工事中を魅せること 韓亜由美氏インタビュー(4)

―「工事中景」のデザインをされる時、どんな思いを込めていらっしゃるのかお聞かせください。工事現場が本当はもっとこうなればいいという「理想像」はあるのでしょうか? 新宿サザンビートの場合は、今おっしゃったように「違う世代が話すきっかけになればいい」との思いがあったのでしょうか…。

◇都市生活者のビオトープ
 サザンビートの場合、まず最初に、仮囲い自体も改良したいと思いました。仮囲いはたいてい工事現場の敷地境界をカクカクカクっと区切るだけで、平面的にあまり工夫がないですよね。それを、人の導線を考え、直角の角にアールを取ったり、アルコーブの配置をしてもらったんです。

 そうすると本当に面白いような変化が起こりました。人が自然と「溜まる」んです、一定間隔を空けて。それぞれ、人待ち顔だったり、煙草を一服したりしているのかもしれませんが、仮囲いを背景に常にそういう風景になるんですね。

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アールをとった仮囲いに沿って人が滞留している様子
新宿サザンビート2005実施時の新宿駅南口 photo:momoko japan

 それを見て、「これはさしずめ利用者向けのビオトープだな」と思ったんです。

 河川改修でも、河床・護岸をコンクリートで固めて、定規で引いたように影も淀みもなくしてしまうと、生態系が破壊されて何もそこには住めなくなる。それを少し蛇行させて、土砂が堆積し溜まりや引っかかりができて、植物が繁茂したりすると、生物が戻って来る。殺伐とした工事現場にもコミュニケーションの土壌が堆積するようにすれば、こういう風に人が溜まるんですね。

 形状だけではなく、精神的な意味でも引っかかりを提供できたようです。仮囲い上に60年代から現在までの時代風俗をテーマに「新宿」に関するグラフィックや言葉を掲示しました。毎朝毎晩通う道沿い、歩きながら見るとは無しに壁に目をやるたびに絵や言葉が飛び込んできて、そこから、自分の過去や時代に思いを馳せることができる。まさにそれをきっかけに何かが始まって展開していく。それはその人その人の個人的な記憶の中かもしれないし、またはそれを話題にして、思いがけず誰かとつながったりするのかもしれません。

 安全に配慮して工事現場を囲う、中の騒音や粉塵が漏れないようにするという仮囲いの一義的な側面をそのまま美化するというのではなく、導線やコミュニケーションのメディアとして「回路」を少し蛇行させ、新たな価値を付加することによって、仮囲いが、ふとたたずんだり、共感したりできる憩いの場、ビオトープになる。「これは都市生活者のためのビオトープ作りなんだ」と思い至るようになったんです。

◇「身体感覚でつながる」コミュニケーションを求めて
 「工事中景」を考える時、やはりコミュニケーションという側面は欠かせないところです。駅前の数多くのビルボードやネオンのような「商業的広告」という手法のものではなく、本来のパブリックスペースとしてそこを通る人に価値を還元するコミュニケーション手法であろうと。「ビオトープ」ですから、すべての人に一律に、というより一人ひとり、さまざまに還元される、ということだと思うんですね。還元される角度や深度に幅があることでスペースとしての価値が生きてきて、その場所場所で全く質の違うものになってきます。

 新宿サザンビートのプロジェクトは「市民参加型」が特徴でしたので、新宿駅南口を利用する市民の声を「あなたの心に残る新宿青春ワード」という形で募集して、応募された言葉を仮囲いにデザインして掲載したり、寄せられたコメントを貼り出したりしました。20代前半から60代までの77人の方々が共通して熱い思いを込めて応募してくれて、まるで往年の深夜ラジオのリクエストはがきのようでした。お便りの内容はびっくりするくらい率直で、良い話が多かったですね。

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応募されたコメントを仮囲いに掲載 
新宿サザンビート2005実施時の新宿駅南口 photo:momoko japan

 こういう市民参加を続けていった結果、「ここで何かをやっている」ということがだんだん浸透してきました。そしてサザンビートプロジェクトの第2弾になったのが「新宿の現在」をテーマにしたポートレートのシリーズです。新宿に生きる、主に一般の人たち183人の肖像写真を仮囲いに展開したものですが、一番インパクトがあったのはこのシリーズかもしれないですね。このうち50人は市民参加企画として募集をかけました。被写体として応募してきたみなさんは、この時点ではお互いにまったく見も知らぬ、無関係な人たちでした。それなのに、この撮影がきっかけとなってSNS上でつながり、仲良くなって、その後も集まったりしていました。

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新宿に生きる人のポートレイトを仮囲いに大きく掲載
新宿サザンビート2006実施時の新宿駅南口 photo:吉永マサユキ

 その時強く感じたのは、陳腐な言い方ですが「人はつながりを求めている」ということです。新宿駅南口だけで1日34万人の乗降客がいますが、ただ忙しくすれ違うだけで、そこから何の縁も生まれないわけですよね。でも、こういうビオトープができたことでピッとつながる。みんなすごくそういうものを求めているところがあって、「本当に前から友達だった」みたいな感じです。「新宿」ということだけが唯一共通の接点なんですけれど。

 新宿にも過去にはサロン的な「そこに行けば誰かが居て、議論ができる」という場所があったと思いますが、あまりに都市が巨大化して、情報化され、電子的なつながりの方が多くなってきた結果、コミュニケーションの単位は必ずしも身体性を伴わなくなってきました。その点この仮囲いという存在は、実際に自分が歩く通路のすぐ横にずっとある壁なので、自分の身体感覚を通して直に受け取ることができる。歩く速度や見え方などとの関係は、昔の壁新聞や町内会の掲示板に近い。「いつ行っても毎日そこにある」という安心感、信頼感があったのではないでしょうか。

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