カバー画像

2024年度“高齢者の食事情”最新レポート
第4回 高齢者の食は「かんたんな食」
“高齢者の“かんたん”は「食卓をさらに豊かにする工夫」”

2024年度の「買い物から見えるくらし -食の購買行動定点観測-」は、高齢者の食に関する行動や意識、またその背景を食品スーパーの購買データを活用して洞察していきます。そのうえで「高齢者の暮らしは食が真ん中」という仮説のもとに高齢者の食の特徴を探っています。
第四回目となる今回は、高齢者においても進む調理や食の簡易化を「かんたんな食」として取り上げ、具体的な購買行動の特徴とその裏にある、現役世代とは異なる意識も見ていきます。 購買データに関しては、特に引用元の表示がない場合株式会社ショッパーインサイトの購買履歴データを用い、同社が保持する購買履歴データを本コンテンツ向けに独自の集計、加工を行い分析いたしました。

1.世帯人数が少なくなり、高齢者は料理の頑張り甲斐が無くなってくるはず?

高齢者の暮らしの一つの特徴として世帯人数の少なさが挙げられます。最初に2020年の国勢調査から、45歳以上の世帯主年齢別に世帯人数構成比を見てみます。

図表1 世帯主年齢別世帯人数構成比(国勢調査2020:総務省)

図表1 世帯主年齢別世帯人数構成比(国勢調査2020:総務省)

これを見ると、前期高齢者とされる65歳~74歳の世帯では子の独立に従い3人以上の世帯が減り夫婦だけの2人以下の世帯が増えますが、一人世帯の比率は64歳以下とそれほど差はありません。これが75歳以上の後期高齢者になると、3人以上世帯の比率はあまり変わりませんが配偶者を失うなどにより一人世帯が増加します。
世帯人数の平均値で見ると年齢が高くなるほど減少していくのですが、減少の内訳は前期高齢者と後期高齢者には違いがあります。また85歳以上でも一人世帯は半数以下ですから皆が単身で暮らしている訳ではなく、高齢者の暮らしが多様性であることに変わりはありません。

この世帯人数の減少が食にどのような影響があるかを想像すると、食事の量が減ることはもちろんとして「調理の手間をかけていられない」、言い換えると「お料理の頑張り甲斐がない」ということにつながるのではないかと考えました。特に後期高齢者で増加する一人世帯になると「自分のためだけに作る」ことになるので、作り甲斐を感じられなくなり合理化して簡単にしたくなるのは自然ではないかと思われます。
加工食品の利用による調理の簡易化や惣菜の利用による調理の外部化は、現役世代における共働きの増加に伴い平成からのトレンドではありましたが、これが世帯人数の減少とそれに伴う調理の合理化志向という現役世代とは異なる誘因によって高齢者にも進んでいる可能性があります。

2.高齢者のかんたん化は食を豊かにする工夫?

それでは、実際の食品スーパー購買データから、食のかんたん化につながるカテゴリーの購買状況をいくつか見てみます。

図表2 「かんたん」に関連する「分類2(ニ番目に大くくり)」カテゴリーの別金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

図表2 「かんたん」に関連する「分類2(ニ番目に大くくり)」カテゴリーの別金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

こちらを見ると「加工食品」(漬物や豆腐こんにゃくなど水物、瓶詰など)や「惣菜」「弁当」において高齢者、特に後期高齢者の購入が多くなっており、やはり高齢者も調理の簡易化をおこなっているようです。反面「即席食品」(インスタント麺やレトルト食品や冷凍食品など)、「半惣菜」(衣が付いた揚げるだけのフライや串に刺されて焼くだけの焼き鳥など)は少なくなっています。調理を簡単にはしていますが、全てを簡単にしているという訳ではなく、そこには現役世代とは異なる高齢者特有の想いがあるようです。

