近年のデンマークにおけるサステナビリティへの取り組み

「減らす」サステナビリティから「与える」リジェネラティブへ

2024年4月12日/執筆:服部絵里佳(コペンハーゲン在住)

<写真1>コペンヒル/アマーバッケ Photo credit : the Copenhagen Media center Photo by Rasmus Hjortshøj, COAST

サステナビリティ、気候変動……よく耳にするものの、実際に起こるスケールが100年単位と長スパンで起こること、また地球全体の大きな規模であり捉えにくい問題であることから、自分の生活とどのように結びつくのかが実感しにくい。これらの問題をどのようにプロジェクトに落とせるのだろうか。また資源にありふれている現在、どのようなデザインを行なっていけばいいのだろうか。

本稿では、デンマークで現在起こっているサステナビリティの流れを紹介することで、デンマークでは既存の資源をどのように再解釈しデザインしているかを紹介したい。 そしてこのような実践を積み重ね、生まれてきた新たな議論も少し紹介しようと思う。

デンマークはスカンジナビアと呼ばれるヨーロッパ北欧に位置している。国土の総面積は4万3,049 km2で、ドイツと接するユトランド半島と407の島々(グリーンランドとフェロー諸島を除く)で構成されており、そのうちの70の島に人が居住している。国土の大きさは北海道の約半分。国土の多くが島で構成されているため海岸線は北海道の約1.6倍の7,314kmある。国土はほとんど平地であり、国内で最も標高が高い場所はわずか170mである。陸地は耕作向きで、海岸線の多くは砂浜だ。緯度が高いため日照時間は季節によって大きく異なる。冬の間は昼が短く日照時間が約7時間であるのに対し、夏の間は17.5時間である。

<写真2>デンマークの標高マップ。国土のほとんどが紫色の40m以内の高度差である
Copyright: Denmark elevation map

人口590万人のデンマークは、世界で最も小さな国の一つである。人口の約4分の1が「グレーター・コペンハーゲン」と呼ばれるコペンハーゲン首都圏(約168万人)に住み、また人口の87%が都市部で生活を営んでいる。コペンハーゲン市の人口は65万人で市の面積は180km2である。これは八王子市よりも小さい。「インドアビュー(Indre by)」と呼ばれる中心地となると、4,65km2とコンパクトなまちである(2024年1月時点)。また市内の多くの場所は自転車で15分から30分以内で行ける範囲が多く、平坦な土地であることから自転車インフラが発展している。コペンハーゲンでは自転車が通学・通勤手段の50%を占める。最も快適で早く便利な上にお財布にも健康にも環境にも良いので、市民は雪でも自転車出勤する人が多い。

またデンマーク政府は、化石燃料の使用を段階的に減らし、2050年までにゼロにするという意欲的な目標を定めている。消費電力の50%以上が風力発電と太陽光発電で、風力発電の比率は世界最高水準である。

都市の生態系をつくる

2009年、国連によるコペンハーゲンサミット / クライメイトチェンジカンファレンス(Copenhagen summit/Climate change conference(COP15))が行なわれた。初めて中国をはじめとする新興国が会議に参加したが、具体的な策は出ずに会議は終了した。また建築家のビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)も“COP15の決定は具体的な策がなく失敗した”とテッド(TED)のプレゼンで述べている。当時、デンマークの建設業界ではサステナビリティにそれほど着目していなかった。

