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2024年度“高齢者の食事情”最新レポート
第6回 高齢者のタンパク質摂取の意識と実態
“タンパク質摂取を訴える商品が増え、高齢者の購入需要も急増トレンド?”

2024年度の「買い物から見えるくらし -食の購買行動定点観測-」6回目となる今回は、高齢者にとって重要な栄養素として近年注目度が高い「タンパク質」摂取の状況を、食品スーパーの購買データや国民・健康栄養調査から探ります。
購買データに関しては、特に引用元の表示がない場合株式会社ショッパーインサイトの購買履歴データを用い、同社が保持する購買履歴データを本コンテンツ向けに独自の集計、加工を行い分析いたしました。集計対象期間は2023年11月~2024年10月の一年間、前年比対象期間を2022年11月~2023年10月としております。

1.高齢者にも注目される栄養素「タンパク質」

「タンパク質」とは、炭水化物、脂肪と並び三大栄養素と言われる栄養素で、筋肉や臓器や毛髪を作ります。またホルモンや抗体もタンパク質でもあり人体にとって欠かせないものです。このタンパク質は肉や魚や卵や乳製品、また大豆を原料とする豆腐や納豆にも多く含まれており日々一般的に摂取されている栄養素でもあります。
2007年に日本整形外科学会が加齢などの原因による筋力低下などに起因する歩行他の運動機能低下を「ロコモティブシンドローム(略称:ロコモ)」という概念で提唱し、2014年には日本老年医学会が「フレイル(Frailty:虚弱)」という健康な状態と介護状態の中間的な状態を指すロコモを包含した概念を提唱、2016年には国際疾病分類に加齢により筋肉量の減少や筋力が衰えた状態を指す「サルコペニア」が疾患として加わり、次第に高齢者の筋肉の衰えが重要な健康問題として認識され、高齢になっても介護状態にならず元気に暮らすためには筋肉が重要と意識されるようになってきました。サプリメントの世界ではでは「ロコモ」と入った商品名も目立っていますね。
(本稿では以後これらを総称して「フレイル対策」と呼ぶこととします)
フレイル対策のためには筋肉量を増やすことが重要になりますが、これに必要な栄養素が筋肉の原料となるタンパク質です。このフレイル対策に関連してタンパク質摂取の重要性が近年認識され、タンパク質摂取をうたう食品も多く発売され市場に定着しました。
高齢者におけるこの動きと並行して若年層においても筋トレブームが到来し、近年老いも若きも筋肉を付けることとそのためのタンパク質摂取を気にするようになったのが面白いですね。

■「後期高齢者の保健事業のあり方に関する研究」(ポイント):厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000125471.pdf

さてこのタンパク質摂取を謳う商品ですが、食品スーパー購買データから商品名に「タンパク」「たんぱく」「プロテイン」「プロティン」の文字列が含まれた商品が306。そのうち前記文字列が商品名でなく会社名に含まれる商品と、2022年11月から2024年10月までの期間で販売が確認できなかった商品を除くと216商品を確認することができました。以降これらの商品を「タンパク質関連商品」と呼ぶこととします。タンパク質関連商品がどのようなカテゴリーで販売されているかをまずは商品数で見てみます(図表1)。

図表1 タンパク質関連商品のカテゴリー別商品数

図表1 タンパク質関連商品のカテゴリー別商品数

もっとも商品数が多いカテゴリーは機能性食品ですが、ここには粉末のプロテインや固形のバータイプ食品が含まれます。こういったカテゴリーはフレーバーのバラエティがあることもあり商品数は断トツです。これに続くものが乳飲料やヨーグルトなどとなっています。畜産加工品や魚肉ソーセージなどを含めると、もともとタンパク質を含む食品を更に強化した商品が多い印象を受けます。
次に、カテゴリー別の販売金額を見てみます。

図表2 タンパク質関連商品のカテゴリー別金額PI(単位円。金額PI:1000人当たり購買金額)

図表2 タンパク質関連商品のカテゴリー別金額PI(単位円。金額PI:1000人当たり購買金額)

販売金額で見ると牛乳、乳飲料など乳製品の割合が多くなります。グラフにはしておりませんが、カテゴリー内でのタンパク質関連商品の金額構成比は牛乳では0.7%ほどですが、乳飲料では14.5%にもなります。牛乳はもともとの市場規模が大きなカテゴリーでもありますし、何かを新しく摂るよりも食習慣を変えずに既存の商品をタンパク質関連商品に置き換える方が定着しやすいのかもしれません。

2.高齢者のタンパク質関連商品購買は急成長中。来年には全体平均購入金額を追い越しそうな勢い

次に高齢者のタンパク質関連商品の購入金額を高齢者と全体の平均で比較してみます(図表3)。

図表3 タンパク質関連商品の金額PI全体平均比(金額PI:1000人当たり購買金額)

図表3 タンパク質関連商品の金額PI全体平均比(金額PI:1000人当たり購買金額)

高齢者の購買金額は全カテゴリーを対象とした場合全体平均を上回るのですが、タンパク質関連商品に限れば全体平均を下回り、特に後期高齢者では少なくなっています。現状、高齢者はより若い年齢層に比べてタンパク質関連商品をあまり買っていないようです。

次に前年比で見てみます(図表4)。

図表4 ドラッグストア商品別販売額推移(単位:百万円。商業動態統計調査:経済産業省)

図表4 ドラッグストア商品別販売額推移(単位:百万円。商業動態統計調査:経済産業省)

金額の絶対値では高齢者は全体平均に比べ低かったのですが、前年に比べた伸び率でみると高齢者は非常に高く、特に後期高齢者では前年比で45%増えており販売金額が猛烈に増えていることが分かります。この集計期間では全体平均より高齢者が低くても、このまま伸びれば一年後は全体平均の金額を上回りそうな勢いです。
現役世代における筋トレと、高齢者のフレイル対策は同時に進んでいますが、タンパク質関連商品の購入で見ると現役世代の筋トレ関連需要が先行し、ここに来て高齢者のフレイル対策関連需要が急追しているといったところでしょうか?

