデザインの規制の強化を含む「新たな景観施策の展開について」の方針を示す。そして、それに引き続き、同審議会は「展望景観や借景の保全」について審議を重ね、最終答申として提言をした。
そして、それを踏まえて2007年9月に京都市では、それまでの建築物の高さ、デザイン、眺望景観および屋外広告物の規制等を全市的に見直した「新景観政策」を実施することにした。そのうち、眺望景観については、2018年に世界遺産をはじめとする社寺等とその周辺の歴史的景観を保全するため、2007年3月に制定された京都市眺望景観創生条例をさらに強化すべく、同条例にもとづく「視点場」の追加指定や、地域特性に応じた良好な建築計画へと誘導するための景観デザインレビュー制度(事前協議制度)を創設するなど、景観政策を進化させている。その背景としては、京都市にある「良好な眺めや日本の文化としての借景は、京都のみならず日本の財産」(京都市)であるという認識がある。先人により守り引き継がれてきた優れた京都の眺望景観・借景の保全、創出を図ろうとしているのだ。
具体的な施策内容としては、眺望区間保全区域の設定がある。これは、この区域内の建築物等の各部分の標高が、それぞれの視点場から視対象への眺望を遮らないものとして標高を定めなくてはならない。建築基準法の高さでは、屋上部分の塔屋が参入されないケースもみられるが、眺望空間保全区域では、これらも含めて標高を超えないことが必要となる。細かく解説すると、視点場からの水平距離が3キロメートル以内の区域では、外観の変更を伴うすべての建築物・構築物、視点場からの水平距離が3キロメートルを超える区域では、外観の変更を伴う高さが10メートルを超える建物、地盤面からの高さが10メートルを超える工作物は京都市への申請手続きが必要となる。
このような厳しい景観政策によって、土地利用は厳しく制限されるが、土地の価格動向をみるとむしろ上がっている。景観的な価値が京都においては経済的な価値をもたらしていることが理解できる。京都においては、景観を保全することがまさに文化的、社会的だけでなく、経済的にもプラスとなっていることが、この条例の制定によって証明されることになったのである。
キーワード:
景観政策, 眺望空間
京都市の眺望空間保全の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:京都府
- 市町村:京都市
- 事業主体:京都市
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:N/A
- 開業年:2007
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
この数年間ほど京都市に住み、仕事をしている。京都市に来て驚いたのは、その風景の美しさである。京都という都市を美しくみせているのは、世界遺産に指定されている建築群だけではなく、また祇園や錦小路通といった町並みだけでなく、それを取り巻く山々の美しさである。
京都の御所周辺は格子状の都市構造をしている。そして、どの通りを歩いていても南に向かっていない限りはその視点の先に美しい山並みがみえる。このような風景が演出されるのは、格子状という都市構造が寄与している点も大きいが、何より、眺望が得られるように建物の高さがそれを阻害しない程度に抑えられているからであろう。また、寺社の庭園からの借景も、それが次世代にまでしっかりと残されていることが、このような眺望の素晴らしさに繋がっている。
このような眺望を将来的にも確保するために、京都市が眺望景観創生条例を策定したのが2007年。現在では、そこで制定された眺望景観保全地域をさらに拡大させ、新たに事前協議制度を運用している。
2015年10月27日の朝日新聞の取材記事にジャーナリストの鳥越俊太郎氏は次のように述べている。
「(筆者注:圓通寺の庭から比叡山をみると)なぜか落ち着くんだ。1、2時間、ただボーッと見ているだけなんだけどね。時間がたつのを忘れてしまう。(中略)若いときは美しさにひかれたが、歳をとるにつれて自分の人生と、あの風景を重ね合わせてみるんだよ。自分の歩みを折々に見守ってもらい、ときに支えてくれたのが圓通寺の借景だね」。
鳥越氏は大学時代から数えて20回以上は圓通寺に通っているという。この記事を読み、景観の人に与える影響の強さを改めて理解した。そして、それをしっかりと次世代にまで継承していくことの重要性を改めて知る。鳥越氏のような人にとって、その愛着のある景観が失われることは自分の大切な記憶が失われるのと同じようなダメージを与えるのではないだろうか。
とはいえ、その景観は未来永劫、同じものではないだろう。比叡山の形も長い年月の中、変化していくであろう。しかし、それが悠久なる自然の流れの変化であることと、人為的な開発による急激な変化であることには、その景観を愛でるものにとっては受け入れ方に大きな違いがでてくると思われる。これが、人為的な力による景観変化(破壊)から、景観を守る施策が求められる所以であろう。
京都市が景観条例を定めるうえでは、圓通寺の借景を保全することも考えられていた。圓通寺と比叡山を結ぶ地区はニュータウンとして開発が進んでおり、そこに高層マンションが計画されたことがあった。2007年の景観条例では、圓通寺の庭と一体である比叡山の眺めを守る項目も盛り込まれた。
このように京都市はその歴史的景観の眺望を保全するよう先進的に取り組んでいるが、それでも近年、下鴨神社のそばにマンションが建ち、御所の東の境内にマンションが建ったりしている。これは眺望の問題というよりかは、お寺、神社の経営難の問題があるのだが、このような事例は単に景観を保全するだけではなく、その景観を創り出し、維持してきた社会システムの保全をも考えることの必要性を示唆している。
とはいえ、眺望の重要性を理解し、それの保全に積極的に取り組んでいる京都市の事例は内外の都市の参考になるであろう。
【参考資料】
京都市「京の景観ガイドライン」
朝日新聞(2015.10.27)
【取材協力者】
上原智子氏(京都市)
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