しかしそんな中でサステナビリティに関連するプロジェクトが一つ発表された。インゲルス率いる建築事務所BIGが手がけ2019年に完成した廃棄物発電所のプロジェクト「コペンヒル/ アマーバッケ(CopenHill/Amager Bakke)」である。このプロジェクトは、2010年秋にコペンハーゲン市によるコンペが行なわれ、2011年にBIGが勝ちとったもので、インゲルスはコンセプトに「快楽的持続可能性」というキーワードを使っている。このプロジェクトでインゲルスはエネルギーのエコシステムに着目した。コペンハーゲンは市の97%が地域暖房を利用している。家庭から出るゴミをエネルギーに変換しそれを地域暖房のエネルギーとして使うことで、まちのエネルギー・エコシステムの中で再利用するシステムをつくった。具体的には3kgの家庭ゴミが4時間の電気と5時間の暖房(ラディエーター)のエネルギーに変換される。またゴミ処理場のデザインはよくある醜い大きな工場の形ではなく周囲のストリートスポーツのアクティビティのコンテクストと街中で一番高い建物というコンテクストからスキースロープという解を見出した。自分たちの持つ資源の中で「遊び」ながら新しいアクティビティをつくり出している。建物は、85mという高さを生かしてスロープにしたことでスキーができるだけでなく、頂上までの歩道も整備されて誰でもスロープを楽しめるようにデザインされている。頂上まで10〜15分程度のウォーキングやジョギングで楽しみながら登ればまちを一望できる。またロッククライミングを楽しめる壁も外壁の一部にデザインされている。

<写真3>コペンヒル/ アマーバッケの全体図。緑の芝の部分がスキースロープ。材料が工夫してあり夏の間も芝スキーを楽しむことができる Photo credit: the Copenhagen Media center Photo by Rasmus Hjortshøj, COAST
<写真4>アマーバッケ/コペンヒルの外壁。外壁はパネル式。外壁の一部ではロッククライミングができる Photo credit: the Copenhagen Media center Photo by Rasmus Hjortshøj, COAST

コペンヒルのプロジェクトからは、サステナビリティは我慢するものではなく、“いまあるものからより良いものを目指していく”という姿勢が見える。このプロジェクトで鍵となっているのは地域の生態系を具体化してデザインすることだ。それによって家庭ゴミという個人のレベルから地域暖房という都市のレベルをつなげることができる。プロジェクト単体をデザインするのではなく、プロジェクト自体を生態系の一部として捉えることで自分たちの身の回りにある資源を再解釈するというデザインが行なわれた。

またエコシステムという抽象的になりがちなものをエネルギーに絞ることで数値化して具体的に見えるようにしていることにも着目したい。さらにゴミ焼却所は建物の機能の中心部分を担うもので、サステナビリティを考える上で最適なプログラムの一つでもある。

このプロジェクトの設計と建設プロセスを追ったドキュメンタリー「コペンハーゲンに山を」は昨年日本でも公開されており、建築家だけでなく、エンジニアや自治体の人たちとともに協力して行なったプロジェクトのプロセスも見られる。シリアスな場面もあるが、ユーモアにもあふれており、どのようにして一見不可能なプロジェクトを協力して成功に導いたかが見られる。ユーザーやクライアントをプロセスの一部に参加してもらうことは特に重要だと筆者自身も実感する。参加してもらうことでプロジェクトに多様な視点をもたらし、挑戦的なプロジェクトも協力することで実現させることができるということは勤めていたコペンハーゲンの建築会社にて経験したことである。

また、2002年にコペンハーゲンでは水質改善が成功し、50年ぶりに市民が町の中心の海で泳げるようになった。1990年代中頃までは家庭から工場まですべての下水がまちの中心の海に流されており、水は汚く臭いもひどかった。水質改善で環境に良い影響が及んだだけでなく、それによって人々の生活の質が上がることとなった。環境的に良いことは自分たちの生活の質も上げるということを体験したことによって、“サステナビリティをポジティブに捉えることもできる”という市民の価値観に影響したのではと筆者は考えている。

<写真5>まちの中心にある海は夏には海水浴を楽しむ多くの人で溢れる Photo credit: the Copenhagen Media center Photo by Astrid Maria Rasmussen

大洪水と気候変動

デンマークに転機が訪れたのは2011年。コペンハーゲンに大洪水が起こったことで、サステナビリティ、特にその中でも気候変動について着目し取り組むプロジェクトが多くなった。気候変動による洪水の増加と海面上昇という2つの現象から、コペンハーゲンは100年後には水面が1m上昇し、まちの一部が沈むと予想されている。コペンハーゲンだけでなく、島が多く海岸線が長い平坦な土地が多いデンマーク全土で水害は脅威である。2011年の大洪水によって、異常気象を身をもって経験したことで、気候変動による将来への不安が自分ごととなったのである。

