変えるものと変えないことと 田島一宏氏インタビュー

山口氏と同様に野毛商店街の街路整備事業に携わった田島一宏氏に、特に住民を対象としたワークショップの成果や意義についてお話を伺いました。

田島一宏氏プロフィール
長年博物館施設事業に携り、地域と博物館との相互関係や博物館が地域活性化に貢献できる役割など、博物館アイデンティティの計画実務を蓄積。「野毛地区ライブタウン整備事業」の他、「青森県立三沢航空科学館」全体プロデュース、「金沢21世紀美術館」運営計画などを担当。
現在、㈱環境計画研究所取締役。

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― 野毛商店街の街路整備にあたり、最初の1年間はワークショップを通じて現状の問題把握を行ったと伺いました。ワークショップを始めたきっかけやその経緯についてお聞かせください。

◇同じ方向を向いて一緒に考える
 この手の事業は行政から委託をされて始めるのですが、最終的な業務の成果というのはモノを作ることになります。野毛の場合は、街路灯、街路舗装やアーチという、ハードの整備をすることが委託の内容でした。普通こういう事業を委託されると、いきなりデザインに入ってしまうことが多いんです。デザイナーは、街の文脈を読み取ってこうですよとか、ああですよと、理屈はいろいろ言うんですが、それは自分のデザインの正当性を表現するためのものでしかなくて、事業本来の意味がそこに込められているかというと決してそうではないのではないか。我々は以前からそんな疑問を持っていました。
私には、街づくりというのはコミュニテイという良好な環境形成であり、そのためには、街に関わる人が事業に参加して、その事業に愛着を持ち、誇りに思い、自分たちのシンボルにしていくというものでなければならないという持論があるんです。ですから、いつも必ずこういう事業を始めるときには、みんなで同じ方向を向いて一緒に考え方を作っていこうということをまずすべきだという信念があります。そこで、勉強会みたいなものをやりましょうとワークショップを企画しました。
ワークショップは1年間かけてやったのですが、どういうスキームで、どういうフェーズでやっていくかということは、事前に大きなシナリオを作りました。最初は事業そのものを街の人が正確に理解すること。次に事例を見るために他の街への見学。その上で、自分たちの通りに置き換えた時に、何を考えればいいか、何を議論すればいいのかを話しあうこと。このような流れで進めていきました。

◇先例から学ぶ
 ワークショップの時に一番大切にしたのは、事例を一緒に見に行くということでした。野毛と同じ助成を受けていた浅草のような、古い昔からある通りというのを中心に選んで見に行き、そこで必ず同様の経験した人たち話をしていただく機会を設けました。そうすると、やはり認識が変わってくるんですね。自分たちはもう少し真剣にやらなければならない。あるいは、もっと自分たちの意見を出し合って議論をすべきだ。そういったことに気づいていったようです。我々外部の人間が何か言っても、結局街の人と同じ目線で言っているとは思われないんです。ところが、事例を通じて事業を経験した同じ商店街の人たちから意見を聞くと、非常にストレートに理解されるような感じでした。

◇共通認識が持てるように
 幸い野毛の場合、みなさん積極的で勉強会開催時の参加率は高く、なおかつ意見も活発に出ました。ところが物事に対してそれぞれの考え方は違っているので、そこはばらつくわけです。それをハード整備ということを通じて「この通りをこういう風にしていこう」と意見を集約していく作業を行いました。このプロセスはなかなかつらいものもありましたが、通りをどのようにしたいか、その通りに対して自分達はどうあるべきかという共通認識を持てるようなことに繋がったよう気がしますね。


― 色々ある意見を集約させるのは難しいと思います。最後は具体的なデザインを描くことになると思うのですが、そこまでのプロセスはどのような感じだったのでしょうか。

◇まずは機能への理解から
例えば街路灯のデザインの話をすると、最初にそもそも街路灯の機能とは何なのかということを、きちんと理解してもらうということが必要でした。単に景観を良くするためにやるのではなくて、まず機能があって初めてその物の存在価値があるわけです。そういう意味では、やはり機能を必要としているんだという認識を共有しました。そして次の段階で、ではどういうデザインになっていくのかという話になります。そこは当然好き嫌いがあるわけですが、でも、我慢強くみんなの意見を聴きながら、相当スタデイーを一緒にして、こういう形のもの、こういう高さのもの、ということをまとめていきました。皆さんが理解しやすいように、模型もたくさん作りました。1年間という時間的なゆとりがあったから、できたことだとは思いますが、逆に言えば、こういうことをするためには時間こそが必要なんです。

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野毛仲通りの照明灯


― 街の人はこの事業の成果をどのように受け止めているのでしょうか。

◇参加意識が誇りへつながる
愛着はあると思います。実は今も時々付き合いがあり、野毛へ行くとみなさん声をかけてくれるんです。ですから、出来上がったものに対してどういう評価をしているかというのは、おそらくそれぞれの思いがあるとは思いますが、この事業を通じて、自分たちが参加してこれが出来上がったということに対しては、みなさんすごく誇りを持っていると思うんですよね。
この手の事業は、少なくとも街の人たちが、「これが好きです」と言えるかどうかということに尽きると思います。「実は気に入らないんですよ」と言う人が沢山いたとすると、いくら建築デザインの雑誌で取り上げられたとしても、やはりその物としてはその場にふさわしいものではないと思います。


― 最近の社会の流れはすぐに結果を求める傾向にあるような気がします。1年もの間、何も作らないで議論だけをすることに対して、しかもそれに公的な機関がお金を出すことに対して、否定的な風潮もあるのではと思います。その辺りのことについてはどのようにお考えでしょうか。

◇街の人の気持ちを1つにすること
 近年の行政のまちづくりのスタイルというのは、やっぱりどうしても成功事例の二番煎じを狙ってやっているというイメージが強い気がします。その地域独自のアイデイアを思い切ってやってみるというそういうケースは少ない気がします。彼らは例えば熊本の黒川温泉とか、民間の事業者が一生懸命やって成功した事例とかをたくさん見に行くわけです。そういうのは見るんだけども、じゃあそこでなぜそういう風になったのかという過程の話とか、そこに関わった人たちの気持の部分というのは勉強しないんですね。結果でしか見ない。表面的にああすればいいんだというようなやり方でやられているケースが多いんじゃないかという気がします。

 やはり街づくりというのは、街づくりに関わる人たちの気持をいかに一つにして、みんながそれに対して合意をする環境をどうやって作るのかということが、おそらく仕事の半分以上を占めると思います。そこが出来さえすれば、そこから先はプロフェッショナルがそれぞれの仕事をして、手続をきちんと経ていけばいいわけです。しかし、人間の気持を一つにするとか、合意を形成するとかという非常に情緒的なことは、プロフェッショナルが一人いればできるという話ではないわけですから、ある程度の時間はかかると思います。そういうことにこそ、もっと注目しないといけないと思います。時間をかけるからこそ、最初に言ったような、街の人の愛着や誇りができるんだと思いますし、実はそれが街にとって一番大切なことなんだと強く思います。

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