273 長崎の斜面移送システム(日本)

273 長崎の斜面移送システム

273 長崎の斜面移送システム
273 長崎の斜面移送システム
273 長崎の斜面移送システム

273 長崎の斜面移送システム
273 長崎の斜面移送システム
273 長崎の斜面移送システム

ストーリー:

 長崎市は周辺を300メートルから400メートル級の山々に囲まれ、これらの山々が深く入り込んだ海まで迫り、急峻で平坦地の少ない地形となっている。山地や丘陵地に囲まれた狭隘な平坦地に都市機能が集積し、住宅地は平坦地から押しのけられるように周辺の崖のような斜面地にまでつくられている。
 加えて、これらの急斜面の開発はモータリゼーション以前に進展したこともあり、道路幅は概ね幅員1メートルから2メートル程度の階段道路網であり、自動車どころか自転車での移動さえも難しい。これらを再整備しようにも、家屋の密集による用地買収の困難、勾配上の制約などもあり、極めて困難だ。さらに住民の高齢化という問題が、事態をより深刻化させている。例えば、このような斜面住宅地の一つ、水の浦地区では1970年には6.5%であった高齢化率が2015年には53.8%まで高くなっている。若年者でもこれらの坂道を移動するのは難儀であるのに、年配者であればなおさら大変である。
 そこで、長崎市は主に高齢者を中心とした交通弱者が斜面道路を安全かつ快適に移動できる機器の研究・開発を目的として、1999年から斜面移送システム整備事業を進めた。2000年には移送機器の提案公募をし、それを長崎テクノロジー・ネットワーク委員会が審査し、3グループを採択する。2001年には試作機器が完成し、モニター調査を行う。そして、2002年に天神町(市道天神町1号線)、2003年に立山地区(市道勝山立山1号線)、2004年には水の浦地区(市道水の浦街大鳥町1号線)で、斜面移送機器が開通した。それぞれ、「てんじんくん」「さくら号」「水鳥号」という名称がつけられている。これら3つの地区は①高齢化率が高い、②道路幅がおおむね2メートルは確保されている、③道路の見通しがよい、④小学校、公民館等の公共施設が沿線にあり、一定の利用者数が見込める、⑤地元の方の理解・協力が得られ、かつ機器設置沿線土地所有者、家屋所有者の協力・合意が得られる、といった条件を満たしていたので、選ばれた。
 これらは3つとも懸垂型であり、定員2名のまさに電話ボックスのような箱が分速15メートルで移動する。すべて、長崎市のアダチ産業株式会社を中心としたグループが製作したものである。懸垂型にしたのは、地上式の場合だと地面に線路を設けることになるので、歩行者の通行が不便になることと、道路幅がある程度、広い箇所にしか設置できないからである。乗車できるのは地元住民のみで、専用のカードを機器に読み込ませて機械を動かすようになっている。利用は無料だが、市へ申請し登録することが必要となる。移動スピードは歩いているようなものであるが、長い階段を登っている高齢者にはまさにオアシスのように思われるのではないだろうか。2003年に社団法人全日本建設技術協会主催の21世紀の「人と建設技術」賞を受賞。

キーワード:

斜面移送システム,公共交通,モビリティ

長崎の斜面移送システムの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:長崎県
  • 市町村:長崎市
  • 事業主体:長崎市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:長崎テクノロジー・ネットワーク委員会
  • 開業年:2002

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 長崎市の斜面住宅地は世界的にも珍しい。世界的には、このような斜面地で住宅がつくられることは禁じられている。アフリカのルワンダの首都キガリは美しい丘陵都市で、住宅地もこれらの斜面につくられているが、ある程度の斜度を越えると開発は規制されている。長崎市で住宅地がつくられている程度の斜度でも住宅をつくることができないのだ。リオデジャネイロなどのブラジルの海岸沿いの都市ではそのような斜面地の住宅地がみられるが、それらは不法占拠(ファベラ)され、法律違反でつくられているだけである。リスボンも相当、坂道の都市ではあるが、長崎ほどは急峻ではない。例外はサンフランシスコであろうか。サンフランシスコは現地をみないで、金太郎飴的なグリッド・パターンを埋め込んだだけの敷地割計画を策定してしまったため、おそろしく急な崖に住宅がつくられている。本事例でも紹介したフィルバート通りの階段(ファイル番号198)がまさにそのような事例である。
 つまり、長崎市のように人口40万人という大都市において、このような急斜面において住宅地がつくられていることは世界的にも相当、珍しいのだ。しかも、斜面市街地は市街地の約7割をも占めているのである。その結果、自動車によってアクセスできず、急坂のため自転車利用も不便(長崎市の自転車利用率は極めて低い)な住宅地が多く存在することになってしまった。そして、住民達が高齢化していくことで、その不便さは深刻なものとなる。
 そこで考えられたのが、この斜面移送システムである。地元企業が製作した長崎市独自の斜面移送システムである。その始点から終点までの距離は「てんじんくん」が80メートル、「さくら号」は51メートル、「水鳥号」は60メートルである。斜度は30度前後である。分速は15メートルなので健常者は歩いた方が速いくらいだ。このように、根本的な斜面地の移動の解決にはなっていないが、高齢者が移動するうえでの杖のような役割は担えていると考えられる。そういう点では、都市の鍼治療的な事例である。

【メール取材】
長崎市土木部

【参考資料】
長崎市のホームページ
https://www.city.nagasaki.lg.jp/sumai/670000/678000/p001694.html

乗り物ニュースのホームページ(宮武和多哉氏)
https://trafficnews.jp/post/99696

類似事例:

231 長崎稲佐山スロープカー
・ 斜行エレベーター、長崎市(長崎県)
・ ヴッターパルのモノレール、ヴッターパル(ドイツ)
・ あすかパークレイル、北区(東京都)
・ 柴田町船岡城址公園スロープカー、柴田町(宮城県)
・ 皿倉山スロープカー、北九州市(福岡県)
・ ヨコハマ・エア・キャビン、横浜市(神奈川県)
・ メトロケーブル、メデジン市(コロンビア)