広場を形作るファサード

■イタリアの広場
 建物の正面のことをフランス語でファサードと言う。最近は英語でも日本語でも使われるようになったが、元をたどれば、ラテン語の「顔」を意味するfacies、つまりフェイスに通じる。ヨーロッパの美しい街路景観を生み出しているのは、一つ一つの建物の表向きの顔であるファサードである。街路に比べて多くの人が滞在する広場に面する建物となると、そのファサードの重要性は格段に高くなる。
 この夏、東京芸大教授の野口昌夫氏の著書「イタリア都市の諸相」(刀水書房)を携えてイタリアを歩いた。イタリアは4回目だが、いつも気になるのが広場に面する教会のファサードである。それは建物本体の形とは違った形の壁が張り付けられている。悪く言えば、舞台の書き割りや、建物内部とは無関係の擬洋風ファサードをもつ「看板建築」を連想させる。フィレンツェを代表するサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂ですらなぜこうなのか?

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(写真左)看板建築
(写真右)サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂

■表層の自立

 この疑問に野口氏は「表層の自立」と題して丁寧に答えている。イタリアの建物の構造について、外観の表層と整合させる必要のない組積造で作られていることを述べた上で、聖堂のファサードは「広場に所属する」とする。つまり、広場を囲む建物の外壁は、建物の一部には違いないが、むしろ広場の空間を形作る方に主眼があるというのである。それを明快に示す例として挙げられていた、ミラノ近郊の小都市ヴィジェヴァーノのドゥカーレ広場を訪れた。ドゥカーレ広場とそれに面する聖堂の平面図を見ると、それぞれの中心軸が約15度ずれていることがわかる。広場から聖堂のファサードを見た時にこの傾きを解消して完結した広場の形状を作り出すために、湾曲したファサードが作られ、そして左側廊入口にあたる部分には建物はないが壁だけが付け加えられているのである。イタリア人にとって広場がいかに大切な場所であるのか、またその場所の空間を整えるためなら、ここまでするのかと恐れ入った次第である。

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ドゥカーレ広場と聖堂の平面図(野口昌夫著「イタリア都市の諸相」より)  

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(写真左)湾曲したファサード
(写真右)15度振れた聖堂の入口
 

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(写真左)左側廊入口と見える先はローマ通り
(写真右)湾曲ファサードで整形されたドゥカーレ広場

 翻って、わが東京ではどうだろうか。一つ一つの建物のファサードについて、それが作り出す外部空間にどれほど貢献しようと考えられているだろうか。「医者は土で、建築家は緑で失敗を覆い隠す」と言われるが、われわれの都市空間も街路樹によって適当にごまかして作られていないだろうか。ほとんど街路樹のない、それだけに建築のファサードが厳しく問われるイタリアの都市を歩いて、あらためて考えさせられた。

(大野隆造)