2024年度“高齢者の食事情”最新レポート
第1回 「高齢者の暮らしは食が真ん中」
”70代の高齢者は20代の若者よりカロリーを摂っている”
2024年度の「買い物から見えるくらし -食の購買行動定点観測-」は、食品スーパーにおける買い物を対象とした購買データから高齢者がどのような食生活を送っているかを知ることをテーマとし、前期高齢者、後期高齢者の違いにも注目しながら高齢者の食に関する行動や意識、またその背景をシリーズで探っていく予定としております。
第一回目である今回はそのプロローグとして、公的な統計データを利用し高齢者の食生活を様々な面から俯瞰しました。ここでわかったことは高齢者(70歳以上)は、より若い世代と比較して、実態として摂取カロリーや食品支出、食事にかける時間が多く、食への意識も高い、ということです。
これらの結果から、私たちは高齢者の生活の中で「食」は大きな部分を占めており、食生活の実態も、内面の意識の上でも「食が真ん中」な生活を送っていると考えています。今回は、その考えの理由について、高齢者の暮らしの様々な側面における食が占める部分の大きさをいくつかのデータを示しながらご説明していきます。
まず、「食が真ん中」な暮らしを送る高齢者がどれだけ食べているのかを、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」による摂取カロリーを指標として見てみます(図表1)。
図表1 一日の摂取カロリー(令和元年「国民健康・栄養調査」。厚生労働省)
「食」を摂取カロリーの面から見ると、驚くことに20代以上の全年齢層で一番カロリーを摂取しているのは60-69歳、次が70-79歳です。さすがに80歳以上では少なくなっていますが、実は高齢者は若い人よりもカロリーを多く摂っていると言えそうです。高齢者は小食というイメージがありましたが統計的に見れば70代までは必ずしもあてはまるわけではありませんね(当然ことながら摂取カロリーに個人差は存在します)。アクティブシニアと言われますが食も例外ではないようです。
これには、20代で男性の摂取カロリーは60代より多いものの女性が(美容を意識するためか)少ないため、男女合わせて平均にすると少なくなってしまうなどの理由があります。何しろ20代女性の摂取カロリーは1600kcalに過ぎず食糧難の終戦直後よりも少ないと言う話もある位ですから。ちなみに80歳以上の女性は1620kcalなので20代女性よりも80歳以上の女性の摂取カロリーが多くなっているという更に驚きの数字もあります。
高齢者がこれだけカロリーを摂っているということは、それだけ「食が真ん中」の暮らしをしていることの反映と考えています。
次に、高齢者の暮らしの中で食にかけるお金の絶対額や比率が大きいことを、総務省の「家計調査」よりご説明します。
まずは世帯主の年齢階級別に月ごとの世帯消費支出全体と、食料支出を見てみます(図表2)。
図表2 世帯主年齢別世帯消費支出と食料支出(家計調査2023、全世帯:総務省)
オレンジ色で示される世帯単位の月間消費支出全体を見ると、世帯主年齢40代、50代が高く、高齢者が含まれる60代、また後期高齢者も含まれる70歳以上と年齢が上がるにつれ金額は下がって行きます。また、緑色で示される食料支出(食品飲料の購入や外食費)を見ると、40代が最も高く、ここから年齢が高くなるほど金額は下がって行きます。
これだけ見ると高齢者はつつましい暮らしを送り、それは食に関しても同様と感じられてしまうかもしれません。しかし、世帯主の年齢ごとに平均世帯人数はかなり異なっており(図表3)、40代をピークに年齢が高くなるほど世帯人数は減少していき、70歳以上では単身世帯も増え平均すると1.8程度になります。
図表3 世帯主年齢別平均世帯人数(家計調査2023。全世帯:総務省)
世帯人数が減れば、世帯支出が減るのはあたりまえとも言えますから、先ほどの世帯支出金額を各年齢層の世帯人数で割り一人当たりの支出にしてみます(図表4)。
図表4 世帯主年齢別一人当たり消費支出と食料支出(家計調査2023、全世帯:総務省)
こちらの一人当たり金額で見ると、60代の消費支出全体ではなんと50代を超え、70代でも40代を大きく超えます。食料支出は全年齢層で60代がトップとなり、70歳以上がそれに次ぐという結果です。この結果からは、高齢者は一人当たりで見れば支出全体で見てもお金を使っており特に食にかける金額が大きいと言えます。これまでの高齢者の食生活のイメージと違って見えてきませんか?
