147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会 (イングランド)

147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会

147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会
147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会
147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会

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147 レッチワース田園都市ヘリテージ協会

ストーリー:

 世界で最初の田園都市であるレッチワースは、イギリスのロンドンの北部、ノース・ハートフォードシャー郡に位置する。それは、田園都市を提唱していたエベネザー・ハワード自らが建設したコミュニティで1903年に工事が着手された。レッチワースはノース・ハートフォードシャー郡という自治体に所属している。しかし、実際のコミュニティ運営の多くは、私的な慈善組織(private charity)によって遂行されてきた。しかも、このコミュニティ運営の範囲は都市計画や住民組織への補助・扶助といった、通常の自治体が有するような内容も含まれているという点で、極めてユニークな特色を有している。そして、この組織が存在することで、レッチワースは世界で最初の田園都市というアイデンティティをしっかりと保全しつつ、生活空間としてのコミュニティの価値も維持させることに成功させている。
 現在、この役割を担っている慈善組織は1995年に設立されたレッチワース田園都市ヘリテージ協会(Letchworth Garden City Heritage Foundation)である。このような組織は1903年に田園都市の開発が始まった時からつくられていたが、たびたび組織改定をしてきている。1903年から1963年までは、ファースト・ガーデンシティ・リミテッドという組織がその機能を担い、土地は私有されずにコミュニティに帰属するべきであるというハワードの意思を具体化するために、レッチワースの土地をすべて所有し、その土地を住民にリースし、そこから得られた賃貸料はすべてコミュニティに還元するようにした。戦前までは、この組織が電気、ガスまでも供給した。その後、住民から同組織の株をある程度まで購入できれば、レッチワースの運営権を掌握できることに気づいた民間企業が現れ、それを阻止するために、1962年に国会が「レッチワース田園都市法1962」を制定し、ファースト・ガーデンシティ・リミテッドの仕事を引き継ぐ公共事業体を設置する。しかし、1990年代になると、このような公共事業体の存在自体が批判の対象となり、そこで新たに設置されたのが、レッチワース田園都市ヘリテージ協会である。これは位置づけとしては、慈善協会であり、それが設置される根拠は、1995年に策定された「レッチワース田園都市ヘリテージ協会法1995」である。そして、同協会は5600万ポンドに相当するレッチワースの不動産を管理運営することになった。
 レッチワース・ヘリテージ協会は、レッチワースの住民そしてコミュニティに対して、大きく3つのサービスを提供している。そのうちの一つは、レッチワースの不動産管理である。具体的には、田園都市のコンセプトに沿った緑地の中の歩道の整備、工場地区や商業地区の景観管理、タウンセンターを賑わいのある場所とするための運営管理などを行っている。二つ目は、コミュニティ支援である。これは、レッチワースのコミュニティのために活動している団体へ補助金を提供するというものだ。これらの団体には高齢者や身障者のケアをしている団体や、レッチワースの開発当初からある建築物を保全しようとしている団体などが含まれる。そして、三つ目は田園都市の伝統を次代に継承できるように保全することである。これにはガーデンシティ・コレクションという資料の管理、オリジナルの田園都市の建築家の一人であるバリー・パーカーの自宅を改装した国際田園都市研究所および資料館(International Garden City Exhibition)の運営などがある。
 レッチワースがつくられてから100年以上経ち、多くの住宅地の所有権は公的機関から住民へと移行してしまったが、依然として商業地、工場、そして農地はレッチワース田園都市ヘリテージ協会が有しており、利用者にリースしている。これらの土地から得られる賃料は、すべてコミュニティに還元されるという田園都市の思想が、現在のレッチワースでは生きている。これは、エコマネー的な発想とも類似している。以前、レッチワース田園都市ヘリテージ協会のスチュワート・ケニー氏に取材をしたことがあるが、日本やアメリカ、韓国にも「田園都市」的な住宅地が建設されているが、田園都市の要ともいえる開発利益還元という考えを理解していない、と指摘していたが、確かにこの仕組みがレッチワースの空間を豊かにしていることは疑う余地がない。
 さらに、レッチワースは経済的にも自立することを強く意識している。レッチワースは、ハワードの考えに忠実に従い、田園都市は職住ともに存在する、という目標を達成させるために今でも雇用を創出するための施策を展開している。レッチワースは、約3万人しか住民がいない小都市ではあるが、光ケーブルなどを備えている高度情報化対応のオフィスビルを整備したり、99年リースが終了する工場(スパイネル)がこの都市内に残るためのインセンティブの提供を図るなどしたりして、雇用が都市内で確保できるように努めている。
 また、これらのコミュニティの収益源を使って、公共空間の整備、管理に力を入れているのも同協会の特徴である。その中でも、中心市街地再生事業の成功は、国内だけでなく国外からも注目を受けている。レッチワースは都市規模が小さかったために、イギリスの他の中都市が実施したようにマークス・アンド・スペンサーのような大型商業施設を中心市街地に誘致することはできなかったので、代わりに多くのスペシャリティ・ショップを誘致した。そして、レッチワース田園都市ヘリテージ協会は、3年間にわたって1500万ポンド(約30億円)を中心市街地に投資した。これが呼び水になって、他からも投資を引き寄せ、合計で5000万ポンド(約100億円)も短期間で投資することに成功した。その結果、同協会が介入する以前は衰退していた中心市街地は見事に活性化し、現在では地元住民が交流し、賑わう場所へと復活している。
 さらに、現在、グリーンウェイという緑道を整備中である。これは、レッチワースを環状に結ぶ18kmにも及ぶ緑道整備のプロジェクトで1996年に開始し、総額で約2億円が投資されている。この資金も、レッチワース田園都市ヘリテージ協会の予算で行われる。
 同協会の役員は選挙で選ばれるのだが、そのうちの一人、アリソン・バッシュフォードはレッチワースを世界遺産にすることを謳っている。そのような話が出てくるのも、しっかりと自治体以外のコミュニティの管理組織が存在して、レッチワースのユニークさを保全してきたからではないだろうか。

