パンデミック下で実感した地元愛と、自然回帰への取り組み
2022年2月25日|執筆:山倉礼士 (デザインジャーナリスト、メルボルン在住)
人口500万のメルボルンの都市圏
メルボルンは、オーストラリアの南東部にあるビクトリア州の州都であり、2017年まで、英『エコノミスト』誌の「住みやすい都市ランキング」で7年連続1位になったことで、”The
Most Livable City”として知る人もいるかもしれない。ここでは、私が東京から移り住んだ2017年以降、デザインやライフスタイルの取材を通じて感じた、リアルな人々の活動から見る「メルボルンの現在」をレポートしていきたい。
「グレーター・メルボルン」と呼ばれるメルボルン都市圏の人口は500万人規模なので、日本の都市圏で言うならば福岡県エリアと同程度、札幌や仙台の都市圏よりは大きいが名古屋都市圏よりは小さいというと大まかなイメージをしてもらいやすいだろうか。2021年3月発表の人口統計によると、メルボルン都市圏の人口は約516万人、オーストラリアでは約537万人のシドニーに次ぐ人口第二の都市であり、将来的には2027年にシドニーを逆転して2030年には620万人に達するという予想が政府から発表されている。この二都市についてオーストラリア人に聞くと、経済の中心がシドニー、アートなど文化の中心がメルボルンと言われており、もう少しカジュアルな話では、シドニーの人はビジネスで忙しくしていて道路はいつも渋滞、メルボルンの人は一年中ショートパンツなどラフな格好でだらしがない、といった声も聞こえてくる。
また、オーストラリアの場合、国土全体の人口密度が1km²あたり約3人と、日本とはあまりに異なるのでさらに説明を加えたい。高層ビルの立ち並ぶ、インナーシティと呼ばれるビジネス中心街の人口密度は22,000人/km²と、東京23区で最も人口密度の高い豊島区と同程度だが、車で1時間弱で都心部に通えるメルボルン都市圏の人口密度は520人/km²であり、日本で言うならば静岡県熱海市や浜松市と同程度となる。つまり、ちょっと都心から外れれば、熱海のような生活環境に身を置きながら、オフィス街に通勤することも可能なのだ。かつてはビーチ沿いの高級住宅街で、現在は観光地として知られるセントキルダからオフィス街までわずか7、8kmの距離なので、ビーチ付近の住宅エリアから自転車通勤する人も多く、メルボルンで活躍する建築家によると、大企業のオフィス設計では、より優秀な人材を確保するために、自転車やジョギングで通勤するワーカーがそこで働きたくなるような快適なシャワーや更衣室の設置が欠かせないというのもうなずける話だ。
メルボルン市内中心部のビル群の間を流れるヤラリバー。 左手に見える南岸のサウスバンクには、2026年竣工予定で、緑豊かな垂直庭園を デザインに取り入れた高さ365mの超高層ビル「Green Spine」が計画されている photo by Reiji Yamakura
ヤラリバー沿いに位置する、メルボルンのランドマーク「フリンダースストリート駅」 photo by Reiji Yamakura
ローカル愛に訴求する商業地区のキャンペーン
さて、そんなメルボルンもコロナ禍では、世界最長の計262日のロックダウン期間があり、ワクチン接種率が7割に達する2021年10月までの1年半ほどは我慢の時期が続いた。そんな中で、高級ショッピングエリアとして知られるサウスウヤラ、プラーン、ウィンザー地区にまたがるチャペルストリートで実施されたキャンペーンをまず紹介したい。街中の壁に大きく掲示されたタグラインは「TWO WORDS. SUPPORT LOCAL」。よく目立つ書体でSUPPORT LOCALと描かれた、極めてシンプルなメッセージは、メルボルン育ちの人々の地元への思いに訴求するものだった。キャンペーン中には、「地元のローカル店舗でフードデリバリーを注文したり、買い物をしたりしよう、それを仲間にどんどん発信しよう」というメッセージがインスタグラムなどで連日投稿され、ウェブサイトではFOOD、BAR、RETAILのおすすめ情報が動画で発信された。
チャペルストリート周辺のデジタルモニターに大きく表示された 「SUPPORT LOCAL」のメッセージ。壁のポスターや歩道などあらゆる場所で このシンプルなメッセージが発信されていた photo by Reiji Yamakura
「地元の店舗でものを買い、それを投稿したり、いいねしよう」と呼びかけるメッセージ 画像提供:Chapel Street Precinct