もう少し探るために、カテゴリー全体としては高齢者の購入が少なかった「即席食品」ですが、その中でも高齢者が多く買うサブカテゴリーがいくつかありますのでそれを見てみます。

図表3 「かんたん」に関連し高齢者の購入が全体に比して多い加工食品主要カテゴリー別金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

図表3 「かんたん」に関連し高齢者の購入が全体に比して多い加工食品主要カテゴリー別金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

ここから読み取れる要素としては2点考えられます。一つは、世帯人数の減少により料理の量が減ると調理がやりにくくなるため、料理をかんたん化すること、もう一つは必ずしも無くても構わない副菜などのもう一品に手間をかけないかんたん化です。
料理の量からのかんたん化としてはここでは「レトルトおでん」が代表となります。具材のバラエティを求めて大根、こんにゃく、たまご、ちくわ、がんもどき…と買っていくと二人分、単身なら自分だけ少量手作りするのは少し躊躇しますが、レトルトで追加すれば簡便です。また煮豚や焼豚も少しだけ作るのは掛けた手間に比して報われないことになりそうで、レトルトにしようというのは合理的です。「米飯レトルト」カテゴリーはいわゆるパックライスが主になりますがこれも1合だけご飯炊くならこれで済ますということではないかと思います。
無くても構わない一品のかんたん化としては「即席みそ汁」「レトルト茶碗蒸し」が挙げられると思います。これも量の要素はあるとは思いますが、より簡単にしようと思えばお味噌汁も茶碗蒸しも無くても構わない。しかしそうはせず、お味噌汁も出し、副菜として茶わん蒸しも付けて品数は減らさずに食卓に並べたい想いが、調理は省いてかんたん化するということでしょうか。単純に調理を簡単、つまり手抜きや最近はやりの“タイパ”重視するのではなく、食卓の賑やかさには妥協せず、惣菜なども使いつつ脇役、副菜も簡単に取り揃える工夫で食の豊かさは重視する想いのあらわれが高齢者のかんたん化なのかもしれません。
前期高齢者と後期高齢者でこれらのカテゴリーが更に良く買われていることはこの2つのかんたん化が一人世帯において、より顕著になることを示している可能性があります。

3. 高齢者はインスタントラーメンを買わない。健康感と手抜き感で興味わかず?

簡単に空腹を満たせる食事ということなら日本の大発明であるインスタントラーメンも思い浮かびます。こちらも購買データを見てみます。

図表4 「袋麺」「カップ麺」金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

図表4 「袋麺」「カップ麺」金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

高齢者はかんたん工夫を望みながらもインスタントラーメンをあまり買いません。袋麺では前期高齢者は全体比-5%程度ですが、後期高齢者においては-25%と非常に大きな差があります。カップ麺は前期高齢者、後期高齢者共に少なく高齢者全体で-13%となるのは袋麺、カップ麺ともに同じです。高齢者は、ラーメンは塩分が多い、量が多い、などといったイメージを持っていることや、カップ麺に関しては食器でなくカップで食べることの手抜き感やそれを食卓に出すことの罪悪感を持っている、という話を聞きます。インスタントラーメンの健康感や手抜き感の要素が高齢者の食に対する高いこだわりにマッチしないということでしょう。つまり、かんたんではあっても食の豊かさへの工夫ではないと思われているのかもしれません。この事実を受けたのか、最近は少量でお椀に移してお湯を注げば、副菜の椀物として食べられる、高齢者を意識したラーメン商品も出てきているとも聞きます。

4.高齢者は冷凍食品を買わない。冷凍冷蔵庫がない時代に身に着けた生活習慣が反映?