<写真6>2011年の洪水時の様子 Photo credit: State of Green

そうした状況の中でデンマーク初の気候パーク(Climate park)が2019年にオープンした。コペンハーゲンにあるインへーヴパーケン(Enghaveparken)である。インヘーヴパーケンは、初期のアルネ・ヤコブセンがネオクラッシックのスタイルでエントランス、ステージ、パビリオンなどを建て、1928年に開園した公園で、今回の改修は、建築事務所サードネイチャー(Tredje Natur/Third Nature)が手がけた。2011年の大洪水をきっかけに、この公園を地域の洪水マネジメントをする場所へと改修するコンペがコペンハーゲン市によって行なわれたのである。 インへーヴパーケンはコペンハーゲンのベスタブロ(Vesterbro)という地区にある。敷地は約35,000m。地下と地上合わせて22,600m3の貯水機能を備え、洪水時には地下だけでなく公園そのものにも水を貯めることができるようになっている。公園の周囲に低い塀が張り巡らされており、地下に水が貯まると水圧によって出入り口の扉が地上に押し上げられ、地上にも貯水できるように工夫されている。

<写真7>インヘーヴパーケンの全体図
Photo credits: THIRD NATURE Photo by Astrid Maria Rasmussen
<写真8>雨水は公園内の噴水に再利用される
Photo credits: THIRD NATURE Photo by Flemming Rafn

もちろん洪水時の水マネジメントだけでなく、普段の利用もよく考えられており、公園内の多くのエレメントは2つの機能を持つようにデザインされている。例えば、園内のスロープ舗装は洪水時には3mの深さの水槽への水流をつくるが、通常時の乾いた日にはホッケーやサッカー、文化イベントの場所として使われ、雨の日には池となり子どもたちの遊び場となる。また公園を囲む塀の上部には水路が張り巡らされており、雨の日には水の流れが見えるようになっている。気候変動対策としての改修であるとともに、現在そして未来への生活に対応した改修によって行なうことで、市民の生活の質も上げているといえる。

<写真9>園内のスロープ舗装。3mの高低差を繋ぐ。右上に見えるフェンスの内側に広場がある
Photo credits: THIRD NATURE Photo by Flemming Rafn
<写真10>塀と水路。塀にはベンチも一緒にデザインされ、水路だけでなく座る機能もある Photo credits: THIRD NATURE Photo by Flemming Rafn
<写真11>貯水池のダイアグラム。将来起こり得るかもしれない洪水に対して、エンへウパーケンは貯水池として機能する
Image credits: THIRD NATURE Photo by Flemming Rafn

緊急時と通常時の双方を満足させる改修を可能にするためのプロセスとして、ユーザーである市民の意見を聞く機会も設けられた。ある程度デザインは決まっているが、実際に塀の試作を公園に設置し公園にてワークショップを行なった。市民は試作を実際に公園内で試すことができる。それによって建築家や市が市民からの具体的な意見を聞くことができる。例えば、座る場所はどんな素材が良いか、庭園はどういう植物を植えるべきか……などだ。漠然と尋ねるのではなく、何をユーザーに委ねるのかということもしっかりとデザインしているのだ。

コペンハーゲン市には市としての水害対策戦略がある。気候変動による海面上昇で、コペンハーゲンは100年後には水面が1m上昇すると予測されているので、まちを守るために地下水道の計画が進んでいる。30年後には海面上昇が見え始めると予測されている。 洪水に対する下水システムへの対策として3つの大きなメソッドがある。

メソッド1は、大規模な下水道・地下貯水池・ポンプ場をつくること、メソッド2は、地域での解決策、メソッド3は、洪水があったとしても、最も被害が少ないところで起こるような雨水計画である。 

