まちの価値を維持していくこと デザインガイドラインのめざすもの

編集局 川上正倫

◇デザインガイドラインの経緯 
 幕張ベイタウン(以下、ベイタウン)が計画されたのが1989年(幕張新都心住宅地事業計画)である。多摩ニュータウンにおける少子高齢化やそれに対応して空間の質を維持するための建物更新、管轄による公共サービスの差などの社会問題が現実化してきた頃であり、バブル景気を背景に益々の都市発展を見込した「よい」住宅地を模索する計画となっている。そのベイタウンを特徴づけている空間制御のための幕張デザインガイドラインが定められている。「単に住環境を満たすだけの街づくりではなく、都市景観等デザインに配慮した質の高い環境」の必要性を訴え、そんな「都市デザインが目指す街づくりの目標」として、
1.  21世紀を展望した都市の先駆けとなる街
2.  賑わいのある都心型の街並みが展開する街
3.  国際交流が展開される居住環境を備えた街
4.  ウォーターフロントの特性を活かした街
5.  自然とのふれあいが感じられる街
の5つを謳っている。

当然と思われる目標が並ぶ中で、ひとつ気になるのが2番である。「賑わいのある都市型の街並み」に対して、文献やシンポジウムの議論などを参照する限り、設計者の意識としてかなり強い思いを感じる。しかしながら、実現において苦労しているように見受けられるのも、「賑わい」である。この「賑わい」のためのひとつのキーワードとなっているのが「沿道型建築(道路に直近した型の建築)」である。ここでは、都市に住むことを享受する住まいの定型として、日本の町家、パリのアパルトマン、ロンドンのテラスハウスを参照しながら住民の住む姿勢と建物の工法の統一をもって、都市の美しい景観をつくってきたと評価している。目標の文中にもある「都心型」というのは、「郊外型」への強い批判が込められている。「郊外型」は、いわゆる近代都市としての4つの根本機能である労働、休息、余暇、交通を自己完結するイギリス型田園都市を理想としている。ところが、日本における「郊外型」は都心への接続を前提にしていたことで高齢化に伴う関係の断絶から姨捨山と揶揄されるに至っているように都市として脆弱であった。そして、日本において郊外型建築の象徴として参照されたのが、板状建築を代表するコルビュジェ型都市デザインである。そもそもコルビュジェの都市は、オスマンのパリ計画の権威主義に対する近代的な解放が主題であることもあり、日本の「郊外型」ニュータウン計画などに引用すること自体に無理がある。結果的に既存の都市的なコンテクストと断絶された、単に建築が「図」化されている持続性の疑わしい街が増えたという批評である。また、その結果が粗悪な景観であると評し、デザインガイドラインの動機ともなっている点が興味深い。多摩ニュータウンの反省をもとに幕張の差異づけを行いつつ、都市に住み、働き、遊ぶための空間構成として複合性、開放性、場所性が必要であり、それらを定型化することによって美しい「景観」が得られるのであるという論理である。つまりベイタウンにおいて幕張流定型をつくるための方法がガイドラインによって示されていることになる。

◇デザインガイドラインの役割
 ベイタウンを事業として成立させるための構図として面白いのは、このエリアの土地所有は千葉県企業庁であり、開発は街区単位で管理されて土地を借り上げた別々の建築主による点にある。これは、土地の価値が先行しがちな日本の開発としては非常に特徴的であり、都市計画の先進事例としてよく挙げられるアムステルダム市の開発と共通する。さらに建築主としての民間事業体と建物を含めた街区をデザインする設計者が組んで各々ガイドラインを守りつつ自由な提案を行っていることによって街区ごとのキャラクターができており、他の面開発としては一線を画している。この成果の表れとして、家族構成などの変化によって街区間での住み替えが頻繁であることなどから、ベイタウンという街の質に対する住民評価の高さが伺える。しかも、借地の上の建物は分譲されている。これは建物の価値を相対的に高めることでもあり、デザインが評価対象となっており、土地代が都市に住むことを苛んでいる日本の住宅事情からすると公共サービスのひとつのあり方のように思う。結果として住民にとっても「景観がよい街」と「デザインガイドライン」の存在意義のコンセンサスがよく取れている日本でも希有な街並みが成立していることは非常に評価できることである。

 また、建築面でもガイドラインが定型化している沿道型建物を都心型住環境として設定しており、街の賑わいをデザインしようとしている点には非常に共感を覚える。しかしながら、現実的には事業体がどこまで親身になっているのか、という点においては疑わしい状態であるように思われ、「賑わい」は今後の課題というように見受けられる。郊外型板状団地→沿道型都心建物というガイドライン設定時から今や時流は一気に都心型超高層住宅へと移りつつある。超高層は建物が「図」となっており、賑わいも建物の中に封じ込めてしまう、まさにデザインガイドラインが批判している近代の典型と言える。しかも幕張よりもさらに積極的に都心居住を推進しているタイプであり、幕張としては都心型として対極にある「街並み」として価値をどうつくっていけるかの真価が問われるところである。さらには、今まで価値を担保してきた千葉県企業庁が解体される。個人的には、デザインガイドラインの危機を乗り越えることで、幕張ベイタウンが景観を意識した希有な街という呼ばれ方をしなくなり、各地でこのような取り組みが当たり前になされるようになることを望んでやまない。