都市の表象を作る

■北京の新名所
 昨年の10月、北京であった学会の合間にオリンピック公園に足を運んだ。建築的に興味深いオリンピック施設をゆっくり見学しようと思ったのである。しかし閉幕から2カ月も経っているというのに、そこで見たのはまだ開催中かと思うほどの熱気と混雑であった。お揃いの帽子をかぶった団体旅行客が長蛇の列をなして施設を取り巻き、とても接近できない。これはダメだとあきらめて、天安門広場の人民大会堂裏にできた国家大劇場を見に行ったが、そこでもやはり団体旅行客の波に圧倒された。どうやら、オリンピック前に建てられた建築物は北京の新名所として大いに人々を引き付け、観光資源として定着しつつあるようである。
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(左)北京国家体育場(通称「鳥の巣」)
(中・右)国家大劇場の外観と内部の入口

■都市の新たな表象
 旅行社に置いてある海外旅行用の観光パンフレットを見ると、どこの都市を表しているか一目でわかる挿絵がある。それは多くの人によって共有されている都市の表象(イメージ)が図像として描かれているのである。歴史的な建造物がほとんどであるが、シドニーの表象として描かれるオペラハウスは例外的に近代の建築である。このオペラハウスはコンペで選ばれた建築家ヨーン・ウッツォンの設計だが、帆船の帆を連想させる独創的な形状とコンクリートシェル構造の難しさなどにより工期が10年も延び、総工費は当初予定の実に14倍以上にもなるなど多くの困難を乗り越えて完成したものである。しかし完成後は世界的に良く知られるようになり、2007年には世界遺産として登録され、年代的に最も新しい登録建築物となった。紆余曲折を経て建てられたこのオペラハウスは、シドニーにとどまらずオーストラリアの表象として定着したのだから、結果的には決して高い買い物ではなかったのである。

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(左)海外旅行用の観光パンフレットの挿絵
(右)シドニー・オペラハウス

■東京の表象
 では、東京を表象するものは何であろうか。残念ながらこれと思い当たるものがすぐに浮かばない。試みに、はとバスで売れ筋の観光コースとして紹介されているものを見ると、皇居、靖国神社、浅草仲見世、お台場、六本木ヒルズ(シティービュー)が挙げられている。これらを図像として表したとしても、誰もがすぐそれとわかるとは思われない。また、外国人観光客向けのガイドブックを見ると、人気スポットとして秋葉原と築地が挙げられている。これに至っては、図として表すのは不可能である。だからといって東京に魅力がないというわけではない。海外の都市が図として表しやすい建造物を中心に置いた空間で表象されているのに対して、東京では動きまわる中で体験される広がりのあるエリアに特徴が見いだされる。これはちょうど西欧の幾何学的な構成の庭園と日本の回遊式庭園の違いである。とは了解しても、北京で新しく奇抜な建築が多くの人々を引き付け、そのうちに世界の人々の意識に北京の表象として定着するかもしれないと思うと、やはり東京に無くて良いのか・・・・と思えてくる。
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(左)浅草の仲見世
(中)秋葉原
(右)築地市場

(大野隆造)