コペンハーゲン市では、このような対策が必要となるであろう将来の海面上昇率とそれによるまちへの浸水をマップ化し、公表している。このように可視化されると、大いに浸水の現実味が増す。

<写真12>コペンハーゲン市が公開している、水の最大高さが226cmになった時の洪水時のマップ。100年後には20年に1回この規模の洪水が起こることが予測されている 出典:Klimatilpasning

素材と循環について考える

世界的に見て、二酸化炭素排出量において、建設業(建物とインフラストラクチャー)が占める割合は39%で、内訳はエネルギーが28%、建設と素材が11%である(2022年)。

<写真13>産業別の二酸化炭素排出量
出典: Adapted from the World Green Building Council, 2019

プロジェクトにおける二酸化炭素排出量を削減しようという流れは、デンマークのみならず、ヨーロッパ全体で高まっており、EU内でのルールの整備も進んでいる(2023年にはイギリス、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フランスなどで法整備が行なわれている)。 NGOワールドグリーンビルディングカウンセル(WGBC)では、2030年までに二酸化炭素排出量の40%削減という目標を掲げている。

仮説的ではあるが、二酸化炭素排出量を見ることで建物を時間軸で捉えることができる。具体的に建物が排出する二酸化炭素排出量を見てみると、0年目に排出するのはエンボディカーボン*1(素材生産や建設時)の割合が高い。エンボディカーボンは素材の生産、輸送など建設前に排出されるものと建設時に排出されるものの総量である。1年目以降、例えば60年目までに排出されるのがオペレーションカーボン(建物が使用されている間のエネルギーや部材の交換など)だが、この排出量はエンボディカーボンと比較しても少なくはない。素材の循環は仮説的に数値化できるので、環境負荷を計算する手法としてLCA(ライフサイクルアセスメント)*2が用いられている。

数値化できるようになったことにより、プロジェクトは竣工時で終了するのではなく、現場に運ばれてくる素材がどうつくられるかということから、解体された建材はどう処理されるのかという「エンド・オブ・ライフ(End of life)」までを含めてプロジェクトとして捉えられるようになった。数値化が整備されたことで多くのプロジェクトやリサーチが、素材についての具体的な数字とともに扱われるようになってきている。

<写真14>LCA計算時に使われるプロセスの段階の図式 図: 筆者作成

[1] エンボディカーボン:建設に使用される建材の製造、輸送、設置に起因する二酸化炭素排出量。これには、原材料の抽出、製造、および建設現場への輸送によって発生する排出が含まれる。
[2]  LCA(ライフサイクルアセスメントLife cycle assessment):ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)又はその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法である。LCAについては、ISO(国際標準化機構)による環境マネジメントの国際規格の中で、ISO規格が作成されている。

「エンド・オブ・ライフ」の考え方の一つとして、建築素材の価値を上げて再利用するアップサイクルも着目されている。アップサイクルはリサイクルと異なり、原料に戻さず製品をそのまま使用する。

具体的な事例としては、建築環境スタートアップ企業レニア(Lendager)によるコペンハーゲン郊外の集合住宅がある。この集合住宅のプロジェクトでは、463トンの廃棄材料が再利用されている。例えばファサードを見てみるとパッチワークのようになっている。これは古い建物を解体した時に、壁を1m×1m に切り取り、ユトランドの工場で裏にモルタルを塗って、断熱材も入れて素材化したものを使ったことによって生まれたデザインだ。1960年代の建物に使用されたモルタルの接着力はとても強く、レンガを解体することができないことから、このような解体しにくいレンガのファサードの再利用するためにレンガを一つ一つ分解するのではなく1m x 1mに切り取って使用した。 レニア(Lendager)はデザインも行なうが、サーキュラーデザインのアドバイス*も行なっている。廃材がどこから出るかから、どのように運搬しどのように再利用するかまでを調査した上で設計することによって、建築におけるアップサイクルのプロジェクトが可能になるのだ。

