341 ローヌ川左岸プロムナード「ローヌ川の土手」(フランス共和国)
ストーリー:
フランス南東部にあるリヨン。古くはゴール人の首都であり、中世においては絹織物産業が栄え、交通の要所でもあり、15世紀末には既に銀行が設置されるなど、フランス中部の中核的な産業都市であった。
リヨンにはソーヌ川とローヌ川が流れる。ローヌ川は、スイスのローヌ氷河を水源とし、レマン湖を経由してフランスに入り、リヨンでソーヌ川と合流し、その後、地中海に注ぐ。フランスの四大河川の一つであり、全長は821キロメートルに及ぶ。
そのローヌ川であるが産業革命後、その物流の利便性から河岸沿いに工場や倉庫が立地していった。しかし、19世紀の終盤頃から、物流は船から鉄道そして自動車へとシフトしていき、ローヌ川河岸は衰退していき、ローヌ川の東側の河川敷きは駐車場として使われるような事態になってしまった。その駐車場を公共空間へと転換させることを目的として実行されたのが、2001年にリヨン市長となったジェラルド・コロンブが主導した「ローヌ川の土手(Berges de Rhône)」という名称のプロジェクトである。
具体的には、ローヌ川上流にあるテット・ドール公園と下流のジェルラン公園との間にある河川敷き5キロメートルに及ぶサイクリングロードと遊歩道を含む回廊状の公園を整備するというプロジェクトである。この新たにつくられる公共空間は、市民そしてリヨン広域住民がここで憩い、交流を育めるような場所として機能することが意図された。
リヨン市は「ローヌ川の土手(Berges de Rhône)」のデザイン・コンペを広域リヨン行政府と連携して行った。そして、2003年に行われたこのコンペで一等を取ったのが、インシテュ・ランドスケープ・アーキテクツ、フランソワーズ・ヘレネ・ジョウダ建築事務所、クーデクラットの照明デザインの協働チームであった。
デザインを詰めるうえでは、市民とのワークショップが2003年~2005年の間に15回も開催した。そこでは、おもに市民が何をここに欲しているのかをヒアリングするために行われた。これは、具体化されたデザインのアウトプットと市民とのニーズが乖離することを極力、減らすためである。
工事が開始された2005年には「ここでの駐車は禁止する」との看板が元駐車場に立てられた。これは、この空間が自動車ではなく人々が利用するものとなることを人々に認知することを意図したためである。それは、大袈裟にいえば都市政策が車から人へとシフトしたことを高らかに宣言したことでもあったのだ。駐車場への需要は別の箇所に立体駐車場を整備することで対応した。
建設工事が完了したのは2007年。それまで駐車場であった空間は、多機能の公共空間に生まれ変わり、それまでアプローチが難しかったウォーターフロントが広く人々に開放された。また、駐車場が減ったために、多くの市民や観光客に、この公園を訪れる際に自動車ではなく、公共交通や自転車、徒歩での移動を促すことになった。
公園のセクションは8つの区間に分けられている。それぞれに、その場所の特性を活かしたデザインが為されており、5キロメートルの遊歩道を歩いていても飽きることはない。ローヌ川に沿って走る自転車道は素晴らしい眺めを誇り、それはまた、ジェノバ湖と地中海を結ぶヨーロッパの自転車道の一部を為している。公園の中心に位置するのはギョティエール・テラス(Terrasses de la Guillotière)である。これは、階段テラスの護岸と徒渉池から成る空間だが、この階段テラスからは、ローヌ川とその向こう岸にある世界遺産の旧市街地を望むことができる。ここでは、多くのイベントも開催され、その際、階段テラスは絶好の観客席として機能する。このプロジェクトをその著書で紹介した中野恒久氏は、この空間を「まさに環境デザインの勝利と言うべき水辺の景観整備の事例であろう」と述べている。
回廊の幅は5メートルのところもあれば、75メートルのところもあるなど変化に富んでいる。場所によっては、自然を随分と感じるところもある。公園の中央部には飲食ができるバー、情報センター、自転車レンタル場、釣り場などが設置されている。さらに、ギョティエール・テラスの下流には1960年代につくられたプールがリニューアルされ、その隣にはスケート用の施設やスポーツができる設備などもつくられた。このプロジェクトは、ローヌ川の歴史的開発を否定するのではなく、新たな価値を付け加えるというコンセプトのもとにデザインされている。それまでの単一的な機能ではなく、多様な機能を空間に持たせると同時に、それまでの透水性のないアスファルトではなく、透水性の持つ地表面にすることで、より人々が快適にウォーターフロントを楽しめるようにしている。
