vol.6
まとめにかえて
(1)小堀哲夫教授への
取材インタビュー
芦原温泉「べにや」との出会い、
テリトーリオの出発点
- 小堀さんがべにやさんに
「テリトーリオ」を実体化させた -
べにやさんの再建の設計のプロセスを通して、どういうふうにテリトーリオっていうのを取らえたかっていうことがすごく大事だったと思う。べにやさんと一緒に京都など、いろんなとこの取材を行ったわけです。瀬戸内まで行きました。それはなぜかというと北前船のルートだからということで行ってるんです。その意味でテリトーリオをべにやさんと一緒になって発掘しました。
その結果、現在べにやに置いてあるグッズはそういうストーリーで全部出来上がってるんです。和紙とか陶器、お酒、それらの多くが我々が取材に行ったところ、所縁のあるところで、料理もそうなんです。べにやさんの朝食、 全部テリトーリオで行こうよって決めたんです。旅館がテリトーリオの拠点になる可能性があるということを 実体験しました。
建築設計とテリトーリオ研究
- 小堀さん自身が建築設計と
テリトーリオの結びつきを
どう感じられていたのか -
建築だけを単体で考えると、その建築の綺麗な内装とか綺麗なデザインとか、かっこいい家具とかって、そういう世界を提供するっていうのが我々の最低限の仕事なんだけど。ただ、旅館を調べれば調べるほど、旅館って地域資源のコアになっていて、そこには食文化、人、周辺の街との連携、例えば旅館じゃなくて、外を歩いていて、お酒飲んだり、蕎麦屋に行ったり、何か体験したりっていう、その一連の拠点としての旅館の可能性をすごく感じたんですね。
べにやの設計の前に、ワークショップを実施した時にすごいびっくりしたのは、旅館に勤めてる人たちだけ来るのかなって思ったら、奥村夫妻(べにや旅館代表者)がいろんな人を呼んできた。それで、テリトーリオというものが僕の中ではしっくりきたんですけど、誰を呼んだかっていうと、まず他の旅館の女将さん(経営者)、普通、経営者って自分の旅館だけ成功すればいいって思うんだと思うけど、彼らは違っていて、やっぱり芦原温泉全体としてどうするのかっていうことを考えないといけないっていうことを、すごく真剣に議論しようとするベースがあったわけです。
女将の会(芦原温泉の十数件の旅館の女将さんで作る会)というのがあって、お酒も自分たちで作ろうみたいな動きもあって、何よりも仲がいい。そういった地域資源とかポテンシャルが実は芦原にはすごくあるということに直ぐに気付いたんです
食という強い繋がりが
テリトーリオのキーポイント
- 具体的に地域資源というか、
結びつきのコアだと感じたことは -
旅館で重要な『食』っていうものがテリトーリオのひとつのキーになっていることが分かってきたんです。代表例を紹介すると、女将さんに先ず連れてってもらった『おけら牧場』。彼らは福井で何もない大地を開墾して、農業というものを一から作り上げるということをやって、いろんなことにチャレンジしている。
我々は食べ物って、どこから来てどこに行くのかなんて、実は全然考えていないじゃない。だけど、イタリアに行くと『キロメートルゼロ』っていう考え方があって、拠点から1キロ圏内で取れる野菜とか食材というものが、当然のようにスーパーで売ってるわけです。『キロメートルゼロ』っていうコーナーは、朝採れた野菜とか、朝生まれた卵だから、美味しいに決まってるっていう考え方で、それをみんなでたいせつにしなきゃいけない。
日本の場合、どんな野菜見ても、どこかの名産地の○○県産とかが主流で、東京、江戸野菜なんて我々は滅多に食べることはないですよね。だからそういった意味では、地方だとそれが成立してるってことが分かった。とにかく近くに農作物がある。
他に、豆腐屋、そしてトマト屋さん。トマトは越前ガニの食べかすを粉砕して、それを肥料にして作ってます。お米もべにやさんは生産者から直接買うんです。そこに連れてってもらったんだけど、丁寧に有機農法でお米を作ってたりする。旅館は米を大量に必要とするじゃないですか。毎日、毎日、消費してくれるっていうことがあるから、農家との関係が成立する。
そういった意味でいうと、べにやさんだけそうするってことじゃなくて、拠点としてあるからこそ、地域が発展するっていうこと。その相互関係の中で街が成立してるっていうところがまだまだ残っている地域なんですよ。所謂、グローバリズムに対抗するようなローカルな考え方がまだ芦原地域には残っていて、それが一つ大きな地域資源なんじゃないかなと思ったんです。
まだ残ってる細い線を太い線にしていく必要はあって、越前焼きにも行ったし、メガネの鯖江にも行った。本当はいっぱい、いっぱいあって、そのひとつが、べにやという一つの拠点での繋がりですね。
地域文化と異邦人
- 生産物以外にも、
何か発見はありましたか -
他に我々が注目したのはお祭りですね。地域文化では、『餅まき』だったり、『水まつり』(水かけ)。そういうのも旅館を中心に行われてる。だから、設計においても縁側を作ろうという話になった。なんかそういった、まだ残っている、眠っている地域の文化的な資源っていうのは、その地域の人は気づかないことも多い。当たり前過ぎてだけど、我々みたいな異邦人が行くことで、それを再定義し、再デザインして、再評価してくっていうことがこれから重要で、それをやれるのは建築家とか、デザイナーとか、そういう人たちかも知れない。そこにローカルとグローバル、うまくこう繋いでいくきっかけになる場所の有力な一つが、やっぱり旅館。