<写真15>集合住宅の外観。パッチワークのような外壁はレンガを再利用したことでできたデザイン。Photo credits: Lendager Photo by Rasmus Hjortshøj, COAST
<写真16>古い建物からレンガをモジュールに合わせて切り出す。
Photo credits: Lendager Photo by Rasmus Hjortshøj, COAST

[3] サーキュラーデザイン:サーキュラーエコノミー(循環型経済)実現のためのデザインやその考え方

20人規模のデザイン会社でも社内にビジネス部門があることは珍しくない。これは、経済的にも持続的にプロジェクトが長い間続いていくこと、ユーザーに使われ続けていくことを目指しているからである。プロジェクトにおいては、先ほどのインへーヴパーケンのように原寸大の試作をつくって市民の意見を聞くこともあれば、デザインをするためのアイデアの一つとして市民から知識や要望を聞き出すためのワークショップが行なわれることもある。ワークショップを行なう際には専門知識がある人類学者がチームに入ってアドバイスやダイレクションをすることもある。新築の住宅を建てる際にも、既存の建物を解体する場所があればできるだけ外部家具の資材として再利用するなど、可能な限り持続性を考慮した取り組みを行なおうとする傾向がある。こうした取り組みは、経済的な観点から見ても、新しい材を買わず、運送費も節約されるのでクライアント側にも良いのである。

もう一つ、LCAに着目したプロジェクトとして、建築事務所バンクンステン(Vandkunsten)によるリスビャー(Lisbjerg)の集合住宅を紹介しよう。これはエンボディカーボンが少ない木材を使用し、モジュールを採用して工法はプレファブリケーショッンにすることで二酸化炭素排出量を抑えるというプロジェクトだ。デンマークで木造建築は伝統的でないため、木材、コンクリート、鉄が混在する建物だがそれぞれの部材や素材は将来再利用しやすいようにそれぞれの部材ごとに解体しやすいディテールが考えられている。

<写真17>建築事務所バンクンステンによるリスビャーの集合住宅。外壁は解体後のことも考えて塗装されていないため、1年後にはかなり経年変化が見られる
Photo credit: Vandkunsten

素材の物質的な観点ももちろんだが、サステナビリティを考える上で忘れてはいけないのは、文化的な持続可能性である。仮説的に計算しても、長い期間使われなければ結局二酸化炭素排出量は減らない。どのように実際長く使われることができるかを物の側面とともにユーザー側にも働きかけるのが大事だ。また文化によってつくり出される技術である「テクトニック」、すなわちその時代の社会状況、文化、環境によってつくり出される工法という本質的な部分をどうデザインし、後世に伝えるかも大切であると思う。

このような循環・再生を実現するためには、リサーチと仕組みがたいへん重要である。ここでは、1960〜70年代の公共集合住宅15件をどう改修するかについてリサーチしたリソースブロッケン(Ressource Blokken)を紹介したい。現在、LCAによる二酸化炭素排出量の数値が示され、今後必要な改修や解体時に出る部材をどうするか準備が進められている。この調査はプロジェクトのフェーズ1であり、リサーチは“アイデアカタログ”としてまとめられ公開された。この調査の中では60〜70年代のコンクリートの製造方法や、建物がどのような素材の部材で構成されているのか、再利用可能かどうかなどが調べられている。また、6つの建築事務所がそれぞれリサイクルされた建築部材を使って公共集合住宅がある地域にどうやって新しい建物をつくれるかのアイデアとテクニックの提案や、解体された部材の循環計画の提案を行なっている。提案の中には、解体前に使用可能な建築材料を評価するためのリソースマッピング、資材の登録と分類、材料の中に有害物質が入ってないかの確認といったプロセスの計画も含まれている。

これらの公共集合住宅はゲットー地区と呼ばれる治安があまりよくないとされ、また同時に人口増加が見込まれる地域にある。2030年へ向けてどのくらい新築を増やすかという新しい地域計画も同時に提案されている。

<写真18>リソースブロッケンの既存の公共住宅についてのリサーチ Graphic credits: GXN, LCA: AAU Build  Ressource blokken team: GXN, JAJA Architects, the Danish Technological Institute, AAU Build, Søndergaard, Regnestuen 出典: Tekonologisk Institute. GXN “Ressource blokken”
<写真19>リソースブロッケン内の再利用した素材を使った新築の提案。公共集合住宅の周辺の地域の新築の提案。木造で解体可能なシステムをデザインしている Image credits: EFFEKT  Ressource blokken team: GXN, JAJA Architects, the Danish Technological Institute, AAU Build, Søndergaard, Regnestuen 出典: Tekonologisk Institute., EFFEKT “Ressource blokken” .