キーワード:

都市経営, 慈善団体, 田園都市, エベネザー・ハワード

レッチワース田園都市ヘリテージ協会 の基本情報:

  • 国/地域:イングランド
  • 州/県:ハートフォードシャー州
  • 市町村:ノース・ハートフォードシャー郡
  • 事業主体:レッチワース田園都市ヘリテージ協会
  • 事業主体の分類:民間
  • デザイナー、プランナー:エベネザー・ハワード(オリジナルのレッチワースのコンセプト)
  • 開業年:1995年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 レッチワースは自治体ではない。それはノース・ハートフォードシャー郡の中の一コミュニティである。つまり、レッチワースという市は存在しない。ただし、前述したように、街の環境を改善するような住宅の変更、開発等をするには通常のイギリスの都市計画的な手続きであるプラニング・コンセントを自治体であるノース・ハートフォードシャー郡だけでなく、レッチワース田園都市ヘリテージ協会にも提出しなくてはならない。すなわち、街の環境の維持に関しては自治体だけでなく、同協会からも許可を得なくてはならない仕組みになっている。そして、当然、自治体よりも同協会の方が許可を得るための敷居が高い。ある意味では、自治体よりはるかに厳しいコモン・ルールを有しているコミュニティなのである。そしてこれらのコミュニティを経営していく独特なルールと仕組みが、レッチワースのアイデンティティを保全し、また、その生活環境の魅力を高めていると思われる。 
レッチワース・ヘリテージ協会のホームページには、「我々は世界最初の田園都市のカストディアン(custodian)」であると述べている。カストディアンとは、伝統や道徳的価値などを擁護する人のことを指す。この文言に、レッチワース・ヘリテージ協会の田園都市、そしてレッチワースに対する強い思いが伺える。
 ハワードの田園都市とは、環状の農業地帯に囲まれた人口3万2千人の自立型のコミュニティで、住宅と雇用が併存している。1898年の著書「明日の田園都市」にて、そのコンセプトは提示された。ハワードはコミュニティをいかに運営させていくか、といった経営的な面にも言及しており、土地は公的な機関が所有するべきであり、この土地でのいかなる開発利益をも、このコミュニティに還元されるべきだ、としている。この考えは、100%で実行されている訳ではないが、その理念は継承したいという思いをレッチワース田園都市ヘリテージ協会は有していると思われる。
 これまで数回、レッチワースには足を運んでいる。最初に訪れたのは1993年である。それから、2002年、2013年と訪れ、行くたびにレッチワースがよくなっていくとの印象を受けた。同協会のケニー・スチュワート氏との取材でも、「レッチワースはこの15年ぐらいで随分とよくなった」と回答した。その理由としては、1960年代から1980年代にかけて、レッチワースでの大規模開発を狙ったデベロッパーに随分と土地を買われてしまったので、それを買い戻すために予算のほとんどを使ったため、他に投資できなかったのが、最近、ようやく投資ができるようになったからだそうだ。同協会は、住民からは一切、共益費などは受け取らず、あくまでも自らの賃貸収入をコミュニティに還元させているというスタンスを貫いている。道路などは自治体が整備をしているが、多くのオープン・スペースといった公共用地は協会が所有し、管理している。自分達が欲しい環境は自分達がつくる。現状の問題を打破するための思い切った、しかし効果的な「都市の鍼治療」的試みであると捉え、ここに紹介する。

(取材協力:ケニー・スチュワート(レッチワース田園都市ヘリテージ協会))

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