333 ロウリュ公共サウナ(フィンランド共和国)

333 ロウリュ公共サウナ

333 ロウリュ公共サウナ
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333 ロウリュ公共サウナ

333 ロウリュ公共サウナ
333 ロウリュ公共サウナ
333 ロウリュ公共サウナ

ストーリー:

 ヘルシンキはバルト海に面した都市である。しかし、そのウォーターフロントを十二分に活かした建物はあまりつくられてこなかった。2016年にヘルシンキの中心部から南に約2キロいったところにある、現在、大規模再開発事業が進んでいるヘルネザーリ地区(事業完了は2030年予定)のウォーターフロントにつくられたロウリュ公共サウナは、そのような状況を大きく変え、人々のウォーターフロントへの意識をも変革させたようなプロジェクトだ。
 このプロジェクトはヘルシンキ市の主導で始まった。ヘルネザーリ地区ではクルーズ船が停泊することもあり、ヘルシンキ市はこの地域を活性化させたいと考えたのである。プロジェクトは2011年に始まり、最初はヘルネザーリ地区の半島の先端に仮設のサウナを設けた。しかし、これは経営的に難しく、このサウナの投資家は事業継続を断念した。次に、別の投資家とともに、海に浮かぶサウナを検討したのであるが、これは物理的に難しいことが判明し、その計画は頓挫した。そして、三度目のコンセプトは、海岸沿いに平たい三角形のようなサウナを設置するというもので、これに投資することに賛同したのが俳優のヨスパー・ペアーコネン(Jasper Pääkkönen)と国会議員のアンテロ・バーティ(Antero Vartia)であった。彼らが投資を確約したことで、三度目の正直として、このヘルネザーリ地区の公共サウナというプロジェクトが具体化することになる。
 ロウリュの公共サウナは海岸沿いに立ち、現在は周辺にはまったく建物はない。そして、そのデザインは集成材の板で蔽われた盛土のようなもので、集成材の色も建てられてから時間が経ったこともあり、黄土色から黒灰色という周辺の海岸にある花崗岩のようなものへと変容していき、周辺のランドスケープに見事に溶け込んでいる。
 建物内には2つのサウナがあり、一つは現代的なスモーク・サウナであり、もう一つは伝統的な木を燃やして熱するサウナである。2時間利用での料金は25ユーロ(2024年5月時点)であり、規則で水着を着用することが求められる。ロウリュの建物を蔽う板は、サウナ利用者にプライバシーを確保するのと同時に、内部から海を望むことを可能とする。サウナからそのまま海に飛び込むことが可能である。建物の内部からはどこでも海の展望が得られるような工夫がなされているが、特に階段でアクセスできる屋根からはヘルシンキ市街地も展望でき、それはなかなか見応えがある。
 サウナにはレストランが併設されており、そこではミートボールや鮭のクリームスープなどのフィンランド料理を楽しむことができる。このレストランからはバルト海の広大なる風景を楽しむことができ、サウナを利用せずともヘルシンキという大都市における雄大な自然を体験することが可能である。その床面積は1,071 m²である。
 ロウリュはつくられると同時に、そのユニークな建物の意匠などから、たちまちヘルシンキの人々の関心を引くことに成功する。そして、フィンランド観光協会によると「フィンランドで最も有名なサウナ」(https://www.visitfinland.com/en/articles/must-experience-saunas-in-helsinki-region/)と紹介されるほどの知名度を有することになった。
 このようにロウリュは開業すると同時に多くの注目を浴び、ヘルシンキを代表する観光目的地の一つとして位置づけられるようになる。アメリカのタイム誌は2018年版の「世界の偉大な100の場所」にロウリュを含め、ヴォーグ誌は2017年の特集記事としてロウリュを取り上げた。建築もシカゴ・アテナエウム国際建築賞(2018)などを受賞している。

キーワード:

文化施設,公共空間,サウナ,アイデンティティ,ランドマーク

ロウリュ公共サウナの基本情報:

  • 国/地域:フィンランド共和国
  • 州/県:ウーシーマ県
  • 市町村:ヘルシンキ市
  • 事業主体:Jasper Pääkkönen、Antero Vartia, ヘルシンキ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:Avanto Architects
  • 開業年:2016年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 広大なる再開発地区に人々の注目を集めさせることはなかなか難しい。そこに人々の足を運ばせるとなると尚更である。しかし、再開発という巨大な公共予算が投資される事業に人々を支持させるためには、まずその事業をしっかりと認知してもらうことが不可欠である。そのような難しい役割を見事にこなしたのが、このロウリュ公共サウナである。
 ロウリュ公共サウナが立地している場所は、工場跡地の再開発事業が進展している土地の横である。ヘルシンキ24という塀(都市の鍼治療事例No.329)によって工事現場は見えず、またこの壁が心理的なバッファーとして見事に機能しているということもあるが、現時点ではヘルシンキの都市の最果て感がするような場所である。アクセスも必ずしもよいとは言えない。トラムの終点から数分、海岸沿いの道を歩かなくてはならない。しかし、この都市的要素がほとんど何もない海岸沿いにポツンと建つ木造の建物は、強烈な磁力を発している。建物が派手という訳ではない。いや、むしろ真逆である。木造でつくられた平たい建物は、むしろ海岸沿いの風景に溶け込み、遠くからは海岸沿いの土地が隆起したようにも見える。ただ、その地味というかナチュラルな感じが、フィンランドのサウナというイメージとマッチしたのであろうか。地元の人だけでなく、近年では観光客も多く訪れるスポットとなり、ヘルネザーリ地区の知名度を上げることにも貢献している。
 それにしても、この知名度を上げる仕掛けとしてサウナを検討したことは興味深い。フィンランドという国にとってサウナは極めて重要なコンテンツである。フィンランドという国は独立後、そのアイデンティティを確立させることに極めて強く努めてきた。スウェーデン、そしてロシアによって長い間支配されてきたフィンランドがようやく独立したのは1917年である。両国の影響を強く受けてきたフィンランドの独自性を打ち出せるものとしては真っ先にフィンランド語が上げられるが、それ以外で、内外の人に納得してもらいやすいものとしてはサウナがある。フィンランドの人口は550万人であるが、国内にはサウナ施設が330万ほどある。ただ多くのサウナは家の敷地内にある個人所有のものであり、これまで外国観光客が気軽にサウナを経験する機会は少なかった。そこで、季節を問わずサウナの体験が初心者にも比較的容易にできるような施設としての公共サウナを、ヘルネザーリ地区の目玉施設としてつくることにしたのである。このコンセプトは見事にヒットし、サウナを観光客が体験する機会を提供すると同時に、ヘルネザーリ地区の広告媒体としても見事に機能した。決して大きなプロジェクトではないが、一石二鳥的な役割を果たすことに成功した「都市の鍼治療」事例であると考えられる。

【参考文献】
ロウリュのホームページ
https://www.loylyhelsinki.fi/en/the-loyly-story
フィンランド建築ナヴィゲーターのホームページ
https://finnisharchitecture.fi/loyly-public-sauna-and-restaurant/
The Finlandia Prize for Architecture 2016 shortlistのホームページ
https://www.archdaily.com/794785/4-projects-named-as-finalists-for-the-2016-finlandia-prize
設計事務所Avantoのホームページ
https://avan.to/works/loyly/

【取材協力】
Eeva Aarrevaara教授(ラハティ応用科学大学)

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