持続可能性に向かう流れの中、法整備も進んでいる。2023年1月からは、すべての断熱される新築の建物にはLCAの提出が義務づけられ、1,000m²以上の建物では12kg/m²/yearという指標を下回ることが建設許可の条件となった。

デンマークの住宅産業業界では二酸化炭素排出量を減らす長期的な目標を発表し、多くの会社が賛成している(リダクションロードマップ(Reduction Roadmap/2023年)。再生や解体のしやすさ、既存の資源をどう扱うかがデザインの新たな価値であり、二酸化炭素排出量を抑えることはそのきっかけの一つとなっている。例えば、これまで新築に木材が使われることはほとんどなかった。それは火災に対する安全の証明が金銭的な面から難しかったからという理由も一つにはあるのだが、現在はエンボディカーボンが少ないことから証明の手間をかけても木材を使うケースが増えている。

このように資材の循環という観点が普遍的になることで、より長く使われ、簡単に解体でき、事前に工場で製造することなどがデザインの重要な価値となる時代になってきているのだ。

プラネタリィバウンダリーとリジェネラティブ

しかし、地球環境全体を考えると、二酸化炭素排出量の削減はその一端でしかない。2009年、スウェーデンでプラネタリィバウンダリーが提唱された。これは地球の限界値の具体的な数値を9つのカテゴリー(気候変動、生物圏の一体性、土地利用の変化、淡水利用、生物地球化学的循環、新規化学物質、海洋の酸性化、大気エアロゾルによる負荷、成層圏オゾン層の破壊)に分けて示したものである。SDGsもこの概念に影響を受けており、SDGsの17個の目標は大きく「生物圏に関する目標」、「社会に関する目標」、「経済に関する目標」に分けられる。筆者が学んだデンマーク王立アカデミーでは、最終課題で自分のプロジェクトがSDGsのどの課題に取り組んだかを課題とともに提出することが義務付けられており、デンマークにおける現代社会の環境問題に対しての危機意識は高いと感じる。

<写真20>SDGsの分類図(SDGsウェディングケーキモデル) 出典: 渋谷区SDGs協会

そんなデンマークで最近注目されているキーワードが「リジェネラティブ」である。リジェネラティブという言葉は生物学では破壊された細胞や器官を再生成する能力という意味で、そもそもは農業の取り組みで使われる言葉だった。建築は土を掘り起こし建てる以上、周りの生態系に影響し変化させてしまうので、本来の意味でリジェネラティブではあり得ないという矛盾はあるものの、意図としては“周辺環境にいままで以上のことを与える“ということと理解できる。

例えば、絶滅しそうな植物や動物など脆弱な物に対して守る環境をつくることで多様な生態系がある環境が生まれ、それが人々の健康や耕作に良い影響を与える。人と自然が共生するシステムを生み出すことは、建築デザインでできるリジェネラティブのあり方の一つであろう。

年一回開催される「ビルディンググリーン(Building Green)」という建築業界の持続可能性に焦点をあてた会議がある。「ビルディンググリーン」は持続可能な建設に関心を持つ専門家のためのコミュニティであり、建築家、建設業者、メーカー、職人、都市計画者などさまざまな人が集まり建設に対してよりサステナブルな変化を生み出すことを目標としている。2023年10月に行なわれた会議の大きなテーマは「リジェネラティブ」で、例えば、建設の仕方を周囲の生態系を修復する方法にすることで環境と気候と人々の健康がよくなることを目指す「リジェネラティブ・コンストラクション」や、観光のために地域を開発するのではなく周辺環境と観光を共生させていく「リジェネラティブ・デスティネーション・プロジェクト」、建物が人のみならず周辺環境や生物多様性と共生することができるかなど、建築家やランドスケープデザイナー、都市計画家などが参加してさまざまな意見交換が行なわれた。