ここで高齢者のタンパク質関連商品購買をより細かいカテゴリーで、また性別、年齢層別に見てみます。

図表5 高齢者性年代別タンパク質関連商品主要カテゴリーの金額PI全体比(金額PI:1000人当たり購買金額)

図表5 高齢者性年代別タンパク質関連商品主要カテゴリーの金額PI全体比(金額PI:1000人当たり購買金額)

(表中の赤グラフが減少、緑グラフが増加を示しています)

全体と比べると購買金額は少ないことが多いのですが男性の「竹輪」「乳酸菌飲料」「コーヒー飲料」、女性の「フレーク」「ゼリー飲料」など高齢者の方が購入金額が多いカテゴリーもあるようです。

3. ところが、令和5年のタンパク質摂取量は減っている謎

このようにタンパク質関連商品が伸長しているのですが、その結果としてのタンパク質全ての摂取量の変化を見てみます。厚生労働省による「国民健康・栄養調査」というものがあるのですが、最新の結果が令和5年11月のもので、購買データの集計期間である令和5年11月から令和6年10月までの初頭のデータになりますが、トレンドの確認として挙げておきます。
まずはタンパク質摂取量の変化です。コロナ禍のため令和2年、3年は調査がなかったためその前の平成30年と令和4年、5年の変化を見てみます(図表6)。

図表6 タンパク質摂取量(国民栄養・健康調査。厚生労働省)

図表6 タンパク質摂取量(国民栄養・健康調査。厚生労働省)

前期高齢者は20歳以上の全体よりもタンパク質摂取量が多く、後期高齢者になると全体より少なくなるようです。時系列でみると令和4年度には増加していたのですが、令和5年度には減少しています。
エネルギー全体の摂取量も見てみます(図表7)。

図表7 エネルギー摂取量(国民栄養・健康調査。厚生労働省)

図表7 エネルギー摂取量(国民栄養・健康調査。厚生労働省)

エネルギー全体の摂取量も傾向としてはタンパク質摂取量と似た傾向で、摂取したエネルギーのうちタンパク質が占める比率は時系列でもあまり変化していません。
タンパク質関連食品の購買は急激に増えているのに、タンパク質の摂取量は減っているというのは不思議です。

4.肉魚卵の価格上昇がタンパク質摂取減少につながっており、タンパク質関連食品の購入が増加するも補いきれなかった?

さてこの「高齢者のタンパク質関連商品は前年より大幅に伸びているが、タンパク質摂取は減っている謎」ですが、可能性としては様々な要因があるもののおそらく「食料価格上昇による生鮮食品由来タンパク質の減少」が大きな要因と推測しています。主要なタンパク質摂取源である肉、魚の価格上昇に加えて卵の記録的な価格上昇もあり、購入金額こそ増えていてもそれらのタンパク質を多く含む食品の購入量が減ってタンパク質摂取量の減少につながり、タンパク質関連食品の購入量増加でも補いきれなかったのではないでしょうか?もしくは値上がりの分肉魚卵などの購入量が減った大多数と、一部のタンパク質関連食品を購入する摂取意識の高い人に分かれているのかもしれません。
せっかくの関心増大が、食品価格の値上がりで実は改善に結びついていないとすればとても残念なことです。

5.「フレイル対策」は高齢者が自らの手で残りの人生を変えられる取り組みで、行政の支援も行われ社会的な運動へ

これまで高齢者の健康問題としては「認知症」に対する関心が高かったように感じます。認知症ははっきりとした疾患であり、人口も多く、ケアも手間がかかるため関心が高いのは当然なのですが、日ごろの生活の中で認知症になることを確実に予防する方法があるわけでもなく、気にしてもどうしようもないことと捉えられている面もあるように感じます。一方フレイル対策は疾患や介護状態になる前に改善の取り組むことが出来るもので、日ごろの適切な運動と食事で予防や改善ができる可能性が高いという点に違いがあり、「高齢者が自らの努力で将来を改善できる取り組み」ではないかと思います。長い人生で仕事や育児など様々なことに取り組み成し遂げてきた高齢者が、もう一度目標を持って取り組みその結果健康で活動的な人生を手に入れ、社会的な介護負担も減るのであれば良いことしかありません。食糧価格の値上がりは逆風ではありますが、行政、企業、家庭で連携してフレイル対策が更に活発に行われるようになるといいのではと感じます。
一例ですが東京都足立区は令和5年より『ぱく増し』と称して、「一食20g」を目標に高齢者にタンパク質摂取を促す取り組みを始め、レシピ紹介や講習、測定会などの取り組みを行っていますがこのような取り組みも広がっていくのかもしれません。

『ぱく増し』は、高齢者の味方!65歳からのたんぱく増し生活~肉も魚も食べよう!(東京都足立区)
https://www.city.adachi.tokyo.jp/care-s/pakumasi.html

『さて、 “高齢者の食事情”最新レポートは今回で最後となります。高齢者の食事情の断片の気づきがありましたらうれしい限りです。
1年間、どうもありがとございました。