最後のデータになりますが、これも調理のかんたん化として思い浮かぶ冷凍食品の購買状況を見てみます。

図表5 冷凍食品主要カテゴリー金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

図表5 冷凍食品主要カテゴリー金額PI値の全体比(PI値:1000人当たり購入金額)

冷凍食品も高齢者はあまり買いません。やはりこれも後期高齢者の方がさらに買わない傾向があります。これに関しては冷凍食品の品質や価格などの問題ではなく、高齢者には冷凍食品を利用するという生活習慣があまりなく、手間や品質以前の問題で売り場を素通りしているのではないかと考察しています。
その理由の一つとしては冷凍冷蔵庫の普及と高齢者のライフサイクルが関連していると考えています。高齢者の中でも人口の多い世代として現在70代中盤の「団塊の世代」と呼ばれる年代は1947-1949年に生まれており、結婚して新生活が始まり、調理を行うようになったのは70年代初めが多かったと思いますが、冷凍冷蔵庫はこの頃から徐々に普及し始めておりまだ冷凍冷蔵庫のシェアは少なく、当然ながら家庭用の冷凍食品もあまり売られていない中で新生活を始めて調理習慣を身に着けたため、冷凍食品を利用する意識自体があまりない世代ではないかと考えています。同様に、電子レンジの普及もあるものと思われます。電子レンジも一般に普及したのは冷凍冷蔵庫とほぼ同時期であり、電子レンジを利用して冷凍食品を調理することに関しても意識が低いものと考えられます。 最近の冷凍食品の進化は言わずもがなですが、冷凍食品自体が自分たちの食生活と疎遠の高齢者にとって、冷凍食品売り場にも関心を持って立ち寄ることはないのではないかと、やや大胆ではありますが、このように考察しています。冷凍ケースの構造上、目的を持って見ないと商品が目につきにくいですし。

5.高齢者の食は“かんたん”で工夫して食へのこだわりを妥協しないことが、現役世代の“かんたん”との違い

今回は「高齢者の暮らしは食が真ん中」の一つの要素として「かんたんな食」を取り上げ、食品スーパーでの購買データを見てきました。
高齢者は世帯人数が少ないことが多く、料理の量も減るため調理の合理化・簡便化を意図してか惣菜や弁当を多く利用しています。但し他世代と異なる傾向を示すところもあり、即席食品では即席味噌汁やレトルト茶碗蒸しをよく購入する反面、インスタントラーメンや冷凍食品の購入は少ない傾向が見られました。これはあくまでも「食卓に出す料理の点数を減らさず、健康面にも留意し、手抜きに見えないこだわった食卓を実現する」ということを大前提として、その上で簡単にできるところは工夫するという意識が垣間見えるように思います。同じ「かんたん」でも「かんたんにお腹を満たす」ではなく「かんたんに豊かな食卓を実現する」ことが高齢者の特徴であり、「高齢者の暮らしは食が真ん中」でありつつ行われた調理の簡易化が高齢者の「かんたんな食」だと感じました。

今期は「高齢者の暮らしは食が真ん中」をテーマに「プロローグ」「ていねいな食」「ぜいたくな食」「かんたんな食」と4回のシリーズでレポートを作成しましたが、高齢者が食に対して時間もお金も意識も使っており、摂取カロリーまで多い事実を基に、食を楽しみたい意欲の高さとそれゆえの高いこだわりが、手間や時間をかけ季節にもこだわる「ていねいな食」や、躊躇なく高級な食材を楽しむ「ぜいたくな食」、豊かな食卓に妥協せず調理の手間を減らし工夫するための「かんたんな食」に現れていることを見てきました。元々非常に食へのこだわりの高い日本人が、高齢者になり仕事や育児の手間から解放された分の関心が更に食に注ぎ込まれて、高齢者は非常に豊かな食生活を送っている人たちが少なからずいるということだと理解しています。より若い世代にとっても食の楽しみ方、もっといえば人生の楽しみ方として高齢者に学ぶ面もあるのではないかと感じます。

次回は高齢者の顧客が増えているドラッグストアを対象とし、「ドラッグストアは買い物難民を救っているのではないか?」などの分析を予定しております。
次回以降もご期待ください。