コロナ以前から、メルボルン市民には郷土愛が強く、地産地消が根付いた街と言われており、かつてアメリカから進出したスターバックスコーヒーが、ローカルな家族経営カフェの顧客を奪うことができず、大規模展開を諦めたというエピソードがあるほどだ。そうした意識は、輸送時のCO2 排出量といったデータからではなく、ただ店主を知っている馴染みの店でコーヒーを飲みたい、顔見知りがつくったプロダクトを使いたい、といったパーソナルな心情に起因しているように思える。その背景には、食に関しては車で1、2時間の距離に農園が数多くあり地域の農産物が手に入りやすいことや、ものづくりで言うならば東大阪のように工房が都心から10km、20km圏内に多くあるという地理的な要因があるだろう。また、知り合いが営むワイナリーで自分が苗を植えたワインが5年後には飲めると嬉しそうに語る友人がいるが、そこには、なにか意気込んで地域経済に貢献しようという空気はなく、人付き合いを大切にするフレンドリーな気質と、ワインさえも身近なエリアでつくられているという、一次産業と消費地の近さを感じずにはいられない。
街じゅうにパークレットの屋外席が出現
また、信号の数よりもカフェが多いと笑い話のように言われるメルボルンは、コーヒーシーンを牽引するカフェや、多国籍なバックグラウンドからなる飲食店の多様性でも知られているが、ホスピタリティビジネスに対するロックダウンの影響は計り知れず、完全に営業ができない期間もあれば、持ち帰りメニューのみ可、屋外席のみ飲食可、人数制限を設けて店内飲食も可、と随時変わるルール下での営業を強いられていた。
そんな中で実施された、季節を問わず屋外席で飲食することが大好きなオーストラリア人にぴったりの施策が、2020年10月にスタートした「アウトドアダイニングプログラム」だ。これは、飲食店前の歩道や車道の駐車スペースを客席として利用することをサポートする認可制の仕組みで、その成果として街のあちらこちらに出現した屋外席で過ごすひとときに、レストランやバーでの飲食を待ち望んでいた市民は大いに癒された。それまで、5kmや15kmという外出距離の制限や夜間外出の禁止など、いくつもの規制を経て飲食店の再オープンに湧いた市民にとっては、晴れた日に通りで楽しげにワインを飲んでいる人々のにぎわいは、ロックダウンを乗り越えた象徴として印象深いものとなった。同プログラムにより客席を新設するための具体的なルールは地域により異なるが、ビジネス中心街を含むメルボルン市(City of Melbourne)のガイドラインでは、車道に隣接する駐車スペースを客席として利用するパークレットでは、交差点からの距離や、車道との間に高さ900mm以上の柵を設け、プランターボックスを必ず設けることなど、安全性と美観への配慮が盛り込まれている。
シティ中心部の目抜き通り、バークストリートに設けられたパークレット。 歩道上の客席と、さらにその外側、車道上の駐車スペースに 植栽付き柵を設けたパークレットの客席とが並行している photo by Reiji Yamakura
同ストリートのパークレットを、車道越しに見た様子。コーナーには 低木を植えたコンクリートプランターを、中間部分には腰高の柵上に植栽を設けることで、 車道上の路駐スペースに安全で快適な屋外客席をつくり出している photo by Reiji Yamakura
同市のメディア担当者サレス・ギブソンさんは、「私たちは、この1年間、1,500以上の事業主にアウトドアダイニングのサポートを行ない、認可された約190のパークレットでは、インフラの整備などで110万豪ドル相当のサポートをしてきました。また、週末などに一部道路の車両通行を止めて、車道を屋外客席として営業できるようにするレーンウェイ・クロージャー・プログラムは、2022年の4月まで継続することを決定しています」と語る。同市では、2021年4月の時点で、1万8000もの屋外客席が実現したと発表されている。コストについては、メルボルン市の繁華街中心部のパークレット使用料は、1平米あたり年間555ドルに設定されており、2021年度は事業主が25%負担、2022年度は50%、2023年度は全額負担という段階的に行政の負担を減らすスキームで開始された。しかし、その後の社会情勢や事業主の声から、飲食オーナーへのさらなるサポートの必要性が認められ、2022年4月までは行政が道路使用料を全額負担する方針で運用されているが、ロックダウンで長期にわたり平常営業ができなかった後に屋外客席を整える出費を強いられた飲食店オーナーからは、より長期的なサポートを望む声が現在多く上がっている。日本でもタクティカルアーバニズムの一つとしてパークレットへの関心は高まっていると聞くが、駐車スペースを飲食店の占有スペースとする以外にも、歩道を利用したコンパクトな客席や、ベンチと植栽だけを置いて公共スペースとしたエリア、週末だけ完全に通行止めとする事例、はたまた、大道芸人への使用料を免除して人通りを活性化するなど、立地に応じ、活用手法のレイヤーが重なりあった運用は参考になるのではないだろうか。