取材相手として選んだ
現地のクリエイター
- 研究室の学生の取材先が
現地クリエイターであったことには
正直、驚きました -
内田さん(HUDGE)と新山さん(TSUGI)、すごくヒントがあるなと思って、面白いなと思ったんです。ある意味第三者的であり、かつなんかこう、クリエイター目線というのがね、似てますよね、立ち位置が私たちに近いですよね。それこそ農作物を作ってる方だと、ちょっとこう、どうしても距離感あるし。いいことでもあるんだけど、近視眼的になっちゃうんで。
新山さんは建築の出身だもんね。やっぱり建築の卒業先ってこういう世界もあるよっていうことも興味深い。新山さんも内田さんも、すごく福井について勉強してると思う。地域に根付いていて、さらに新山さんて福井出身じゃないっていうのも面白いね。移り住んでいくということの意味も興味あるよね。
テリトーリオ研究における
ポイント
- 今回の学生の取材について、
小堀さんが感じたこと、
期待したこととは -
先ず、やっぱりデザインっていう力で地域を活性化するっていうのは、これから非常に重要になってきている。デザインって、今までは物とかプロダクツっていうのが、みんな概念としてあったと思うんですけど、街そのものをデザインして、街の活動もデザインしていくということにおいて、新山さんも内田さんもその先頭を走っている人たち。それが東京じゃなくて、やっぱ地方にこれからどんどん活躍できていくフィールドがあって。むしろ東京よりも地方の方が、ポテンシャルが高いなっていうのはすごく感じるんです。
この取材をすることっていうのはすごく有効だから。みんな設計でネットワーク図作るのって机上でネットで調べて終わり、そういうものじゃない。リアルに腹落ちするようなね、体で感じるネットワークっていうのを本当は感じてほしいんだよね。
このプロジェクト、それは福井に限らない。あらゆるところで存在するから、そういうことをちゃんとこうきっちりまとめて発信していくことで、地方が元気になってくる気がするよね。繋がっているっていうことなんです。それをちょっとうまく取材できるといいかなと。
【インタビュー取材終了】
(2)後記:取材を終えて
取材メンバー
【法政大学デザイン工学研究科
小堀哲夫研究室】
実は、私たち4人のうち3人が福井に初訪問でした。この度の取材インタビューで刺激的なお話を聞いて、圧倒的な自然に触れ、「これから北陸新幹線が通るぞ」という職人さん達のわくわくとも不安ともとれる期待感を感じ取りました。『絶対もう一度行きたい』とみんなで話しています。以下は取材内容の要約ではなく、取材後の私たちの感想です。
新山さん、内田さんの共通点
お二人に共通して言えるのが、やはり『行動力』だなと感じています。
新山さんは学生の頃に福井に飛び込んで、という第一歩がまずありますし、そこから自分の人間力と突破力でコミュニティを築き上げていくという、人を巻き込んでいく力も持ち合わせていらっしゃいます。
内田さんはもともと福井の生まれですが、職人の家に囲まれて過ごして、地域ごとの特性を小さいときから肌で感じていて、大人になってからも産業の動きを敏感に感じ取り、地域を支えて、盛り上げる活動家になっているのですね。
お二人に共通する行動力が、キーパーソンとの繋がりを運んだり、人と人の出会いを生むコミュニティを育んだりしていて、これが、新山さん、内田さんそれぞれの「テリトーリオ」なんだと思います。
テリトーリオに
‟入り込む”新山さん、
‟向き合う”内田さん
このそれぞれのテリトーリオ、違いを述べると、「テリトーリオとご本人の距離感」にあります。
お二人とも福井愛はもちろんあるのですが、新山さんはテリトーリオの〈中心〉にいて、逆に内田さんはテリトーリオの〈隣〉にいるように感じたのです。
情報発信の手法として、新山さんは点在している産地それぞれに入り込んでいく手法を取っているのに対して、内田さんは産地が別のコミュニティを一つの所に集める手法を取っているからというのもあると思います。でも一番影響しているのは「出身地」なのかな。
新山さんは福井を「選んだ」から積極的に人に触れあって理解を深め合いたいと思っているし、内田さんは福井が自分自身の根本だから、どちらかというと冷静な目線で福井を見ているように私たちは読み取れました。
結局はお二人の性格によるものなのかもしれませんが、テリトーリオとの接し方はその人の生い立ちが影響するということは一つ言えそうですね。
女将さんとテリトーリオ
実は新山さんと内田さんの取材の後、小堀先生から「女将さんにも取材すべきだ」ということを強く要請されました。女将さんにインタビューさせていただいて、その意味がよく分かりました。お忙しいにも関わらず、現地を数か所、実際に案内していただけました。恐らく、言葉よりも肌で感じて欲しいという気持ちからだと思います。とにかく、「こんなに素晴らしいから是非感じて欲しい」という気持ちが温泉のように湧き出て来る感じなのです。
また、関わる「ひと」「もの」「こと」全てを喜びで結びつけるような情熱が伝わってきて、こちらもハッピーになるのです。街を訪れる人、お客様がハッピーになるためには、地域の人がハッピーでないといけない。そんな思いが良い循環、テリトーリオを育んでいるということが伝わって来ました。