都市の時間割(タイム・バジェット)

 この10月、中国・承徳を訪れる。北京から北へ250kmに位置し、清の皇帝の離宮(避暑山荘)や外八廟と呼ばれる寺院がそれを囲むように点在する。現在は一般に公開され、ユネスコの世界遺産に登録されて多くの観光客を集めているが、今回の話題はこの観光スポットではない(とは言え、写真は紹介しておこう)。

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(写真左)避暑山荘 
(写真右)外八廟の一つ普楽寺

■中国の市場
 今回の話題は、市の中心で毎朝開かれる青空市場についてである。これは日本の観光地などで見られる朝市とは、その規模においてまるで違うし、また観光客相手ではなく一般市民の日常生活を支える大切な役割を果たしている点でも異なる。毎朝、近郊の農家から正に産地直送の作物が大量に運び込まれる。通りには、野菜だけでなく魚や酒、香辛料、煙草から衣類まで種々雑多な商品であふれ、ごった返す客と売り手の叫び声で満たされた巨大な露天のショッピングモールと化す。屋台の簡易食堂やら路上の床屋、自転車の修理屋まで店を広げる。それも9時を境に一変する。終了時間を大声で告げる警察の後ろに清掃員が待ち構えていて、本来の交通インフラの役目に戻す作業が手際よく行われる。

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(写真左)承徳市中心街の青空市場
(写真中)待機する清掃員
(写真右)市場終了後の様子

 こういった朝の光景は、ここ承徳に限らず、中国の多くの都市で見られる。かつて一月ほど滞在した瀋陽では、朝だけでなく晩にも、ナイトマーケットが出現し、広場が臨時の屋外ダンス場や小さなアミューズメント・パークになったりする。街路や広場など都市の公共空間は時間帯によってその使われ方がダイナミックに変化するのである。

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瀋陽市滑翔広場で日没後に見られるダンスと露天食堂

■時間による使われ方の変化
 こういった時間による空間利用の変わりぶりには驚かされるが、市民にとってはルールに従った空間の有効利用(タイム・バジェット)である。ひと昔前の日本住宅の部屋が時間によって、茶の間になったり寝室になったりしたのと同じように、都市の同じ場所で時間によって異なる活動が行われる仕組みである。西欧の「先進的な」都市では活動が行われる場所がそれぞれ用意されているのに対して、都市施設が未分化の状態と見ることもできる。しかし、そこで展開されるエネルギッシュな活動とそれがもたらす高揚感は、アジア的な都市の風景として重要な価値を有しているように思う。
 
 東京にもわずかであるがタイム・バジェットが見られる。銀座通りは土日の12時から「歩行者天国」になる。しかし、とても中国で体験したような高揚感が得られる活気がない。かつては、「たけのこ族」などのストリート・パフォーマーで活況を呈した原宿の歩行者天国も、その過激な活動が取締りの対象となり、姿を消してしまった。最近では、地域の祭でさえ若者の逸脱行為に手を焼く場面が見られる。暗黙のルールにのっとった活気のあるストリート・ライフは日本では体験できないのだろうか。

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銀座通りの歩行者天国(before and after)

(大野隆造)