さらに、これを消費支出全体に占める食料支出の比率(「エンゲル係数」と呼ばれます)で見ると以下のようになります(図表5)
図表5 世帯主年齢別エンゲル係数(家計調査2023、全世帯:総務省)
こちらで見ると70歳以上がトップとなり支出のほぼ3割が食料支出、これに60代が次ぐということになり、高齢者は一人当たりの食料支出も、全支出の中での食料の割合も高いということが言えます。
エンゲル係数は国際的に生活水準を比較する際、食料支出の割合が大きいほど生活水準が低いと使われることがある指標ですが、日本の高齢者の場合食料以外の支出金額も一人当たりで見れば他世代より高いためエンゲル係数の高さは生活水準の低さを表すものではなく、食の重視度が高いことを示すと見るべきでしょう。
高齢者は平均すれば所得こそ低いのですが資産はありますから、若い世代では所得の中から老後に備えて預金するところを、高齢者は年金等の収入に加え逆に資産を取り崩しながら生活している世帯も多く所得の割にたくさん消費に回すことができます。また、若い世代でかさむ教育費出費や住宅ローン返済も少ないため、その分を食に回して食を楽しんでいるとも言えそうです。
もちろん、個人差は大きいかもしれません。しかし、統計データから俯瞰するとこのようにお金の面から見て、高齢者は「食が真ん中」な暮らしを送っていると言えます。
次に一日の中で食事にかける時間を総務省の「社会生活基本調査」から見てみます(図表6)。
図表6 食事にかける時間(一日当たり週平均。社会生活基本調査 令和3年:総務省)
年齢が高くなるほど食事にかける時間が長くなる傾向があり、60歳以上で100分を超え、75歳以上の後期高齢者になると2時間を超えてきます。高齢者では「仕事」「通勤通学」や「育児」の時間が減り、その分「趣味・娯楽」「スポーツ」などと共に食事にかける時間が長くなっています。
生活時間の面から見ても、「食が真ん中」な暮らしを高齢者が行っている傾向があるようです。
最後に、高齢者の食に関する意識を見てみます(図表7)。
図表7 普段食品や料理を選択する時に意識すること(令和6年「食育に関する調査」。農林水産省)
こちらを見ると「準備の手間がかからないこと」「価格が安いこと」に対する意識は若年層に比べて高齢者の方が低くなっている一方で、「環境に配慮した農林水産物・食品であること」「栄養バランスに配慮されていること」「近隣の地域や国内で生産・加工されていること」では高齢者のスコアが高くなっています。高齢者は若い人に比べて食にかける手間や費用を惜しまず、環境や栄養や産地にこだわった意識の高い食生活を送っていることが伺えます。これも、金銭的、時間的余裕がある中で「食」に対する興味関心やこだわりが高くなり「食が真ん中」な暮らしになっていることの現れと考えています。
改めて、これまでの高齢者の食生活のイメージと違って見えてきませんか?
今回見てきたデータが示すように、高齢者は若い世代と比べ摂取カロリーが多く、「食」に割く金額や時間が相対的にも絶対的にも大きくなっており、これに伴って意識の面でも食に対するこだわりをより強く持ち、充実した食生活を送っているようです。
考えてみると高齢者は、より若い世代にとって大きな関心事である「仕事」や「育児」から解放された方が多く、時間やお金については相対的に余裕があるはずです。それと同時に体力や視力聴力の衰えを感じ始める時でもあり、スポーツや趣味活動に限界を感じ始める方もいるのかと思います。そんな状況の中で「食」は栄養摂取や食味という機能的な目的だけでなく、朝昼晩と年に1000回以上楽しめる娯楽として、趣味として、自己実現として、高齢者の生活の大きな部分を占める存在となっており、食材を買う、料理を作る、外食内食問わず食べるなど様々な形で日々の暮らしの中に物理的にも心理的にも大きな割合で存在しているのではないでしょうか。これは食が「暮らしの真ん中」にあるということではないかと思っています。
更には、高齢者の娯楽として「旅行」が良く挙げられますが、その旅行の中でも「食」は旅の楽しみとして大きなものですし、高齢者はテレビの視聴時間が長いのですがご存じの通りバラエティも情報番組も食を取り上げたものが多く、大げさに言えば「どこにいても何をしていても食べることが気になっている」かのような状態にある高齢者も少なくないのかもしれません。
私たちはこのように直接的な食関連行動以外にも食は高齢者の生活に溶け込んでいるとみており、食が「暮らしの真ん中」にあることを示していると考えています。
今後、この「高齢者は食が暮らしの真ん中」という現状認識に基づき、高齢者の食の特徴を食品スーパーの購買データを使いながらシリーズで、具体事例を出しながら掘り下げていく予定です。次回以降もご期待ください。