261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全(アメリカ合衆国)

261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全

261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全
261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全
261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全

261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全
261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全
261 ラリマー広場(Larimer Square)の保全

ストーリー:

 デンバー市の都心部にあるラリマー広場は、同市で最も歴史ある商業地区であり、1858年にウィリアム・ラリマーによって整備された。それ以来、この広場はデンバー市のビジネスの中心として機能するが、1890年代からは16番街(「都市の鍼治療」ファイルNo.204)に街の中心が移っていき、ラリマー・ストリートは衰退していく。1900年以降はラリマー広場にあった市役所や優良テナントは他に移っていき、代わりに質屋、バー、安宿、酒屋などが立地するようになる。1960年代の前半には、ラリマー広場の建物の多くは空き家であるか、荒廃した状態にあった。
 1958年にはデンバー都市再開発公社が、スカイライン都市再開発プロジェクトを計画する。これは、ラリマー広場を含む都心の30のブロックを建て替えるという大胆な計画であった。この計画によって、ラリマー広場の建物もすべて破壊されることが想定された。1964年にはその議案は却下されたが、1967年はデンバー都市再開発公社が連邦政府の補助金を獲得したこともあって認められた。
 そのような再開発への流れと並行して、ディーナ・クローフォードという女性が1954年にデンバーにボストンから引っ越してくる。彼女は歴史的建築物が多くあるボストンの雰囲気を非常に気に入っていたので、デンバーでも似たような都市空間があればいいなと思っていた。そして1963年に彼女は、当時はどや街と思われていたラリマー広場にそれを見つけたのである。ラリマー広場が再開発によって破壊されることを知った彼女は、1963年に「ラリマー広場協会」を設立し、ラリマー広場の保全活動に奔走することになる。ラリマー広場をしっかりと保全することが彼女の使命であると考えた。この協会は、再開発で撤去対象となりそうな建物と土地を購入する投資家を集めることに成功する。彼女の歴史的建築物を保存し、それにオフィス、レストラン、ブティックなどをテナントとして入れるという提案はデンバー都市再開発公社だけでなく、一部の市民も反対したが、活動資金をニューヨーク相互生命保険会社から獲得し、活動を展開していったことが功を奏して、1969年にはデンバー都市再開発公社は再開発を進め始めたが、ダニエルス・フィッシャー・タワーとラリマー広場のみ歴史的建築物が壊されずに済んだ。それと並行して、ディーナ・クローフォード達は、歴史的建築物をリノベーションし、さらには広場にちょっとしたコートヤードやアーケードなども設置した。
 1971年には、ディーナ・クローフォードらの努力が実って、この広場が保全地区として指定される。それは、デンバーで最初の歴史保全地区指定でもあった。これによって、単体の建築物ではなく、面的に広がる地区としてのラリマー広場の保全指定へと繋がった。次いで、1973年には国の歴史保全地区としても指定を受けた。
 ラリマー広場はデンバー市の歴史において極めて重要な位置づけを有し、この場所には多くの市民が強い感情を抱いていたこともあり、その歴史保全は、その後のデンバーの都心再生への草分けとなった。ラリマー広場の歴史建築物を保全し、現代的なニーズに対応した新たな活用方法を提示したことは、デンバーのユニオン・ステーション(都市の鍼治療No.199 )などの保存活動にも大きな影響を与えた。クローフォードはその後、デンバーの歴史的建築物を保全するのに大きな役割を担い、ユニオン・ステーションに隣接して開業したホテルは、彼女への敬意を表すために「クローフォード・ホテル」と名付けられた。また、これはサンフランシスコのギラデリ広場(都市の鍼治療No. 27)と並んで、そのようなアプローチの優れた事例として紹介されている。
 現在ではそこにはヴィクトリアン様式の建物が建ち並び、カフェやお洒落なブティック、洗練された店舗、ギャラリーが立地し、また有名シェフが直接、経営に携われるレストランが複数テナントとして入っている。そして頻繁にイベントが開催され、賑やかな空気に包まれている。

キーワード:

広場,アイデンティティ,歴史建築物保全

ラリマー広場(Larimer Square)の保全の基本情報:

