332 オルセー美術館(フランス共和国)
ストーリー:
オルセー美術館は1900年のパリ万博とのときにつくられたオルセー駅舎を再生したものである。オルセー駅は万博の入場者を郊外から都心へと運ぶためにつくられたが、実質的にはホテルとして使用され、30年間ほど使われた後は、半世紀近く解体されることなくセーヌ川河畔という一等地にあるにも関わらず放置されていた。
1970年代頃から、この駅舎の建築的価値が再評価されるようになり、これを美術館として再生すべく建築改修のコンペが1979年に行われる。そこで選ばれたのがATCであり、インテリア・リフォームはガエ・アウレンティが指名された。アウレンティはアート空間改修の経験を多く有しており、当時、既にベテランであった。
この美術館は2ヘクタールにも及ぶ展示スペースを擁する。特に一階に縦に広がる長さ138メートル、幅40メートル、高さ32メートルの彫刻ギャラリーは巨大なる美術展示空間である。アウレンティはそもそもの設計者であるヴィクトル・ラルーのオリジナル・コンセプトを尊重して、自然光の導入を多く図っているが、さらに人工照明にて光量を増し、来館者がしっかりと観覧できるように工夫をした。
内部の空間に関しても壁面のヴォールト空間と天井部分はしっかりと既存のイメージを維持している。新しく加えたのは、長軸の方向に設置された石造りのプラットフォームであり、その下部はギャラリー、上部は来館者の動線となっている。
美術館は1986年に開館し、今ではパリの観光名所の一翼を担っており、2016年の来館者数は約300万人を数えた。展示コンセプトは1848年から1914年までの作品を展示するものとしている。それ以前の作品はルーブル美術館、それ以降の作品はポンピドゥー・センターといった役割分担がパリ市内の博物館ではされているのだ。特に展示品として知られているのは19世紀末パリの前衛芸術のコレクションである。
廃屋であった駅舎を、パリを代表する美術館の一つとして変身させたアウレンティのインテリア・デザインは見事である。その見事さによって、パリは貴重な歴史建築物を見事、現在に活かし、かつ、美術館の展示都市としてのシステムを完成させることに成功する。
キーワード:
美術館,駅,ランドマーク
オルセー美術館の基本情報:
- 国/地域:フランス共和国
- 州/県:イル・ド・フランス地域圏
- 市町村:パリ市
- 事業主体:パリ市
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:ガエ・アウレンティ、ATC
- 開業年:1986年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
レルネル氏の『都市の鍼治療』の一つの施術として「何もするな、慌てるな」というものがある。このオルセー駅は、まさにそのいい事例であろう。オルセー駅は1980年代まで放っておかれていたので「駅舎と同時代のアートやデザインがやがて高い評価を獲得し、それらを展示する施設という新しい用途が事後的に発見された」(五十嵐太郎『建築の東京』、p.171)のである。これを、一等地を使わないのはもったいないといって、すぐに再開発をしてしまったら、オルセー美術館の持つ価値は失われてしまったであろう。
パリは東京と京都を兼ねたような都市である。そのため、グローバリゼーションの変化に素早く対応しなくてはならないのと同時に、歴史的な建築や街並みをも保全しなくてはならない、という非常に難しいさじ加減を要求される。そして、その多様な機能と集積は凄まじい。そのような都市において広大なる一等地に手を付けないでいられる、というのは相当の胆力が求められる。開発に対する需要は凄まじいものがある一方で、この場所のセーヌ川の対岸にはルーブル宮殿(現在、ルーブル美術館)、元テュイルリー宮殿など、パリの極めて重要な空間があり、いたずらな開発はパリの核心的な場所のオーセンティシティに対してマイナスの影響を及ぼすこととなる。
そのような状況下での最適解は、市場の開発圧力を躱(かわ)し、その機会が訪れるのを辛抱強く待ち、そしてその機会が現れたらそのポテンシャルを十二分に発揮させるように活かすことである。オルセー美術館は見事にそれをやり遂げた素晴らしい事例であると考えられる。何もしないことが、時には最適な解である場合もあるのだ。個人的な意見になってしまうが、これは日本人がなかなか苦手なアプローチなのではないかと思われる。オルセー美術館の成功は、そのような日本人には学ぶべき点が多いのではないだろうか。
【参考図書】
五十嵐太郎(2020):『建築の東京』みすず書房
渕上正幸(1998):『ヨーロッパ建築案内』 TOTO出版
類似事例:
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