上野は公園で故郷の夢をみる

■都市と公園
 上野駅不忍口を出て右手の階段を登ると、上野をよく散歩したという愛犬連れの西郷隆盛が立っている。この西郷像で有名な上野公園であるが、寛永寺が維新の戦火で焼失した跡を公園化したものである。西郷さんを記念しての公園と思い込んでいた。実はオランダ人医師ボードワンが病院建設予定地を公園として残すべきだ、と主張したことをきっかけに「近代的な」西欧式の公園として緑地保持されたとか。ちなみに日本初の公園のひとつとして指定されている。桜の種類が豊富で、早咲きの桜が2月から楽しめ、花見シーズンともなると人で溢れる。
 西郷像が立つ崖は表面補強するように建物で覆われており、ファサードのみのいかにも「東京らしい」複合建築を形成している。実はこの崖を覆う建物群の一部であり、建替えとなった聚楽台が入っていた西郷会舘は、近代建築の大家、土浦亀城の設計による。土浦は、東銀座の道路下をつなぐトンネル型映画館シネパトスの設計者でもあり、近代における都市と建築の融合を形にしているといえる。
 その象徴的な複合崖下はアメ横商店街を軸とするアジア的ゴチャゴチャな街並が広がる。崖上は対照的に寛永寺跡に建設された国立博物館はじめとする美術館・博物館群、東京芸大などで構成される多少西欧風の整地された文教地帯が広がる。さらに動物園から不忍池にいたる緑あふれる公園とそして周辺の住宅地には戦前の雰囲気を残す。この公園を中心とする一帯こそ、東京において「都市」と呼ぶにふさわしい状況を実感できる数少ない場所であると勝手に考えている。
 上野公園には様々な目的の人々が集まる。散歩する人、休憩する人、ラジコンを走らせる人、花見をする人、美術館に向かう人、学校に向かう人、そしてその日の寝床を探す人…。ありとあらゆる人々が交錯する公園こそ東京の都市価値を示すものと感じるのである。物的な都市とは人間の諸活動を分節化した専門分化して受け入れる容器としての建物によって構成されるもの考えると、公園はその分節化の果てに相対的に現れてくる余白、つまり専門分化しにくい活動を許容する空間といえる。西欧であれば、街路とその結節点としての広場がこの役割を担うであろう。西欧式の公園をもってして、ニューヨークのセントラルパークをはじめとする他国の大都市公園にはない包容力が演出されている。それ故におそらく本来「近代的な公園」が都市からの逃避空間をめざすことが目的であったのに対し、上野公園は、都市そのものを象徴しているように思う。

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早咲きの桜を愛でる外国人観光客やカップル

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崖上に立つ西郷隆盛像

■東京のふるさと上野
 都市らしさのほかにシチュエーション的にもう一つこの公園から受ける印象がある。今回歩いたのもまさにそんな状況下であったが、成田空港経由でこの地に降り立つと、この公園の姿にふるさとに帰ってきた実感を覚える。捉えどころがない街並とそれに隣接する公園の広大なもさっとした緑による、コントラストが濃く、彩度の高い景観が原因に違いない。
 他の都市にだって大きな公園はある。しかし、都市の様々な用途の結節点にある上野駅と上野公園特有の立地がつくる特殊な景観が醸し出す情感の存在を感じる。空港からのアクセスを考えると日本の玄関に存する上野公園は、古くから様々な人の出入りを見守ってきた。東京駅から降り立つ丸の内の景観とはまったく異なるゆるさを持っている。ある時は集団就職で東京に出てきた人々を迎え、ある時は海外からの不法滞在者を含めた外国からの労働者のオアシスとなり、今では寝床を失った人々の家となっていることは、他公園の事象に鑑みると、それなりの理由をこじつけたくなる。
 さて、今回そんな理由のこじつけを狙い、空港からの帰り道に公園を訪れたのはさほど遅くない夜であった。昼間の人ごみが消えた公園は非常に静かで、道一本隔てた繁華街の喧噪とは無縁である。暗闇の中に佇む西郷像の視線の先を追うと、アメ横方向が見晴らせる。この距離感が公園の眼下に広がる明るさと非常に対照的な空間にいることを意識させる。公園の逆サイド様では巨大な不忍池で距離をとる。夏には蓮の葉で埋まるこの池も今の時期には枯れていて、水面に映る対岸のビルが印象的である。公園口の方からは東京文化会館と西洋美術館が凛とした対称性で出迎え、その足下で寝床を組み立てているホームレスさえも自分の住処として誇りを持っているように見えるくらいである。様々な次元でのこの距離感が都市を客観的に感じる遠因に思えた。日本庭園が来世や極楽浄土を描くコンセプトと通じる。しかし、前述のような包容力を蓄え、都市の中にある非都市空間では決してない。都市の一部でありながら、社会から逸脱できる場所であるからこそ、遠く離れた真の故郷に対する第二の故郷として、上野が位置づいている理由がある気がするのである。

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崖上からの上野繁華街

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不忍池に映り込む上野の街

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線路下にも展開するアメ横の夜

(川上正倫)