  • 国/地域:アメリカ合衆国
  • 州/県:コロラド州
  • 市町村:デンバー市
  • 事業主体:ディーナ・クローフォード、ラリマー広場協会
  • 事業主体の分類:自治体 NGO 個人
  • デザイナー、プランナー:ディーナ・クローフォード
  • 開業年:1971年(歴史保全地区指定)

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 ラリマー広場は、実質的には広場ではなくラリマー・ストリートの一画(住所的には1400ラリマー・ストリート)を指している。デンバーの都市の起源は、ラリマー将軍が1858年にコロラド州のロッキー山脈麓の土地を探索し、ラリマー広場の土地の所有権を主張したことに発している。アメリカの多くの都市は、その起源があまり明確ではないが、デンバーはまさにラリマー広場から都市が発展してきたのである。
 このラリマー広場が市の再開発計画で壊されなかったのは、ディーナ・クローフォードという個人の力に負うところが大きい。ディーナ・クローフォードが不動産業を営んでいたということも興味深い。普通、このような歴史的建築物を破壊する先陣を切るのが不動産業者であるようなイメージを日本では持たれているかと思うが、アメリカでは、このディーナ・クローフォードやチャールストンの歴史保全地区(都市の鍼治療No.63)を守ることで活躍したスーザン・プリングル・フロストなど女性の不動産業者が多いことは興味深い。
 デンバーの都市のアイデンティティを発露する空間として、一番、象徴的なものの一つがラリマー広場であると言っても過言ではないであろう。何しろ、そこからデンバーという都市は始まったのであるから。
 さて、しかし、このラリマー広場が現在(2022年4月時点)、危機を迎えている。リーマン危機からデンバーの経済は急回復したのだが、それに伴い、都心部への開発需要は著しく高まった。そのような中、2018年にラリマー広場と周縁の土地所有者が、ラリマー広場周縁部の再開発計画を発表する。それは、40階建てと10階建ての建物を二棟、新たに追加するものだった。しかし、この開発が為されることで、ラリマー広場のヒューマン・スケールは大きく損なわれることは明らかである。これらの高い建物をつくるためには、ラリマー広場の歴史保全に関する条例を改定しなくてはならないが、それが為されることによってこの地区の特徴は大きく改変されることになる。また、ラリマー広場でさえ開発が可能であれば、他の歴史保全地区も開発ニーズがあれば開発できてしまうという悪しき先例になることが危惧された。この動きはデンバー市だけでなく、国内全体の関心を呼び、2018年6月には、アメリカ歴史保全団体はラリマー広場を「失われる可能性のあるアメリカの公共空間11」に選定し、その開発がもたらすマイナスの影響を次のように指摘した。「デンバーの都心が今のように活気に溢れているのは、歴史地区としてのラリマー広場があるためであり、それがなくなれば活気も失われる」。
 その後、ラリマー広場のオーナーであるジェフ・ハーマンソンは、世間の反対に怯み、高層ビルのアイデアは却下したが、その土地を2020年12月にコロラド州外部の不動産投資会社に売り払った。この不動産投資会社は現段階(2022年4月)においては、まだどのような開発行為をしようとしているのかを明らかにはしていないが、保全に成功してから50年ほど経ち、また新たな危機を迎えているのは、都市において歴史的建築物、歴史的地区を保全することに継続的な努力と熱意が必要なことを示唆している。ディーナ・クローフォードは1931年生まれで2022年4月時点では90歳という高齢であるが、今でも元気で、雑誌や新聞の取材に応じている。
 ラリマー広場だけでなく、彼女の情熱などもデンバーの人達は次世代に継承していくことが、デンバーという都市の魅力を維持させていくためには不可欠ではないだろうか。

【参考資料】
デンバー歴史基金のホームページ
https://historicdenver.org/larimer-square/
David Eitemiller (1989) : Colorado’s Historic Sites & Museums
ローカル紙「ウェストワード」の記事(2020.08.18)
歴史保存ナショナル・トラストのホームページ記事
https://savingplaces.org/stories/celebrate-50-years-of-preservation-in-denvers-larimer-square#.YnRcYC_3Jvs
Historic Denver, “Larimer Square,” National Register of Historic Places Inventory Nomination Form (1973).
デンバー・ポストの記事(2022.04.07)
https://www.denverpost.com/2022/04/07/larimer-square-original-tenants-gusterman-silversmiths-closes/

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