良好な住宅地であり続けるために 三井所隆史氏インタビュー(2)
― ビジネスとしてのエリアマネジメントとはどういうことでしょうか?
◇ マンション型の管理は困難
例えば、マンションでは、区分所有法にもとづき管理組合が設立されます。管理費、修繕費を徴収し、積み立て、その資金によって廊下やエレベーターなどの共有部分の管理を管理会社に一任しているところも多いです。このような方法を一般の住宅地に適用できないか、というのがまず考えつくところです。しかし、住宅地にはマンションのように責任を持って決定する住民組織は一般的にはなく、また、管理の対象や内容が必ずしも定格化されていません。つまり、誰がお金を集め、どの範囲の管理をどう行っていくのか、また、それに関してどのように意思決定を図っていくのかという枠組みができていないのです。したがって事業者側としても効率的な事業スキームを設定できずにいます。このようなことが要因となって、民間事業者による(戸建)住宅地におけるエリアマネジメントへの関与は、これまで限られたものとなっていました。
◇ 既存住宅のリフォーム・再販という手法
しかしこのような中で、近年、新しいアプローチも出てきました。一例ですが、東急電鉄は、1970年代から開発してきた田園都市線沿線の戸建住宅地を対象に既存の住宅をフルリフォームして付加価値を与え、より高い価格での流通をサポートする事業を展開しています。
大まかに事業の流れを説明しますと、
ⅰ)地域の不動産屋等から、住宅の売却意向を持つ所有者の情報を入手・アプローチ
ⅱ)売却対象の住宅の構造や性能の調査
ⅲ)状況に応じて、リフォーム(原則、躯体のみを残し、間取りを含め大規模に改修する)を所有者に替わって実施
ⅳ)買取保証をつけつつ、売却をサポート
という流れから成り立っています。
この事業の特色としては、リフォーム費用は事業者が立て替え、その住宅が売却された段階で工事費用分をもらう、市場相場をにらみながらリフォーム費用を含め価格を査定する、つなぎ融資を用意する、新規購入者に対しては、新築住宅と同様10年の瑕疵担保保証をつけるという点があります。つまり、売主や買主が個人として背負うリスクや手間を事業者が間に入って代行するということです。このようなリスクは、電鉄会社ぐらいの規模の企業であれば、必ずしも高くはなく、逆に付加価値がつけやすい地域であれば、安定したマーケットの確保にもつながります。
― この事業がどのように地域のエリアマネジメントにつながるのでしょうか?
◇ 住まい手をマネジメントする主体の存在
一番大きいことは、空家対策に積極的に取り組む主体がいるということです。常に誰かが住んでくれるように目配りをし、実際に、いまある住環境を享受しようとする新しい住民を連れてくる役割を担う人がいるのです。そういう事業者がバックについているということが知られることによって、新規に住宅を求める人も安心できるのではないでしょうか。
近年、好立地の郊外住宅地では、空家・空地になった段階で土地が分割され、それまでの住宅・宅地と比較して、小規模のものが供給されるというケースが見られます。そのようなことが繰り返されていきますと、実際に郊外住宅を歩いてみるとわかることですが、それまで形成されてきた街なみにそぐわない住宅やまち並みが出現しているということも少なからずあります。
そこで、事業者が間に入り、それまでの住宅地の形成過程や開発時のコンセプトをきちんと理解し踏襲しながら、住宅の内部については新たなライフスタイルに適合したものにリフォームして供給する訳です。その結果として、今ある良好な住環境の維持が図られ、街としてのイメージがぶれず、それを求める人の新規入居が促進され、地域全体の価値が安定化するということになります。これこそ、「広い意味での地域のマネジメント」と言えるでしょう。
◇ 事業者側のメリット―企業のイメージ向上
また、事業者側にも少なからずメリットがあります。そもそも、鉄道を運行する企業としては沿線のイメージを維持することは非常に重要です。自身が開発したまちの住環境を継続的に維持するために、その地域内の人口変動や、街なみ等に関する動きを少しでもコントロールすることは開発者としての責任を果たすことであるとも言えます。そのようなことを着実に行っていくことによって、企業としてのイメージ向上にもつながっていくでしょう。今後、住替え等が進むことが予想される中、地域に対して継続的なつながりを持ち、かつマーケットを維持する上で、この事業は効率的なツールとなっているわけです。
― なるほど。しかし、まちづくりというとやはりNPOや地域のボランティアに支えられて行うべきものというイメージがあり、ビジネスとしてと言われると、儲かりそうにない街やイメージ向上につながらない街は見捨てられてもいいと言われているような気もしてしまいます。
◇ 見捨てられる危機感を
あえて言いますと、「見捨てられてもいい」と思っています。何もしないでいると、見捨てられる可能性があるという危機意識を地域が持つことが、これからの時代には重要になるのだと思います。東急の事例のように、対外的に認められるような住宅地のイメージが築かれているところはごくわずかです。多くの住宅地は、漠然とした「郊外住宅地」という括りの中にいます。その中で自分たちが住み続けていくためにはどうするのか。足りないところを行政に対して要望しても、それを行政が対応してくれるとは限りません。逆に、いま行われていることが縮小する可能性も十分にあります。そのような中では、まず住民が自主的に住宅の維持管理に関わっていくことが大切ですし、住民自身が良好な住環境を維持したいと望んでいることはもちろん前提となると思います。
しかし、実際に高齢になったので戸建住宅の維持が難しくなった、マンションや施設に入居したい、ついては住宅を売却したいという住民が増えた時に、その後の空家や空地をどうするかということは、住民だけではどうしようもないことです。それをどうにかしようとした時には、ビジネスとして成り立つ仕組みを作り出してこそ、住宅が循環し、地域がうまく更新できていくのではないでしょうか。繰り返しますが、民間事業者がビジネスとして参入するかどうかを判断する上では、住民が行っている活動やそれによってつくられる住宅のイメージが大切なのだと思います。
◇ 事業者としての社会的責任
一方、ビジネスとして成り立たせるということは、事業者側にも一定の責任を求めるということです。つまり、これまでのように売ったらおしまい、ということではなくて、自ら開発・供給したものを継続的な視点で再マーケティングしていくことが求められてきていると言えると思います。今社会的に求められている、住宅ストックの活用、持続型社会の実現というテーマが民間事業者にもつきつけられおり、それに答える手法の1つが上記のようなものとも言えます。
インタビュー風景(三井所氏)
- 投稿者:東京生活ジャーナル
- 日時:11:27