230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス(日本)

230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス

230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス
230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス
230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス

230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス
230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス
230 港北ニュータウンのグリーン・マトリックス

ストーリー:

 横浜市北部に1965年に横浜六大事業の一つとして計画された港北ニュータウン。横浜市の中心から北北西に12km、東京都心から南西へ25kmと地理的にはベッドタウンの立地として優れていたにもかかわらず、東横線と田園都市線の中間部にあったため民間での住宅開発から取り残されていた多摩丘陵地において開発は計画された。この計画に合わせて横浜市営地下鉄の路線が建設され、1993年には3号線(ブルーライン)、2008年には4号線(グリーンライン)が新規開業し、現時点でも人口は増加傾向にある「若い」ニュータウンである。
 このニュータウンの大きな特徴として、歩行者と自動車の動線を計画的にしっかりと分けていることがある。さらには、保存緑地や緑道も多く残されており、豊かで安全な生活を提供することを都市計画の段階で配慮している。
 その計画理念の象徴のような役割を果たしているのが「グリーン・マトリックス」である。これは、地域の貴重な緑の資源を「緑道」と「歩行者専用道路」という二つの系統のフットパスで結ぶシステムであり、港北ニュータウンのアイデンティティをつくりだしている源でもある。それは、種々のオープンスペース、ビューポイント、緑地資源、歴史的資産をこのフットパスで結合し、それによってネットワーク化される多種多様な空間は、歩行行為によって広がりをもつことになる。それは、自動車本位の道路体系で分断されがちな市街地の中に、歩行者本位の人間的尺度にもとづく空間を創造するとともに、斜面緑地、社寺林、屋敷林等といった民間の緑地と、公園といった公共な緑地とを融合させることにより、効率的にレクリエーションのための土地を活用しようとする試みでもある。
 グリーン・マトリックスを計画した川手昭二氏は2021年1月22日のNHKラジオ深夜便に出演して、次のように港北ニュータウンの緑道を解説している。

「それまでのニュータウンのつくり方は幹線道路を最初に設計し、それを元に近隣住区を放り込んでゆくという計画の仕方をしてきたのだが、港北ニュータウンでは緑道を最初に設計した。そして、その計画の体系をグリーン・マトリックスとした」

 ここで川手氏の言うマトリックスとは「空間」と「行為」の多様な相関を示した、いわば「表」である。つまり、一方の軸には「児童公園」、「小学校」、「ショッピング広場」といった空間を置き、もう一方の軸には「通学」、「日なたぼっこ」、「ボール遊び」、「散歩をする」、「買物をする」などの行為を置いた。そして、これら二つの軸からつくられる個々の「セル」をいかに豊かなものにするか、ということを念頭に、このニュータウンはつくられていったのである。


出典:横浜市ホームページ

 具体的には、グリーン・マトリックスはグリーン系とよばれる自然の緑と、オレンジ系と呼ばれる通勤、通学、買物などの目的別の歩行者動線とから構成される。ニュータウンにつくられる空間は歩行者ネットワークによって結ばれるので、そこを通っていけば駅や学校等にアクセスすることができる。まったく自動車道路と交叉しないで行くことができるのだ。それは、まさに「ラドバーン」(都市の鍼治療 No. 148)などが目指した歩車分離を、より広域において実現させている。
 総計173ヘクタールにも及ぶグリーン・マトリックスによって、総面積98ヘクタールもの公園を整備することに成功し、22ヘクタールにも及ぶ緑道、緑地が確保できている。緑道の総延長は15キロメートルにも及び、ニュータウンの中心部であるセンター北とセンター南を囲むように整備され、このニュータウンの重要な空間構造の要を形成している。

キーワード:

ニュータウン,緑道,公園,歩行者動線

港北ニュータウンのグリーン・マトリックスの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:神奈川県
  • 市町村:横浜市
  • 事業主体:日本住宅公団
  • 事業主体の分類:その他
  • デザイナー、プランナー:川手昭二
  • 開業年:1980

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 港北ニュータウンのグリーン・マトリックスのグリーン系を歩く。緑に溢れた散策ルートは気持ちよく、ニュータウンという大規模開発でないとつくることが難しい、贅沢な公共的資源である。ただ、往々にしてそのような大規模開発のメリットは具体化できていない場合が少なくない。港北ニュータウンのグリーン・マトリックスのポイントは、計画の根幹に自動車ではなく歩行者のネットワークを優先させたことが挙げられよう。さらには、単に緑地を保全するということを目的にしたのではなく、人びとがニュータウンにおいてどのような行動をするのかを想定しつつ、それを緑道を中心とした歩行者動線で結ぶことによって、生活スタイルと緑を融合させることに成功した。そのコンセプトを具体化するために、日本住宅公団の職員達は川手氏とともに連日の徹夜作業をしたそうだ(NHKラジオでの川手氏の発言)。港北ニュータウンの見事な緑地ネットワークは、まさにこれらプランナー、デザイナーの苦労の結晶であろう。
 港北ニュータウン事業が実施される時(1971年8月)から「港北ニュータウン」の広報誌が発行される。その一回目に川手氏が「人間味のある緑地配置」という次のような文章を寄稿している。

「今こそ私達は、毎日のあたり前の生活を振り返って、あたり前のしあわせを作る環境や、都市生活とは何か、と問い直しながら街づくりの計画を考え始めるときであると思います。(中略)工夫して残された緑を最大に活かすためには、緑を中心にした一日の生活ストーリーとしてまとめ、その物語りにそって筋道をとおした緑地計画を立てることでしょう。」

 この文章から川手氏は、新しい都市(ニュータウン)という物理的な空間の前に、人の幸せをつくる環境を意識してまちづくりを行っていたことが分かる。そして、そのような環境の核となっていたのが緑という資源であったのだろう。
 港北ニュータウンの住民が多くを占める都筑区が令和元年に行った区民意識調査では、公園(緑道を含む)の整備の満足度という設問で60%以上が「満足」、「やや満足」と回答している。他の地区との比較検討はできないが、首都圏の郊外住宅地で公園の整備に対しての満足度が6割以上というのは、相当恵まれていることなのではないだろうか。
 ニュータウンに対しては、その機能重視の空間づくり、画一的な住民層やライフスタイルに関して批判がなされる場合が少なくない。しかし、しっかりと人間を中心とした街をつくろうとプランナーが知恵を絞り、また多くの人のエネルギーと時間、さらには情熱が投入されることによって、そのようなニュータウンでも住民から高く評価される空間がつくれるという素敵な事例なのではないかと考えられる。そして、グリーン・マトリックスはまさにそれを具現化するための絶妙な「鍼治療」的アプローチであったと思われる。

【取材協力】
横浜市都市整備局地域まちづくり課担当 入江碧氏、池宮秀平氏、都筑区区政推進課 中原一郎氏

【参考資料】
朝日新聞 2020/07/11
横浜市のホームページ
(https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/jokyo/sonota/nertown/nt.html)

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