197 大正中央中学校のリノベーション(日本)
ストーリー:
大阪市大正区。大阪の業務の中心地梅田から5駅と、都心の近くに位置しながら、少子高齢化が進み、人口も減少していくと予測されている自治体である。そして、既に、学校でも空き教室が増え始めている。大正区に立地する大正中央中学校もまさに空き教室をどう活用するかが課題であった。そこで、同校の岸上智弘教頭が、生徒達にリノベーションの楽しさを経験してもらいたいと、大阪市立大学に相談する。この相談に反応したのが、同大学の当時博士課程の学生であった西野雄一郎である(現在は福岡大学助教)。彼は、小学校・中学校時代、教室は同じ風景で楽しい空間だと思ったことがなかった。そこで、この空き教室を他と違う風景で彩ることができればどれだけ楽しいだろうと考え、このリノベーション事業に中学生達と取り組むことにした。デザインをするうえでは、あくまでも中学生を主体にさせることにして、自らは研究室の後輩達とサポートに徹することにした。
実際、手がけることにしたのは2室。一室はアートセンター(美術分第二部室)に転用することが計画されたアートプロジェクト、もう一室はメディアセンター(第二図書室)に転用することが計画されたメディアプロジェクトと位置づけられた。
具体的には中学生と一緒にデザイン案をつくるためのワークショップを行い、また地域との関係性を持たせるためのイベントをも開催した。大阪市教育委員会に補助金(「がんばる先生支援」)も申請して、軍資金も得ることができた。
アートセンターに関しては、美術部の学生が中心となったのだが、彼ら・彼女らは直感の赴くままに、思い思いの空間を描き、個性的なアイデアを出してきた。それらのアイデアを3チームにまとめて、ネイチャー、レトロ、アヴァンギャルドと名付け、大学に戻り、西野氏は大学院の仲間と、より具体化を図れる案としてまとめた。
後日、中学生達に、3つの案を投票で決めてもらい、アヴァンギャルド案が選ばれた。そして、アヴァンギャルド案を土台として、中学生達にさらにアイデアを出してもらった。そこで出てきた案は「カーベットを敷いて欲しい」「カーテンを使いたい」「家具を取り入れたい」といった西野氏等が想定していなかったもので、予算とかお構いなしの提案にむしろ西野氏等は刺激を受けることになる。
そして、最終的につくられたものは、まさにアヴァンギャルドという感じの、強烈ではあるが居心地のよい色彩からなる空間である。中学生達の思いが反映した、ここにしかない場所。それは、画一的な学校教育に埋没されがちな、中学生の自由な個性的な創造性を表している。
メディアセンターはアートセンターの翌年(2016年)に手がけられた。ここの空間は、「地域との継続的な関わりを生み出すような活動へと発展させること」を目的とした。茶道部の学生などを中心に、寝転べる、おしゃべりできる、集中できる、気軽に集まれるといった使い方のアイデアや、秘密基地をつくりたいといった空間のアイデアが出てきて、4つのアイデアを出してもらい、同様に大学院生の支援のもとに最終的な案が選定され、150個ほどの可動本棚をつくった。これをつくるうえでは、地域住民にも設計ワークショップに参加してもらい、地域との関係性を持たせることで、完成後にたくさんの本を寄付してもらうことなどに繋がり、地域と中学とのネットワークが強化されることにも寄与した。
空き教室を中学生の手によってリノベーションするという本プロジェクトは、生徒達が自らの場である学校の教室の未活用という問題に取り組み、その解決策を考え、そして実際に作り直すといった実践的な活動をする機会を提供し、それが学校施設の魅力化にもつながり、地域との関係性も深めることになったという一石三鳥的な試みであった。
このプロジェクトは、優れた子供向けの建築や教育活動を検証する公益社団法人日本建築家協会の「ゴールデンキューブ賞」組織部門で優秀賞を受賞している。公共的な空間である教室のリノベーションを通じて主体性を発揮し、身の周りの環境をつくる方法を学んだ点が評価された。
キーワード:
中学校, リノベーション, 公共施設, 空き教室, ワークショップ
大正中央中学校のリノベーションの基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:大阪府
- 市町村:大阪市
- 事業主体:大阪市立大正中央中学校
- 事業主体の分類:自治体 大学等教育機関 個人
- デザイナー、プランナー:西野雄一郎、大正中央中学校生
- 開業年:2015
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
少子高齢化が進む中、公立小中学校等の余裕教室は徐々に増加しており、約8万室にのぼるそうだ。これらの余裕教室は多くの場合、有効活用されておらず、それらの効果的な活用方策が求められている。その一つとして、学校が主体となってそれらのスペースを柔軟に作り替えることや、その活用を通じて地域との接点をつくりだすことなどが考えられる。そして、その活動は学校の個性化にも繋がるし、それに関わる学生達の個性の発露、地域のアイデンティティづくりにも寄与すると考えられる。
このプロジェクトの面白いところは、それまでただ受動的に与えられていた、教室という空間に対して、学生達が能動的に関与し、それを創造する機会を提供できたことである。それによって、その空き教室に対しての学生達の見方がコペルニクス的転換を果たしたと考えられる。自分たちの環境の問題は、自分達によって解決策を考えることができるし、実際、解決させることも可能であるということを理解した中学生達は、社会人になった後も、自らの手で公共施設や公共空間、そしてその延長線上にある社会をも変えることができるとの自信を持つであろう。この主体性のある社会人を育てることに寄与したこと。これが、このプロジェクトのとてつもなく大きな成果なのではないかと考えられる。昨今、アクティブ・ラーニングという言葉が流行っているが、まさにアクティブ・ラーニングの見事な事例であるし、今後もさらに増えていく学校の空き教室の創造的な対処法であると考えられる。
【取材協力】西野雄一郎
【参考資料】『中学生のDIYによる余裕教室のリノベーションの評価』(日本建築学会技術報告集、第25巻、第59号、2019年2月)
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