「ローヌ川の土手」は、住民から高く評価され、今では日々の生活でリヨン市民にとって重要な空間として受け入れられている。プロジェクトの総費用は4400万ユーロ。EGHN欧州庭園賞(2012年)を始めに、幾つかの賞を受賞している。
キーワード:
ウォーターフロント,プロムナード,歩行者空間,広場
ローヌ川左岸プロムナード「ローヌ川の土手」の基本情報:
- 国/地域:フランス共和国
- 州/県:ブーシュ・デュ・ローヌ県
- 市町村:リヨン
- 事業主体:ル・グランド・リヨン(現メトロポール・リヨン)
- 事業主体の分類:自治体
- デザイナー、プランナー:ジェラルド・コロンブ市長、インシテュ・ランドスケープ・アーキテクツ
- 開業年:2008年
ロケーション:
都市の鍼治療としてのポイント:
私の手元に、リヨン市が旧市街地の世界遺産登録を記念して2002年に出版した本がある。この本に次のような記述がある。「不幸なことに19世紀以降、リヨン市は二つの川に背を向けてしまった。自動車に河川沿いを明け渡してしまったことで、リヨン市の人は二つの川がどれほど素晴らしい展望を提供してくれるかということを徐々に忘れ去ってしまった」(”Lyon, un site, une cite” p.84)。私はこの文章に触れた時、この本はどれだけ昔に出されたものかと思い、それを確認して2002年と比較的、最近であったことを知り、大きなショックを覚えた。
それから20年ちょっとしか経っていないのに、リヨン市は少なくともローヌ川に関しては、そこを自動車から人に取り戻し、川が提供してくれる素晴らしい展望を享受できるように、川への取り組みを180度転換させた。2002年というと「ローヌ川の土手」のプロジェクトのコンペが実施される1年前である。もしかしたら、この本が市長を奮起させたのではないか、と勘繰ってさえしまう。
ウォーターフロントを有する都市は幸運である。それは、船舶が重要な物流手段であった時は経済的な富をもたらし、その沿岸は工業地帯・倉庫地帯としての貴重な土地を提供した。そして、脱工業地帯になり、その経済的な富をもたらさなくなった後は、賢明な都市政策を遂行し、素晴らしい都市デザインを施すことによって、アメニティ豊かな人々に愛されるような空間となることができる。もちろん、そのような空間を具体化するためには、しっかりと行政がリーダーシップを発揮して、その再生プロジェクトを遂行することが必要ではあるのだが、それを上手く成し遂げた時の成果は極めて大きなものがある。リヨンのローヌ川のプロムナード整備は、改めてそのことを我々に再認識させてくれる。
これまで「都市の鍼治療」でも多くの事例を紹介してきたが、逆にいえばウォーターフロントを有しているにも関わらず、しっかりとそのポテンシャルを活かしていない都市は、是非とも「ツボ」を押すべきである。それによって、都市の状況は大きく改善されるであろう。日本にはウォーターフロントを擁する都市が数多くある。しかし、そのウォーターフロントをリヨンの「ローヌ川の土手」プロジェクトのように、アメニティ溢れる空間へと再生できた事例は数えるほどもない。とても勿体ないことだと思う。
【取材者】
Sebastien Chambe (Metropolitan Lyon 都市・交通局長)
【参考資料】
服部圭郎『ヨーロッパから学ぶ豊かな都市のつくりかた』(ハイライフ研究所)
http://www.hilife.or.jp/yutakanatoshi/yutakanatoshi_1.pdf
リヨン・メトロポールのホームページ
https://www.grandlyon.com/
インシテュ・ランドスケープ・アーキテクツのホームページ
https://www.in-situ.fr/#/en/projects/berges-rives/berges-du-rhone
中野恒明(2018)『水辺の賑わいをとりもどす』(花伝社)
ランドスケープ8のホームページ
https://land8.com/extraordinary-development-re-connects-city-with-the-river-bank/
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