244 汽車道(きしゃみち)(日本)
ストーリー:
横浜の新港地区は1917年に近代的な島式埠頭として、横浜港の貿易の中心的な役割を担うことを期待されてつくられた。そして、その貨物輸送を担う臨港鉄道が「東横浜駅(現在の桜木町駅付近)」と「横浜港荷扱所」(税関)の間に敷設された。この新港地区は港湾機能の変化に伴い、再開発事業の対象となり、1983年から「みなとみらい21」事業が着工した。そして、役割をなくした臨港鉄道は1987年に廃止され、1989年に開催された「横浜博覧会」が軌道に列車が走った最後となった。
横浜市は、この鉄道路線跡を「歴史軸」と位置づけ、貨物線跡など産業遺構を残してプロムナードを整備することを決定する。事業は1995年に始まり、それが供用されたのは1997年である。それは、桜木町駅から新港地区のシンボルである赤レンガ倉庫までを結ぶ500メートルに及ぶ歩行動線であり、それ自体が、その土地の歴史を次代へと継承する歴史的資産であり、ランドマークとして機能することが期待された。
この動線はその屈曲した細長い形状がソーセージを彷彿させるとして「ウィンナープロムナード」との愛称で呼ばれていたのだが、1966年に名称公募をして「汽車道(きしゃみち)」に改称される。横浜市が汽車道の整備に関連する方針として打ち出したのは次の二点である。
1) 新港地区の歴史性の継承と魅力ある水際線の緑地プロムナードの形成
2) 都心臨海エリアを回遊する骨格的なプロムナード軸としての形成
そして、これらの指針を踏まえて、そのデザインにおいての考え方を次のように設定した。
*「港の歴史」を伝える港湾の歴史的資産を基盤としたさりげない景観づくり
*「港ヨコハマらしさ」のイメージ醸成をめざした新しい水辺環境づくり
*「季節感や四季」を感じられる植栽デザイン
*「楽しさや親しみ」のある安全で快適な海辺の散歩道づくり
*「新港地区の一体性や調和」に配慮した施設デザイン
これらの考えを具体化させるために、①臨港鉄道線路を復元しての活用、②横浜らしい「海・港」を体感できる空間づくり、③鉄道橋梁の土木遺産としての保全・活用、④石積み護岸(旧臨港線護岸)の保全、⑤「汽車道」の歴史的環境を繋ぐ景観軸の形成、が図られた。
① 臨港鉄道線路を復元しての活用とは、事業開始時には、ほとんど撤去されていた線路を復元させることである。軌道敷には上下線2本の軌道があったが、歩行者の幹線動線としての機能確保という観点から上り線のみの復元整備ではあるが、これによって、かつてここに鉄道が走っていたという場所の記憶の継承を図った。
② 横浜らしい「海・港」を体感できる空間づくりとしては、港から街へと都市機能がシフトし、多くの人を迎え入れていく場として、横浜らしさの遺伝子を育てていくデザインを行った。したがって、装飾的なデザインの導入は避け、港湾の土木遺産が基盤となる歴史的な環境を活かしたシンプルな景観形成を図り、さらにはいつでも海を感じることができるような開放感のある空間づくりを行った。具体的には、護岸際の安全柵の高さを低くし、形状も水面への見通しなどを考慮したスレンダーなものとしたり、夜間照明もフットライトを主体としたり、植栽なども並木植栽を避けたり、既存樹を活かしつつも海辺の風景にあったエンジュやオオシマザクラなどを選定した。さらには、歩くだけでなく、海を眺めたり寝転んだりできる園地機能を配置したりもした。
③ 鉄道橋梁の土木遺産としての保全・活用については、当時最高水準の橋梁技術でつくられアメリカから輸入された港一号橋梁、港二号橋梁という2つのトラス橋を、次世代へ継承できる「横浜の土木遺産」として修復・保全し、橋梁の強度も補強し、現役復活させることにした。さらには、大岡川河口に架設されていた「横浜の土木遺産」に指定されていた旧大岡橋梁というトラス橋を港三号橋梁の場所に移設した。
④ 石積み護岸(旧臨港線護岸)の保全については、そこが海側から見た場合のプロムナードの風景の基盤となることや、海面とプロムナードをゆったりと調和させる効果もあることなどから、土木資産としてしっかりと現状を維持保全することとした。
⑤ 「汽車道」の歴史的環境を繋ぐ景観軸の形成に関しては、本来であれば汽車道は臨港鉄道の軌道通りに赤煉瓦倉庫の埠頭まで延びることが望ましいのだが、道路などによって寸断されることもあり現状保存は難しかった。そこで、汽車道の延長線上に位置する赤レンガ倉庫をアイストップとした景観軸の形成を図ることにした。この景観軸を確保したことで、埠頭まで延びていた臨港鉄道の記憶を風景として保存・継承することを可能としている。