ちなみに「デスティネーション・プロジェクト」とは、地域内に目的地(ディスィネーション)を複数個つくることによって地域全体を活性化・魅力化させるプロジェクトのことである。先に述べた建築事務所サードネイチャーは、三重県いなべ市でNordisk Hygge Circles UGAKEIという観光プロジェクトを行なっている。

<写真21>UGAKI CIRCLEの全体像とそれぞれのデザインに対してのSDGsダイアグラム Image credits by THIRD NATURE
<写真22>木々の中のサステイナブルキャビン。「ムーンライト」チムニーと名付けられた屋根は季節ごとの天候を切り取り、人々に体験化させることによって人々と自然を結びつける。北欧の素材と空間の質を含んだ形を目指した Image credits by THIRD NATURE

しかし、リジェネラティブとサステナビリティとの差はまだあまり感じられず、まだ手探りの段階であるという印象を筆者は受けた。会議の中でも、このように次々と新たな言葉が生まれ、概念が複雑化していくことに本当に価値があるものなのか?グリーンウォッシング*4となっていっているだけなのではないか?と警鐘をならすディスカッションもあった。


[4] グリーンウォッシング:環境に配慮した、またはエコなイメージを思わせる「グリーン」と、ごまかしや上辺だけという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語。環境に配慮しているように見せかけて、実態はそうではなく、環境意識の高い消費者に誤解を与えるようなことを指す。

今回の記事で紹介したプロジェクトは前例があまりなく、かなりの費用と時間がかかっているプロジェクトも多い。しかし、市、デベロッパー、建築家、市民といったさまざまな役割の人が具体性を含めたことでお互いの意図を理解し同じ方向を向いて互いに協力していくことで可能となっている。ここにはデンマークの専門性が高度に分業されていることや民主的な決定などいろいろな要因も含まれていると思う。またプロジェクトには市民に自分ごととして環境問題やサステナビリティを認識してもらうために経験をつくり出すことがデザインの中に組み込まれている。複雑な概念であるサステナビリティを、デザインを通して具体化し、市民にそれらの体験や経験を通して環境問題への認識を変えて行くということがデザインのできる一つの側面だと再認識させてくれる。

サステナビリティについては現在進行形で思考と実践が行なわれており、何が正解かはわからない。だが、サステナビリティというものを具体化していくことでデザインやプロジェクトに落とし込んでいくこと、またそれによって自分たちの生活をよりよくしていくもの、また経済的にも持続可能で長続きすることで持続可能性のために我慢するのではなくwin -winのプロジェクトをつくり出すことがデンマークのプロジェクトにおいて一つの鍵であることということが見えた。

服部 絵里佳:建築家 / MAA
デンマーク建築協会ライセンスアーキテクト。東京都出身。2019年よりデンマーク、コペンハーゲン在住。横浜国立大学卒業、デンマーク王立芸術デザインアカデミーSpatial design修士課程卒業。その後コペンハーゲンの建築会社Norrøn(ノルーン)などにて実践を学ぶ。資源にありふれている社会の中でどうやっていまある資源を再解釈できるかを探求している。URL: https://flannel-tent-1a3.notion.site/Erika-Hattori-c0948beb9b48498d962b8d3d31ddd30a

参考:
15th Session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change

Resource blokken (2021)

Earth beyond six of nine planetary boundaries (2023)

The New Green Regenerative Architecture (2022)

Upcycling and Design for Disassembly – LCA of buildings employing circular design strategies (2019)

Linking biodiversity, ecosystem services, and human well-being: three challenges for designing research for sustainability

企画・構成:紫牟田伸子(Future Research Institute)