プラーンのチャットハムストリートを通行止めした夏季限定の屋外客席。 ビクトリア州のロードマップに則り、ストニントン市の許可を得て 2022年の4月末までの道路使用料は免除されるという photo by Reiji Yamakura
サウスメルボルンにある老舗パブの歩道上の客席。もともとメルボルンでは、 このように歩道上を活用することが一般的だった photo by Reiji Yamakura
自然回帰のムーブメント
この街の公園や歩道脇には芝生のスペースが数多くあり、季節のよい時期には広場に敷物を敷いて、思い思いにくつろぐ人やピクニックをする家族連れの姿が目につく。さて、ここからは昨今のパンデミックとは関係なく、メルボルンで目にする環境整備の動きを二つ紹介したい。どちらも、生活の豊かさと直結する「自然回帰」への取り組みだ。
一つは、シティ中心部より10kmほど北、私が現在住んでいるムーニーヴァレー市にあるウッドランド・パークでは、2017年にこの先15年のマスタープランが発表されており、2020年にはその計画初期の目玉である、池周りのランドスケープ改修と雨水循環システム整備の大工事が竣工した。もともと東西の二つの池があったが、小さい西側の池は夏季に干上がってしまう問題があり、それを改善するため、周辺の緑地の雨水を浄化した上で蓄え、さらにオープンスペースを灌漑する持続可能なシステムが構築された。目的には、雨水の蒸発量を増やして局所気候を向上させること、市民の健康意識や暮らしやすさ、景観の向上、地域に生息する鳥たちの種を守ること、洪水被害の低減、などを掲げた意欲的なアップグレード計画だ。2020年の竣工直後は、植栽が生育途中で、保護用の柵などを数多く残してのオープンとなったが、いまではそれらが取り除かれ、美しい浮島の周りを子連れのブラックスワンが歩いていたり、芝生の上でヨガやパーソナルトレーニングに汗を流す人々の姿が見られる。また、車椅子や、高齢者らが使う電動カートが往来しやすいように舗装された公園内の小道も地元民に好評だ。
ランドスケープの大改修を終えたウッドランド・パーク。かつて夏には干上がることのあったこの西側の池は、 もとの植生に配慮した水辺の植物により青々と生まれ変わった photo by Reiji Yamakura
カメラを持った親子連れに大人気となっていた、同パークのブラックスワンの親子 photo by Reiji Yamakura
今後、もとの自然な姿に戻す計画が発表されているムーニーポンズクリーク。 右手のスロープを上がった土手上に遊歩道とサイクリングコースがある photo by Reiji Yamakura
また、同じく同市では、1970年以前にコンクリートで護岸整備されたムーニーポンズクリークという市内を流れる水路を、より自然な姿に戻そうという計画も進行中だ。工事期間は2022年から2023年、水辺の植生の回復は2024年以降の見込みという計画が、メルボルンの水資源を管理するMelbourne
Waterから発表されている。水路と並行して、遊歩道とサイクリングコースがあるため、市民の散策ルートとしても人気の場所であるが、かつて洪水被害を防ぐために整備されたコンクリートの水路はあまりに無機質な風景であり、人々が集うことのできるオープンスペースを含め、水と親しむことのできる長大な公園となることへの期待は大きい。また、この水路はシティ中心部までつながっており、下流域においても積極的に公園として整備していくビジョンが発表されているので、すべてが実現すれば、都市部での河川活用のモデルケースとなるだろう。
メルボルンの “地元愛”と“自然回帰”は、人間中心の視点から、都市に暮らす人々のウェルビーイング向上を考える上で大切なキーワードになると感じる。
山倉礼士:デザインジャーナリスト INTERIOR DESIGN COMMUNICATION Pty Ltd代表。元『月刊商店建築』編集長。2017年 コミュニケーションデザインを学ぶため、東京から豪メルボルンに拠点を移し、2019年にRMIT王立メルボルン工科大学大学院Master of Communication Design修了。2020年 日本発のデザインを世界に発信するバイリンガルのオンラインマガジン「IDREIT® (アイドレイト https://idreit.com)」創刊。取材執筆活動に加え、コミュニケーションダイレクターとして、日豪の建築・デザイン事務所や企業の情報発信をサポートしている。
企画・構成:紫牟田伸子(Future Research Institute)