その後、1999年には新港側に運河パークが整備され、さらには2002年には赤レンガ倉庫も整備され、汽車道の通行者が増えていく。加えて、その動線上にナビオス横浜(横浜国際船員センター)が建設されるのだが、その際、汽車道からの視線誘導を図る上で支障となることが懸念され、その処方としてナビオス横浜の建物下部にピロティー状の巨大な開口部が設けられた。これによって、汽車道から赤レンガ倉庫を見通すことができる景観軸が維持されただけでなく、ナビオス横浜の建物が巨大な額縁のような機能を果たしており、その景観軸のオリエンテーションをむしろ強化させている。
汽車道の都市デザインは、「土木学会デザイン賞2001」において最優秀賞を受賞している。
キーワード:
歩道,プロムナード
汽車道(きしゃみち)の基本情報:
- 国/地域:日本
- 州/県:神奈川県
- 市町村:横浜市
- 事業主体:横浜市
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:祐乗坊進
- 開業年:1997
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
都市において優れた歩行環境をデザインすることは、その都市の魅力を高めるうえでは極めて重要である。横浜市の大開発事業である「みなとみらい21」には、赤レンガパーク、大桟橋埠頭、象の鼻公園、新港パーク、横浜ワールドポーターズなど点としての魅力ある施設が多く整備されているが、それをいかにネットワーク化させていき繋いでいくかが面としてのその場所の魅力を向上させるためには肝要だ。そして、そのネットワークがアメニティに溢れ、快適なモビリティが提供できていれば、さらに素晴らしい。そのようなネットワークとして、汽車道はほとんど満点のようなデザイン的な解決案となっている。それは、「みなとみらい21」に散在する施設を「繋いでいる」だけでなく、過去と現在をとも「繋いでいる」。まさに、複雑な幾何学の問題を解決に導くかのような絶妙な補助線のような役割を担っているのだ。
日本の都市は例えばアメリカやブラジルのように未開の土地(タブラ・ラサ)を新たに開発してつくったケースは数少ない。しかし港湾開発のような、海を埋め立てて新しくつくられた土地の開発は、極めて貴重な都市開発の機会を自治体に提供してくれる。そして、そのような機会は日本人の都市デザイン、都市づくりの能力、センスが問われる数少ない場でもあるのだ。
長期的なビジョンの欠如、短期的な採算性を意識した土地開発、交通計画と土地利用計画の不整合による混乱、公共性に対する意識の低さ等の原因によって、日本の都市デザインはあまり目を引くものは少ない。しかし、相対的に制約が少ない埋め立て地においては、世界とも伍することのできる優れた都市空間を具体化させることができる。横浜のみなとみらい21はまさにそのような機会を提供し、「汽車道」はその機会を見事に都市デザイナーが活かした事例であると考えられる。
横浜市の都市デザインに詳しい横浜市立大学の鈴木伸治先生は、「海外の都市計画関係者を案内しても、このような(汽車道のような)空間はなかなかいいといったコメントをよく聞きます」と筆者に教えてくれた。特に、ナビオス横浜の建物が、この汽車道の動線を優先して、建設する際、地上階から数階分、大きな開口部を設けていることは、経済性ではなく、都市というマクロな空間におけるデザイン性を優先した「ツボを押さえた」試みである。これによって、汽車道の直線上のアイスポットに赤煉瓦が見える。この開口部が一つの絵画のようであり、ナビオス横浜の建物が巨大な額縁のような存在となっている。これを具体化させた横浜市役所の職員の見識の高さには頭が下がる。
汽車道の空間デザインを担当した祐乗坊進氏は、人と土地との繋がりが大切であるという意識でランドスケープ・デザインを手がけるようにしてきた。汽車道のデザインでは、「計画地に刻まれている人との関わりを探し出し、評価し、繋いでいくこと」が重要であるという認識のもと、臨港鉄道の軌道に注目した。そして、この軌道は「プロムナードのデザイン意匠としてだけではなく、線路の機能もきちんと繋いでいけば、ここを訪れる人とのコミュニケーションを生み出す可能性を持っている」と考えた。現状では、線路機能が使われていないが、これが活用されることで、ふたたび汽車道がその「記憶」を現在に甦ることができるのではと祐乗坊氏は期待をしている。
「記憶」を繋ぐという点では、まだ改善の余地があるかもしれない汽車道であるが、前述したように点として散らばっている施設を見事に繋ぎ、歴史的遺産を維持し、そして景観ビスタを形成したということでは、素晴らしい補助線引きの事例、まさに都市の鍼治療として優れた事例であると考えられる。
【取材協力】祐乗坊進
【参考文献】
『日経アーキテクチャー』 2001年12月10日号
『ランドスケープ・デザイン』23号 2001年3月
『風景における「記憶」というDNAの継承について』祐乗坊進
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